第2話 鳩がなく
カーテンを閉めて制服を脱ぎ、私服へと着替える。
するとなんとなく、机に置いたあの本に目がいった。
「…少しくらいなら」
日記、という題名なだけであの人の日記、っていうわけじゃないだろうし、と分厚い本のページを適当に開いた。
「…?」
ペラペラとめくっていく。
めくってめくって、そして最後まで見た。
「なにこれ、真っ白」
文字も書いてないし、罫線もない。
ノートでも本でも無さそうだった。
しかし、ふと思い出す。
「あの人、この本読んでたよね…」
いや、読んでいたのかどうかは分からない。何か書こうとしてたのかもしれないし、それにわたしはこの本を閉じたところしか見ていなかった。
「……」
また明日も早起きかあ、とため息を吐きたくなったが、少しだけ楽しみでもあった。
*
「あ、また会った」
「あの、これ…」
今日もなんとなく、いるだろうといういうつもりでこの駅へと来た。
右手に持っていたあの本を彼に差し出す。
「あ。そうだった。ありがとう」
「……」
忘れてたのか、と彼に呆れた。
もうこれで会うのも三度目だし、初対面でもない。少しこの人に慣れてきたかも、なんて思いながら、不思議に思っていたことを聞いてみることにした。
「その本、何なんですか?」
「これ?日記」
「…いや、それは分かるんですけど、真っ白…」
そこで気付く。真っ白なんて事を言ったら中を見た事がばれてしまう。
もし真っ白じゃなく、ちゃんとした日記だったら、訴えられてしまうことに…?
「ああ。見たんだ」
「ご、ごめんなさい…」
「大丈夫大丈夫。その様子じゃあ、見えてないんでしょ」
「何も書かれていなかったです…」
「そうなんだよね。でも、俺にはちゃんと見えてる」
「は、はあ…」
何を言ってるんだろうか。
ちょっと変わった人?
でも、彼の目は嘘をついているようには見えなかった。今でもページを見ながら、わたしには見えない文字を目で追っている。
「ああ、そうだ。なんで名前って思ったでしょ」
「…はい」
「あれ、ICカードに書いてあった」
「なるほど…」
そういえばカタカナで書いてある。
しかし、わたしには不思議でたまらない。
なぜ名前も知らず、知り合いでもないのに、3日も続けて会っているのか。
「君にさ、お願いがあるんだ」
「お願い…?」
「俺と仲良くしてもらえないかな」
「え?」
なんだそんなことか、と目を瞬いた。
ちょっと変わった人でもあるけど、そこまで悪い人ではなさそうだ。
「俺は冬紀。よろしく、柊ちゃん」
「よ、よろしく、冬紀くん…」
差し出された手を握る。
すると、優しく握り返された。
冬紀くんは優しく笑うと、満足したように笑って立ち上がった。
「柊ちゃんどこの学校?」
「え?えーと、桜ヶ丘…」
「ああ、あの桜が綺麗な!」
なんだかこの人に振り回されてばかりだな、と思いながら、わたしも質問をしてみた。
「冬紀くんは学生?」
「見た目はそうかなあ」
「見た目?」
「いや、なんでも」
ぎくりと態とらしく反応するので、逆に呆れてしまった。まあ、誰にも言いたくないことのひとつ、あるだろう。
「でもお願いってなんでわたしに?」
「んー、それは追々」
「追々って…」
「それよりさ、電車」
「え?ああ!」
ホームに停車している電車。
いつの間に、なんて事を考えながら乗れないとやばいと焦りベンチから立ち上がった。
「ほら、いってらっしゃい」
「わ、」
とん、と背中を押される。
そういえば前にも、と思いながら反射的に足を動かして電車に入った。
「あ、ありがと…!」
慌てて後ろを振り返って礼を言うが、扉は閉まっていた。向こうには声が届かない筈なのに、冬紀くんは優しく笑った。
*
「…?」
6限の授業が終わった後、友達と校門に向かって歩いていると少しざわざわとしていた。
「何かあったのかな」
「誰か来てるとか?」
「誰かって…え」
興味本位で集まっている人達の後ろから何とか見ようと背伸びをする。
「無理…わかんない」
「どれどれー?」
身長がさほど高いと言えないわたしは、背伸びをしても無理だった。隣で同じように背伸びをする友達は背が高い部類だったので、余裕で見えるらしい。
「誰か来てるみたい」
「誰かって、誰?」
「んー…男?」
「彼女待ちかな」
「じゃない?」
校門の前で他校の生徒が待っているなんて丘の上に建つこの学校では珍しい。
どんな人が待っているんだろう、なんて見てみたい気もするけど、わたしには無理だ。
明日学校に来て、友達の中に見た人がいたら聞いてみよう。
そう思ってそこを通り過ぎて歩道へと出た。
「あ、柊ちゃん」
「?」
どこからか聞いた覚えのある声がざわざわとしている声と混ざって聞こえた。
呼ばれてるよ、と隣の友達が立ち止まって後ろを振り返る。それにわたしもつられて後ろを振り返ると、開けたざわついていた集団の中から冬紀くんが出てきた。
「え、冬紀くんだったの」
「…なんだ、そんなに驚かないんだ」
残念、と呟く冬紀くん。何故ここに?
口振りからしてわたしを待ってたのかな、なんて思って聞こうとすると友達が、私はお邪魔みたいだし先帰るね、と手を振る。
「え、ちょ、」
「また明日聞かせてー」
そんなんじゃない、という言葉は曲がり角で見えなくなった友達には届かなかった。
わが青春のツキミソウ 木野さくら @hareto
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