(8)
本当の自分。
醜い姿。
辛かった。ずっと辛かった。
自分の顔を鏡で見る度に底なしの嫌悪感に沈んだ。
周りの人間はその嫌悪感を隠す事なく、剥き出しの牙で噛みつき心に深く食い込ませた。
小学校の同級生、下級生、上級生。分け隔てなくぶつけられる罵詈雑言。
ノロマ、デカブツ、バケモノ、ノウナシ。
代表格の悪口。挨拶程の気軽さで投げつけられる刃。
小学校らしからぬでかい図体。バランスの悪い顔のパーツ。おまけに重度の学習障害でまともにコミュニケーションも取れない始末。そんな悟への周囲の対応は総じて冷ややかで馬鹿にしたものばかりだった。
――何故僕は生まれてきたんだろう。
人と同じように傷つく心を持っている事も知らずに無邪気に彼らは傷つけ続ける。
日々繰り返される心無い言葉に、自分の存在意義などとうに消え失せていた。
悟は夜になると近くの公園で空を眺めた。
静かで綺麗な夜空の星達だけが味方だった。いや、味方ではないのかもしれない。だが敵ではなかった。それだけで十分だった。
絶望の毎日に僅かに存在した唯一の安らぎの時間。
そしてある日、そこに新たな光が射し込んだ。
「鬼島君、だよね?」
初めその声は、絶望そのものだった。
とうとうこの平和な時間までも奪われる。悟は瞬時にそう思った。
声の方をちらりと見る。見た事のない少女だった。
悟はその存在を酷く訝しがった。しかし少女の次の言葉が、その心を少しだけ和らげた。
「隣座っていいかな?」
信じられなかった。
自分にわざわざ近付いてくる存在などこれまでいなかった。
実の親すら敬遠する見た目。そんな自分の横に、当たり前のように少女は腰かけた。
「みんな、ひどいよね。ごめんね、何も出来なくて」
「あ……う……」
人付き合いなどまともに出来ないせいで、まともな言葉は全く出て来ない。
だが、少女は気にせず話し続けた。
「いつもここにいるんでしょ? 実は結構前から知ってたの。前に偶然見かけてさ。遠くで見てたりしてたの。ごめんね、そういうの良くないよね。でね、今日もいるかなって思って来てみたら、やっぱりいた。ねえ、星好きなの?」
「……う……う……ん」
「そっか。綺麗だよね。いいよね、星って。すっごく光ってて。羨ましい。あんな風に自分でぱあーって光って、それだけで誰かの心を救える存在になりたいって思ったりするんだよね」
会話というより、少女が一方的に喋っていた。悟の心に今まで感じた事のない感情が渦巻いていた。それが何なのか分からない。しかし、それはいつも感じる辛く苦しく痛いものではなかった。
「ね、明日もここにいるよね?」
「……え……あ……」
「また来るから。またお話しましょ。って、あたしばっか喋ってるけど。まあ、いいよね?」
「……う、ん」
「ありがと! あ、そうだ。あたし、西行楓。じゃあ、またね」
手を振り帰っていく少女の背中を茫然と悟は見送った。
嵐のように現れ、嵐のように去って行った突然の天使。
悟の心は、じんわりと満たされていた。
次の日、夜の公園にまた楓はやってきた。そして好きなだけ喋り、彼女のきりがよくなったところで帰って行った。
そして、その日から夜の公園で彼女の話を聞くのが悟の日課になった。
夜が待ち遠しくなった。学校では相変わらず孤独でずたずたにされる時間だったが、幾分か前よりも心は強くなっていた。
夜になったら楓に会える。その幸せな時間が悟の心の癒しとなっていた。
真正面から楓の顔を見る勇気はなかった。自分の醜い顔をまっすぐ向けるのが怖かった。だが横目で見る彼女はとても魅力的だった。そんな彼女が自分に言葉を向けてくれる。
嬉しかった。楽しかった。幸せだった。
「またね、悟君」
だが、気付かぬうちに悟の心はすでに歪み始めていた。
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