第8話〜目の前の景色〜

レオナルド・ダ・ヴィンチが会長の、絵師の会。

私は、ダ・ヴィンチさんに案内され、絵師の会の見学に来た。

緊張しながらも、私の心は踊っていた。

そして、アトリエに着き、その扉を開くと『とんでも無いところに来てしまった』と思った。

だって…だって…‼︎‼︎

恐ろしいほど素晴らしい絵を描いている人が山ほどいるんだもん…‼︎

私がその場で唖然としていると、1人の若い男性が近寄ってきた。20歳前後だろうか?

見た目からして、日本人だろう。

いつの時代の人だろうか。

ちょんまげ頭で、着物姿だ。それに、美形だ。

すると、その男性は口を開いた。

「友莉殿でございますか。」

「は、はい…」

「私、雪村永之介ゆきむらえいのすえと申します。」

「永之介さん…は、どんな絵を描いているんですか?」

私が聞くと、永之介さんは恥ずかしそうに答えた。

「…私は、水墨画を描いていました…。師匠を超える絵師になりたかったのですが、師匠より先にこの世に来てしまいました…」

そうか…この人も…。

「友莉殿、ここは私がご案内致しましょう。ダ・ヴィンチ殿、よろしいでしょうか。」

「おお、永之介くん、それじゃあ、頼みますよ。」

ダ・ヴィンチさんはそう言って去って行った。

「さて、友莉殿、この絵師の会には、幾つものグループがあって、此処は、日本画を描く者が集まっていて、浮世絵、水墨画…いろいろ描いている。

向こうは、油絵のグループ。あそこは彫刻のグループ。もっとたくさんあるのですが、友莉殿はどんな絵に興味があるんですか?」

どんな絵…?迷うな。

「日本画。水墨画を教えていただけませんか?」

永之介さんは、一瞬驚き、固まったが、にっこりと笑って言った。

「もちろん。私で良ければ」


私は、そのまま永之助さんに水墨画の基本を教わった。

同じ墨でも、水の量で濃さを自由自在に変えられる。墨は濃い順に、濃墨、中墨、淡墨とあり、それらを見事に使いこなすことが最も重要であり、難しい。

永之助さんは、自分の描いた絵を見せながら説明した。

次に、実際に描いてみることに。

永之助さんに丁寧に教わりながら『三墨法』という技法を使って竹を描いた。

見ているだけだと、とても単純で、誰でも簡単に出来るように見える。

でも、実際にやってみると、実に難しい。一本の筆に濃墨、中墨、淡墨を作るというこの技法は、まず、筆全体に淡墨を染み込ませ、筆の先端部分に濃墨を付け、なじませる。そうすると、先端部分が濃墨、付け根部分が淡墨、そして真ん中が中墨となるのだ。

上手い具合に濃中淡となるようになじませる作業が難しい。なじませすぎると、全体が濃くなり、あまりなじませないと、中墨が出来ない。

単純な作業なのに、本当に苦労した。


永之助さんは、見事にそれを使いこなし、美しい風景画を描いていた。

まるで、モノクロ写真のようだ。

永之助さんは、描きながら私に言った。

「水墨画は、無彩色しかない。でも、これは決してしょぼく見えないだろう。なぜだかわかるかい」

私は首をかしげた。

「それは、描き手が、色があると頭の中で思い描いているからなんだ。」

つまり、こういうことだろうか。

実際に目で見れば、白黒にしか見えない。しかしそれは、心の目で見れば、色があって見える。

「水墨画って、深いですね。」

永之助さんはうなずき、

「私は、師匠にそう教わりました。手で描くな、心で描け‼︎って、よく怒られていたものです…」

と言って、寂しそうに笑った。


アトリエからの帰り道、目の前の景色が、白と黒の世界に見えた気がした。

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