第9話〜shine〜

あれから、私は絵師の会に入った。

毎日、自分の思うがままに絵を描き、スランプの時はアンや会の仲間が支えてくれた。


ある日、私の住む家に、女の子がやって来た。

私が最初にここへ来た時と同じで、その女の子はおどおどとしていた。

頬にそばかすのある肌の白い女の子だった。

その女の子は、リリーといった。

リリーは、不安気にリビングの椅子に座っていたが、私の絵の具だらけの手を見て

「あの…あなた、絵を…?」

「うん。今は油絵を描いているの。その前は水墨画。次は何をしようか迷ってるんだぁ」

私が笑うと、女の子は

「あの…私は…絵も好きだけど、最近は絵より、ミニチュアの街とかを作るのが得意で…。」

そう言って、恥ずかしそうに笑った。

「ミニチュアの⁉︎すごぉい!手先が器用なんだね。」

「でも…。私、ある日突然細かい作業が出来なくなっちゃって…。今は鉛筆すら持てないんです…。だから…ニューヨークの街のミニチュアが作りかけで終わってしまっていて…。」

あぁ、私と同じだ。

「リリー、大丈夫。ここではなんでもできるから…。ここでなら、またミニチュアが作れる。」

私はリリーを励まそうと、声をかけた。

「嘘よ!今まで医者に行ったって、同じようなことを何度も言われた!『大丈夫。すぐ治る』って!嘘をついて何が楽しいの⁉︎私のことをからかうのもいい加減にしてよ!それに、ここは何なの?どこ?私を…返して!」

リリーは、そう言って泣き始めた。

私はアンの方をちらりと見ると

「大丈夫。よくある事よ。あなたのせいじゃない。」

と小声で言った。

リリーは泣き止むと、こう言った。

「ここではなんでもできるって言うなら、私にミニチュアを作らせてみなさいよ!」

すると、アンは頷き、

「じゃあリリー、私達についていらっしゃい。」

「アンさん、どこ行くの?」

私が尋ねると

「決まってるじゃない。絵師の会よ。」

と答えてアンはドアを開けた。


「あの…絵師の会でミニチュアやってる人っていましたっけ?」

私は後ろを歩くリリーを気にしながらアンに聞いた。

「そりゃあいるわよ。…たぶん。」

たぶん…って…。

「それじゃダメじゃないですか。」

「いると信じないとね。」

アンってやっぱりわからない。

なんでこんなにもポジティブになれるんだろう。

「あの。どこ行くんですか?」

リリーが突然尋ねてきた。

「絵師の会っていう会があってね、そのアトリエに行くの。」

アンはにっこり笑って言った。

リリーは、首をかしげながらも、ふーん。と言ってそれきり黙り込んだ。


絵師の会に着くと、アンはすぐにダ・ヴィンチ会長に挨拶に行き、ミニチュアをやっている人がいるかを尋ねた。

その間、私はリリーを永之助さんと一緒にアトリエ内を案内していた。

しばらくすると、アンが駆け寄ってきて言った。

「絵師の会にはいないけど、ミニチュア専門の会がこの近くにあるらしいの。そちらに行きましょうか。」

リリーはうなずき、アンの後ろを歩いた。

「あの、だいぶこの世界に警戒しちょるのう」

永之助さんはボソッとそう呟いた。

「そりゃあ、私だって最初はそうでしたよ。」

「…ありゃ。そうだったんか。知らんかったわ。」

永之助さんは私をからかうように、ハハハ、と笑って見せた。

「永之助さんは…?」

「随分と昔のことじゃ。覚えとらんわ。」

永之助さんはまた、ハハハ、と笑って答えた。

「友莉殿、ついて行かんでええのか?」

「あっ。いけない。じゃあ、今度また来ます。」

私はそう言ってアンとリリーの後を追いかけた。


2人に追いつくと、アンが立ち止まった。

「ここよ。」

リリーは硬い表情で建物のドアを開けた。

ドアの向こうには、小さな小さな町が作られていた。

その町の向こうには、巨人…じゃなくて、職人さんが黙々と作業をしていた。

その中の1人が、私達に気づき、手招きした。

もじゃもじゃとした真っ白なヒゲを生やしたおじいさんは、眼鏡を取り、目を細めて私達をじっと見つめた。

「新人さんかね?」

おじいさんはゆっくりと話した。

アンが答えようとすると、リリーが口を開いた。

「ここでミニチュアを作っているんですよね?私にやらせてください。」

「…おぉ、いいとも、いいとも。んじゃあ、あそこに材料は揃ってるから、好きに作っておくれ。」

おじいさんはそう言って、また眼鏡をかけて作業を始めた。

リリーは、材料の置いてある場所で目を閉じ、何かを考え始めた。

そして、目を開けると同時に素早く手を動かし始めた。

私とアンは、リリーのその姿を唖然としてみていた。

ミニチュアって、意外に奥が深くて面白い。夢中になって手を動かすリリーを見て、アンはホッとして言った。

「リリー、大丈夫そうね。私達は一旦帰りましょうか。」

私達は、リリーに声をかけて、アトリエを後にした。


帰り道、アンは小さな声で言った。

「この世界は、shineって言われるくらい、素晴らしいものだけど、初めは誰でもこの世界を拒もうとする。でも、不思議とこの世界を受け入れ、好きになる。人間って、不思議よね…。」

アンは遠くを見つめながら微笑んだ。

「アンは、この世界と、元いた世界、どっちが好き?」

私が問うと、アンは答えた。

「今はこの世界が好き。でも、昔は元いた世界が好きだった。いつも、今自分がいる場所が好き。友莉ちゃんは?」

「私も、同じかな。少しだけ元いた世界が恋しくなったりするけど…」

そうだ。人間は、そんなもんなんだ。


あの鍵はきっと、今もどこかに落ちていることだろう。

誰かの足元に。

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落ちた鍵 水楢 葉那 @peloni

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