(5)

「あれ?」


もう一度扉を押してみる。やはり、同じだ。


「悟、どないしたんや?」

「……開かない」

「は? 開かへん? んなアホな」


そう言って操も勢いよく扉を押す。だがやはり扉はびくともしなかった。


「何やこれ? どないなっとんねん」


 何度押しても結果は同じだった。なんとも気持ちの悪い感触だった。鍵がかかっているから開かないとか、そういうわけでもない。

 何と言うか、扉を押している感覚がないといった感じか。鍵がかかっているなら、それでも数センチ程動いてがちゃっと音の1つでも鳴るはずだ。だが、それが全くない。もはや扉というよりも、扉の形をした壁のようだった。


「くっそ!」


悟は力任せに思いっきり扉を蹴ってみた。


「……何だよ、これ」


 いよいよもって異常だ。

 蹴った感触は確かにある。それなのに蹴った扉からは何1つ音がしなかったのだ。

 理不尽すぎて、理解出来ないこの状況はなんだ。突然周りの人間は無残に殺され、外に出る事も叶わない。


「くそっ、くそ!」


 爆発した感情のままに扉を蹴り、殴り続けた。結果は何も変わらない。


「落ち着けや悟。無駄や。何や分からんけど、こっからは出られん」

「……くそ」

「携帯はどや?」


 ポケットに手を入れ、携帯を取り出す。

 思わず笑ってしまった。ホラー映画でよく見るやつだなと思った。

 やっぱり、圏外だ。


「やっぱあかんか」

「ちょっと待ってよ。じゃあ私達……」


 その先を楓は言葉にしなかったが、何を言おうとしたかは悟にも十分分かった。

 携帯も繋がらない。ドアも開かない。


 閉じ込められた。逃げられない。

 絶望が絶望に輪をかけていく。希望が容赦なく、粉々に砕かれていく。


「やっぱ、あのパズルのせいかな」

「え?」

「あんなもんを完成させちまったから、こんな事になってんのかな」

「おい、悟。何をあほな事を」

「だってそうだろ! 説明できんのかよこの状況!」


 悟の中で何かが崩壊した。それまで保っていた理性は吹き飛び、感情が爆発した。


「悟、ねえちょっと落ち着――」

「ふざけんなよ! 何だよこれ! 終わりかよ。死ぬのかよ。こんな馬鹿げた訳分かんねえ状況でよ! どうやってこんな一瞬でこんだけの人数殺せんだよ。意味分かんねえよ。助かるわけねえよこんなの!」

「悟……」

「何だよ、ノームって。何だよあのバケモン。無茶苦茶すぎんだろ……」


 悟は頭を抱え蹲った。頭のどこを探しても希望が見当たらなかった。

 こんな地獄をいきなり突きつけられて、冷静でいられるわけがなかった。

 もう何もかも終わりだ。頭の中心ではっきりとそう思った。


「じゃあ、ここで黙って死ぬんか」


 突然降りかかった操の言葉は冷静と言うより、冷え切った刃のようだった。


「死ぬなら勝手に死んだらええけどな。まあ俺はごめんやけどな」

「……」

「楓ちゃんもみすみす見殺しか。俺が守るなんて啖呵切ったくせしよって。そんなもんか」

「――!」


 絶望に、ほんの少しひびが入った。決して絶望が晴れたわけじゃない。光が射し込んだわけでもない。だが操の言葉は、確かに悟の心を動かした。

 顔を上げると、操の顔があった。横を向いて一見ぶっきらぼうに見えたが、その表情は全てを諦めたものではなく、まだ終わっていないと前を向く強さが見て取れた。そして、お前もちゃんとついてこれるよなと、そう言っているようだった。


 ――そうだ、そうだよ。


 忘れてしまっていた。大事な約束を。

 守るって、そう決めただろ。


「待てよ」

「お? 目え覚めたか。おはようさん」

「ああ、おはよう」


 ――まだ、足掻けるだろ。


「行くで。扉なんてまだぎょーさんある。どっかから出れるわい」


 操は早速入口を離れすたすたと歩きだしていた。

 悟は楓に再び顔を向けた。

 楓を見ながら右手で左手の甲の傷をなぞった。


「楓、いこう」

「うん」


 ――守る。守らなきゃ。


 まだ、終わりじゃない。

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