(7)

「…はー……はーっ…!」


 悟は勢いよくベッドから飛び起きた。呼吸は乱れ、全身は汗でびっしょりと濡れていた。


 ――なんだよ。なんなんだよ、今のは……。


 予測はしていた。またあの訳の分からない夢を見るかもしれないと。

 その予想は当たった。だが今回それだけでは終わらなかった。

 黒の世界の中。その中央だけが赤に塗れていた。それは彩るような鮮やかなものではなく、暴虐に投げつけ塗りたくられたような凶暴で無慈悲な赤に感じられた。

 そしてその赤の中心で動いている青白い何かがいた。

 悟の視点がどんどんその何者かに近付いていく。自分の意志とは無関係に赤の元へと視点が近づいていく。


 近付いていくと、音が耳に入ってきた。

 くちゃ、やら、にちゃ、やら咀嚼音に近い音。そして時より、ぐちりみちりと何かを引きちぎるような音もそこに混ざり込んだ。

 近付いてはいけない。これ以上見てはいけない。知ってはいけない。そんな感情は虚しく無視され、光景はどんどん鮮明になっていく。

 そして、目の前で行われている光景が何かを把握した時、無視された感情達が後悔となって悟の心に勢いよく襲いかかった。


 散らばった赤が人間の血である事。打ち捨てられているようにその血だまりの中に置かれているものが人間の腕や、体や、頭や、足や、どろどろとした腸や胃である事。

 最悪の光景。

 そしてまた血の上にびちゃりと片腕が投げ込まれ、ごろごろと転がった。

 目を背けたい。だがそれは何故かこの世界では許されなかった。

 視点は闇雲に人間を壊し続ける赤の中心にいる人物に当たっていた。

 胡坐をかいてこちらに背を向けているそいつは、後姿だけでも威圧感があった。

 隆々とした広い肩幅、丸太のように太い両腕。頭髪はほとんどなく、肌は全体的に青白い。

 ぐちゃくちゃという不快な音が目の前からずっとし続けている。

 唐突に音が止まった。そして目の前の人物の動きもぴたりと止まった。

 そして首から上だけがゆっくりとこちらに向き始めた。


 ――やめろ。やめろ。見るな!


 悟の心は悲鳴を上げていた。ぐりぐりとこちら側にねじられていく頭部。

 その先を見てはいけない。そう思うのに、悟の体は金縛りにかかったようにびくりとも動かない。

 そして、そいつの顔が完全に悟の方に向いた。


 ――……こいつは……。


 真っ赤に血で汚した口元からぼとぼとと何かが零れていく。

 その顔はまさしく、悟が完成させた最後の面に描かれていたあの顔だった。

 悟の視線が少し下がり、そいつの手元を映す。その手は赤味の強い、少しピンクがかった柔らかそうな何かがのっている。手のひらに収まったそれは少し齧り取られたのか、原型はなくしているが、そこに刻み込まれた皺のようなものが悟にその答えを教えた。


 ――これは、脳味噌だ。こいつは、脳味噌を喰っている。


 もう限界だ。これ以上見たくない。

 その願いがようやく通じたのか、視界がゆっくりとぼやけ始めた。


“モット、ホシイ”


 目の前の惨状が消失していく中で、悟の耳に入ったのは禍々しくも真っ直ぐな欲求の言葉だった。

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