(2)

 悟の部屋で座布団の上に腰を下ろしている楓の顔には、相変わらず憔悴の色が絶えなかった。

 無理もない。昨日までパスを出し合っていた仲間が殺されたのだから。

用意したお菓子とお茶にも手を伸ばさず、虚空を見つめる様子は痛々しいものだった。


 しばらく沈黙が続いた。

 声を掛けるべきだと思ったが、どう言葉を投げかけていいか正直戸惑っていた。


「ありがとう」


 確かに聞こえた楓の声が、ふいに空気を破った。


「気にすんな」


 何でもないふうに悟は返した。

 ここは平穏だ。いつも通りだ。そう思わせる事で今は嘘でも安心してほしかった。


「ありがとう」


 そう言って、目の前に置かれたお茶に手を伸ばした楓の顔は少しだけほぐれていた。

 その顔を見て、楓はちゃんとまたこっちに戻って来れると安心した。

悟は自分の左手に視線を落とした。手の甲に微かに残っている5cm程の直線。

 普段は億尾にも出さず笑顔を振りまく楓。だが悟だけは知っていた。

彼女の心が一度壊れかけた事を。悟の手の甲に残った切創がその証明だった。

 楓の心の中にも、おそらく残っているだろう傷跡。

 二人しか知らない記憶。

 あまりに悲しいその記憶が、いつか完全に風化する事を悟は心底望んだ。だが、それは叶わないだろう。だったら、この記憶が残り続けるなら、自分が守り続ける。


「気にすんなよ。お前と俺の仲だろ」


 再び紡いだその言葉に、楓は小さく頷いた。

 あまりに悲しく、辛い記憶。

 思い出す度に痛みの伴う記憶。

 悟の記憶は一時、忌まわしいあの時間にまで遡った。

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