(4)

「地獄?」


 パズルに関わってから何度も口にし、学校を逃げ惑う時に幾度も頭に浮かんだ言葉。

 ここは地獄なのか。

 それがそのまま正解だった。

 山羊紳士の答えが真実であるならば。


「君は何の変哲もない平和な日常を過ごしてきたつもりだろう。だがね、違うんだよ。それは全て、私が用意したものだよ」

「何を……言って……」

「では次の問いだ。今ここにいる君という存在は、果たして本当の君かな?」


 まるで禅問答のような問いに、悟は言葉が詰まった。

 今ここにいる自分は、本当に自分と言えるのか。

 そのはずだ。悟は自分の存在を確かめるように手のひらで体や顔に触れた。

間違いなくいる。自分は存在している。


「本当も何も、俺は俺だろ」

「それが答え?」

「……そうだ」


 それを否定された時、自分を保てるのだろうか。

 得体の知れない恐怖に包まれる。

 そして、宣告が下る。


「半分正解、と言った所か。確かに君は君だ。ここに存在している。だが、正確に言えば今の君は本当の君ではない」

「どういう意味だよ」

「くっくっ。難しいか。すまない。戸惑っている君の顔を見ているとどうにも愉快でね。もっとシンプルに言ってやろう。本当の君は、とっくの昔に死んでいる。これなら分かり易いだろう」

「……は?」


 自分は、既に死んでいる。

 信じられない答えが返ってきた。

 そう言えば先程も、奴は”生きていた頃”という表現をした。


「俺が、死んでる? でも俺は――」

「ここにいる、そう言いたいんだろう? それは私がこの世界に合わせてそうしただけだ。実際に現世にいた鬼島悟という存在はずっと前に死んで存在していない。言っただろ? ここは地獄なんだよ。現世の君は死んで、地獄に堕ちたんだよ」


 死んだ。

 地獄に堕ちた。

 簡単な言葉なのに、全くその意味が頭を通らない。


「まあ、いくら言葉で言っても分からないだろう。百聞は一見にしかずだ。見てくるといい。本当の自分の姿をな」


 途端、悟の頭を強烈な頭痛が襲った。

 一度学校で味わった頭の中をぐちゃぐちゃにされるような酷い痛み。


「あ、あがっ、ぎっ……!」


 意識が遠のき、視界が暗くなっていく。

 やがて眠りに落ちる時のように、世界が真っ黒に染まった。

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