(5)

「へー悪夢かいな。ええ調子やん」

「うん、いい感じにオカルトしてるじゃない」

「他人事だからってお前らは」


 いつものように小屋の中で顔を合わせた三人の話題は当然今日も件のパズルで持ちきりだ。悟は自分の身に起こった悪夢について二人に話した。少しは心配でもしてくれるかと思ったら、心配どころか二人は悪夢という怪異めいた出来事に目を輝かせていた。怪奇蒐集倶楽部の部員としては評価に値する反応だが、同学年の友達として言えば薄情で暖かみに欠ける反応だ。


「こりゃ本物かもしれんな。そんな都合よく悪夢を見るとは考えにくい」

「そうだね。って事は」

「せや。次の一面で地獄とご対面やで」

「やっばいね。超怖いんですけど」

「なあ」


 悟は思わず口を挟んだ。

 暢気な二人の言葉とは裏腹に、悟の心は複雑だった。傍観者と当事者の違い。実際にあの気味の悪いパズルと対面し、その上訳の分からない不気味な悪夢だ。

 悟はとうとう、正直な気持ちを口に出してしまった。


「本当に、完成させていいのかな、あれ」


 案の定というか、予想通り二人の表情は呆れそのものだった。


「何や、悟ちゃん。怖なってもうたんか?」

「腰抜け部長」

「何とでも言えよ。お前らは実際俺の報告しか聞いてないんだから、気楽なもんだろうよ」

「あ、ヤバ怒った」

「ごめんて。せやな、確かに悟ちゃんに任せっきりやからな。すまんすまん。まあでも大丈夫やて。たかがパズル。あんなん完成させたかて、なーんも起きへんて」

「お前さっき、こりゃ本物かもしれんななんて言ってた癖に」

「ほえ? そんな事言うたっけ?」

「ったく……」

「そうだよ、さとぅーん。そんな不安になる必要ないよ。大丈夫!」

「てめぇさっきは腰抜け部長とかなんとか言ってた癖に」

「あれ? そんな事言うてましたっけ?」


 調子の良い言葉に今度は悟が呆れたが、おかげで少し気は楽になった。


 ――考え過ぎだな。


 そうだ。考え過ぎだ。

 たかがパズルごときで何が変わるというのか。確かにちょっとパズルは不気味だし、悪夢も見た。だがあの悪夢もリンフォンやら、脳みその絵とかやらに刺激された頭がそういった情報をごちゃまぜにしてあんなものを見せたのだろう。


 ――帰ったら続きでもやるか。


 悟は改めてパズルと向き合う事を決めた。






 ――何だよ、これ……。


 せっかく気持ちを立て直したというのに、悟の心には再び暗雲が立ちこもっていた。

 下段。最後の一面を目にした悟は、その圧倒的異様さに恐怖すら感じていた。

 二面の脳みそもなかなかのものだった。だがこれはその比じゃない。

 まず、異なっているのはピースの色だ。一面二面で使われていたピースは白を基調としたものだったが、この三面で使用されているピースは全て真っ黒に塗りつぶされていた。そしてその中に描かれているであろうもの。バラバラに散らばったどす黒い断片の上に並べられているのはくすんだ肌色。それぞれがあるべき所に集約した時にそこに現れるであろうものが大方何であるかはそこから予測出来た。そして問題はその完成図だ。

 完成図が見えている状態で組み立てるのと、無暗にパズルを組み立てるのでは圧倒的に

 前者の方が有利だろう。だがそれは二面の時も同じく、完成図が見えた事で完成を躊躇させるものであったとしたらどうだろうか。悟の手はまたも止まってしまった。


 ――怖い。


 この恐怖はなんだ。

 単純に目の前の不気味さに気圧されている、それだけではないように思えた。

 何か、脳みそを直接刺激されているような。記憶の奥底を無理矢理かきまぜられているような不快感。


「くそ」


 ただのパズル。ただのパズル。ただのパズルなのに。

 何故こんなに気持ちがかき乱される。


 ――終わらせよう。


 その決断が正しいかどうかなんて分からない。

 だが終わらせるには、これを完成させるのが手っ取り早い。

 未完のままでこのパズルを残せば、ずっとこの心のもやもやを抱えながら過ごすことになる。

 それに、どうせ悟が出来なかったと言えば、パズルを貸せと言われ操か楓が代わりにこれを完成させるだろう。だったら自分の手で終わらせよう。


 気乗りはしないが、悟は最後のパズルを解くべく、ピースを滑らせた。

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