(3)

 知ってる? ノームって

 ああ、なんか脳みそ食べちゃうやつでしょ?

 脳無? のうなしじゃなくて、ノームっていうの?

 Nomeだろ。知ってる知ってる。今よく流れてきてるやつだろ? 連続殺人鬼。

 マジなのこれ? ただの噂話じゃなくて。

 ××公園で実際に目撃例あったらしいよ。

 そういえば、ちょっと前になんか似たような事件なくなかったっけ?

 怖っ。っていうか顔面ヤバイらしいよ。マジバケモン。人間じゃねえって。

 ノームに要注意。見つかったら喰われる。




 操から聞いた脳喰い連続猟奇殺人鬼、ノーム。

 その話は今爆発的に学校内で流れ、どこもかしこもその話題で持ちきりになっていた。あまりの波紋の広がりに、教師の口からもノームの名前が持ち上がり、不用意に妙な噂話を広げないようにと注意勧告を流し出したが、もちろんそれは逆効果であり、更にノームの感染は広がった。

 昔、口裂け女と呼ばれる都市伝説界では伝説とも呼ばれる恐怖が存在した。その恐怖は瞬く間に全てを飲み込み、パンデミックとも呼べるほどにその恐怖を拡散した。

 あの時も、こんな感じで始まったのだろうか。

 ただの噂話。そのはずなのに、今では実際にそれを見たという人間まで現れている。もちろん第三者が、という確証の薄い目撃情報だが、それでもここまで話が蔓延する程にノームの名が広がっている現状は正直言って、不気味なものであった。

 学校内だけでこの状況だ。どこまで広まっているのかは分からないが、少なくともこの近辺での学校ぐらいまでは、同じようにノームで騒がれている可能性はあるんじゃないだろうか。


「こら、えらい事になってきとるな」


 操は少し楽しそうにそう口にしたが、悟はそうは思えなかった。

 あの悪夢が、ただの悪夢ではなくなるかもしれない。

 そんなあり得ないと思っていた妄想が、だんだんと現実に近付いていた。









「どう思う?」


 部活の時間、率直に悟は二人に切り出した。

 ただ事ではない。何かよくない事が起こるのではないか。そんな不安が渦巻いて仕方がなかった。


「異様やな」

「気味悪いね」


 操と楓の意見も、悟の抱いているものと同様のようだ。

 噂というものは蔓延するものだ。特段悪い噂は回りが速い。急速に駆け巡り、取り込む。伝染病のように瞬く間に多くの人間を巻き込む。

 人の噂もなんとやらという。いずれこの手の噂は忘れ去られ、日常に戻る。

 何故か。あくまでただの噂だからだ。

 何の確証もない、証拠もない、ただ日常に紛れ込んだ虚像の刺激に過ぎない。情報だけで組み上げられ、各々の頭の中で実像のように振舞う幻だ。そんなものに本当の怯えや恐怖を持続させる事は出来ない。

 ただの噂。ただの娯楽。だが、その枠からはみ出た悟達にとっては違う。

 いや、枠からはみ出ているのではない。本当の枠内にいるからこそ、恐怖の質が違ってくる。

 悟達にとってこの噂は他人事でもなんでもない、本物なのだ。


「でも、何でこんな急に」


 少し前までは全くの日常だった。

 その場ではけたけたと笑い声をあげて笑っていても、3日後には記憶の片隅に残っているかどうかも怪しい話ばかりで時間を潰してきた。

 そんな中に紛れ込んだノームという異物。桁違いの拡散力を見せたその異物は、音もなく忍び寄り、前触れもなく爆発した。

 何をきっかけに。そう思った時、悟は決定的な答えにすぐ思い付いた。だが努めてその事実から目をそらした。それを認めたくなかった。


「あるとしたら」


 操が口を開く。一瞬悟は止めてくれと思った。だが止める間もなく、操はそれを口にしてしまう。


「パズルの完成、か」


 そう。時期はぴったり重なる。

 まるでパズルの完成を機に解き放たれた魔物が、悪夢を具現化するように噂が散らばった。しかもその内容は、悟がパズルを完成させた時に見た悪夢そのものだ。偶然と処理する事を許さない事実に思えた。


「じゃあ、本当に……」


 楓は不安げに顔を歪めた。


「地獄が開いたんかもしれん」


 馬鹿な、と一蹴したかったが、並んだ事実がそれを口にすることを憚った。

 悟の胸中に墨汁のようなどす黒い不安が広がった。

 地獄が開いた。

 仮にそれを真実として捉えるなら、これは始まりに過ぎない。


「本当の地獄は、これからかもしれん」


 操の言葉通り、その後、全てが始まりを告げた。

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