(3)
「はーいお疲れさんやで悟ちゃーん」
「……操?」
――ナンダ、コレ?
扉の先に飛び込んできた景色。
希望と信じて疑わなかった世界。
そこには操と楓がいて、青空が広がっていて、良かったね、助かったねと笑い合う。
――チガウ。チガウ。
状況が全く飲み込めなかった。
空は雲一つないが、この世の終わりを示すようにどす黒い赤で埋め尽くされていた。
不安に駆られ、恐怖を促す絶望の色。その上に神がいるなんて信じられないほどに浸蝕された空。
そして目の前には、操がいた。へらへらと、いつもの調子で笑いながらこちらを見ている。その後ろには楓もいた。しかし、彼女の周りにはノームと思われる三体の巨体が控え、それぞれが両腕と頭をつかみ拘束していた。
「操、これ、どういう事だよ? 助けはどうなってる?」
悟が尋ねると、操はへへへと馬鹿にするように笑って見せた。
「まあそう焦んなや。順序良くいこやないか。着替えるからちょい待っとき」
言い終わると、突如操の体が水風船のように勢いよく膨らみ出した。
「は、え?」
膨らんだ体は元より2倍3倍近くにまで一気に膨張した。着ていた制服はちぎれ、剥き出しになった肌色の肉体は悲鳴をあげ、肉がみちみちとちぎれ始めた。分離しだした肉の裂け目から血液が噴射する。
目の前で起こるあまりにも残酷な状況を、悟はその場でただただ唖然としながら見ている事しかできなかった。
ばしゃっ。
やがて膨らみきった操の体が耐え切れず破裂した。飛び散った血と肉片を防ごうと悟は両腕を顔の前にあげそれを防ぐ。腕や足にびちゃり、ばしゃりと操だったものがぶつかった。
「久しぶり、鬼島悟君」
目の前から声が聞こえた。ひどく落ち着いた、深くどっしりとした声。
悟はおそるおそる腕をどかした。
――夢だよな、これ。
夢だ。やっぱり夢だこれは。少し長くて、趣味の悪い夢。
どこからどこまでが夢だったのか。
学校にノームが現れた所からか。楓の友達が殺された所からか。それとも操がパズルの話を始めた所からか。
何にしたって、あまりにも非現実が過ぎている。
はじけ飛んで消えた操の代わりにそこに立っている者。
あまりにふざけた存在が悟を見下ろしていた。
服装は場違いなぱりっとした正装の黒のタキシード。それだけならどこかの紳士が紛れ込んできただけかと思ったが、その身長は3メートルも超えていそうな程に長身だった。だが最も異様だったのは、首元から上の部分だ。
茶色い毛並。獲物を睨み殺すような猛獣の目つき。頭部からぐるりと巻くように伸びた禍々しい角。
――こいつは……。
悟はその顔に見覚えがあった。こいつが”久しぶり”と言った理由も分かった。
目の前にあった顔は、件で手に入れたパズルの一面で完成させた、あの山羊の顔だった。
「思い出してくれたようだな」
「何なんだよ、これ。意味わかんねえって」
もういい。もう十分だ。いつまで続くんだ、この夢は。
早く目覚めろ。そして全部終わってしまえ。
もう勘弁してくれ。
「結局、ここまで何も気付けず来てしまったな」
「……気付けずに? 何にだよ。何に気付けってんだよ」
くっくっくと山羊顔の紳士が喉で笑った。
「少し難しすぎたかな。だが、楽しかっただろう? 生きていた頃には過ごす事の出来なかった、真っ当な学生生活とやらを少しは楽しむ事が出来て」
――生きていた頃?
こいつはずっと、何を言っているんだ。
「さて、じゃあ答え合わせといこうか」
「答え合わせ?」
「問題。ここはどこでしょうか?」
「ここ? ここって、これは……」
夢。夢だろ。いや、それとも現実なのか。
何なんだ。ここは、一体どこなんだ?
「時間切れだ。では正解を発表しよう」
ふいに、強烈な不快感が襲った。それが直感的に山羊紳士が口にしようとしている答えにある事が分かった。
全ての答え。
山羊紳士が、変わらず落ち着いた口調で、淡々と真実を告げた。
「ここは地獄だよ。君だけの為に私が用意したね」
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