(6)

 結局完成までには更に二週間を費やす事となった。

 その間操や楓にまだなのか、とせっつかれ続けたのは言うまでもない。

 だがそれでも悟の手は早まらなかった。何しろ触ろうというそもそもの気が削がれているのだから無理もない。それでもなんとか完成までこぎつける事が出来たが、完成させたいという前のめりなモチベーションではなく、さっさと終わらせたいというネガティブな感情に後押しされてのやっとの事での完成だった。

 出来上がればそれなりに気分も晴れるかと思ったが、完成の絵を見ても、悟はただただ困惑するだけだった。


 禍々しい。


 頭に浮かんだ一言目がそれだった。

 悟の前に現れたのは、一人の人間のような顔だった。ようなと思ったのは、人間というにはあまりにその見た目がおぞましかったからだ。

 髪の毛はほとんど抜け落ちており、頭からぶら下がるように申し訳程度にぶら下がっている。肌の色は全体的に血色も悪く、青白い。

 目はついてはいるものの、神様がつける時に手が滑ったかのよう位置は歪で、左目は垂れ下がっているのに、右目は通常は眉毛があるべきところについている。片方に大きく傾いた天秤のようなバランスの無さだ。

 何より特徴的だったのが口元だ。最初その異様さの原因が何なのか分からなかったが、ただ明らかに普通の人間とはまるで違っていた。

 それは歯だった。黄ばみきった歯の色にも不快を覚えたが、その歯の数があまりにも多いのだ。生える必要のない歯肉の部分からも何本も歯が飛び出ている。


 悟はその人物を見ながら強烈な嫌悪感に見舞われていた。気味が悪い。おぞましい。見ていて決して気分のよいものではないが、自分の中に渦巻いている感情の理由は、ただそれだけじゃないような気がした。

 もやもやした心を晴れさせる方法も分からず、目の前のパズルと向き合う事にも耐えられなかったので、悟は荒々しくその図を元の箱に戻した。


「あーあ。疲れた」


 しかし、件の店主も人が悪い。こんな趣味の悪いものと分かっているなら渡すべきではないだろう。ひょっとしたら、店主自身も早く誰かに渡してしまいたかったのかもしれない。捨ててしまえばそれで良かったのかもしれないが、こんな気味の悪いものを捨てたら何か不吉な事がおこりそうな気もする。ある意味、店に現れた悟は願ってもなかった都合のいい存在だったのかもしれない。


 しかし、これで遂に完成だ。


「地獄さん、こんにちは」


 誰にともなく悟は呟いた。


 ――あ、そうだ。


 悟は携帯を手に取り、操と楓にメールを送った。


『ようこそ、地獄へ』


 平和な明日がまた始まる事を疑いもせずに、悟は携帯を閉じた。







アカ、アカ、アカ。


モット、アカ、ガ、ミタイ。


テ、ヲ、チギル。アシ、ヲ、モグ。


アタマ、ヲ、ツブス。


ノウ、ガ、トロトロ。


モッタイナイ、モッタイナイ。


ボクノモノ、ボクノモノ。


コレデ、モット、ヨクナル。


モット、モット。


モット。

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