五章 地獄
(1)
「おう、さとる。おはよう」
「お、おはよう」
教室に入ると元気なクラスメイト達の声に迎えられた。何の変哲もない日常。
ぞっとするほどに違和感に塗りつぶされた日常。
そもそも今、悟自身が教室の敷居を跨いだことが既におかしい。
楓の友達が殺されたのが3日程前の事。その時点で厳戒態勢が敷かれ、生徒達はしばらくの間自宅待機となった。はずだった。
しかし昨日になって急に連絡が回ってきた。電話を受けた母親からは、今後の説明もあるから明日から学校に来なさいだってと告げられた。この異常事態に学校に生徒を集めるというのは、果たして正しい選択と言えるだろうか。
首を傾げ続けながらも、結局悟は制服に身を包み学校へと向かった。しかし学校に来てその異様さに悟は更に違和感を覚えた。
教室にいる誰もが、普通なのだ。
普通に話し、普通に笑う。
同じ学校の生徒が死んだにしては、あまりにもあっけらかんとし過ぎている。いや、というよりも、そんな事実はなかったかのような振る舞いに見えた。
「あのさ」
「ん? どうしたんだよ、さっとん。怖い顔して」
悟は思い切って尋ねてみる事にした。
「なぁ、楓の友達の事だけどさ」
悟はおそるおそる殺された生徒の名を口にした。
しかし、返って来た答えは信じられないものだった。
その現実が信じられなくて、他の生徒にも同じ質問を繰り返した。だが、答えは同じだった。
――どうなってんだよ、これ。
自分は夢でも見ているのだろうか。
自分だけが気付いていない、悪い夢。
誰一人、死んだ生徒の事を覚えていなかったのだ。殺された云々の前に、皆そもそもその生徒自体が存在していないといった素振りなのだ。その部分だけ、まるでまっさらに記憶をかき消されたかのように。
――俺が、おかしくなっちまってんのか。
「いっ!?」
その時突然急激な頭痛に襲われ、悟はおもわずその場にうずくまった。頭の中の神経を無理矢理引き千切られていくような鋭く強烈な痛みはまるで治まる様子もなく、延々と悟の頭を痛めつけた。
「あ……がっ……!」
だんだんと意識が遠のいてく。
――駄目、だ。死……ぬ?
訳も分からず、悟は死を覚悟しつつあった。
ぼやけていく視界。その視界が白んでいくかと思えば、次には黒く煙が立ち昇り面一杯を黒くしていく。
……ちゃ……く……ぐ……り。
耳の奥で何かが聞こえた。
酷く聞き覚えのある音だった。
……ぐちゃ……くちゃ……。
黒かった視界に、一滴の血が落ちた。
血の赤は、水の中で広がるように拡散し、一瞬にして景色を赤へと変えた。
――ああ、これは……夢だ。
そう、夢だ。
これは何度か見たあの悪夢と同じだ。全部夢だ。
――なんだ、そうか。
痛みはなおも続いていた。
人肉を喰らう不快な音。そこに紛れて、またあの声が聞こえた。
モット。モット。
――……また、お前かよ。
ホシイ、ホシイ。
――お前は一体、何が欲しいんだよ。
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