第6話 〜願い〜

涙をいっぱいに溜めながら城に向かって走り続けること5分。

大きな橋が目の前に広がる。

その向こうには、大きな門があり、番人らしき人がいる。

私は、息を飲んでゆっくりと踏み出した。

門の前まで来た時、番人に話しかけられた。

「何しにきた」

「女の人に会いに来ました」

「どんな女だ」

「髪の長い、気品のある方です」

「女王様か」

「多分、そうだと思います」

「女王様に何の用だ」

「私自身を知りたいのです。今の私は、他人よりも私のことを知らないのです」

「よく分からんな。まぁいい。通れ」

番人が合図すると、門は大きな音を立ててゆっくりと開いた。

鼓動が鳴り響く。

世界がゆっくりと動いて見える。

一歩踏み出すごとに靴音が響くように聞こえる。

案内人に案内されて行った先には、大きな客間が広がっていた。

ソファに座って待っていたのは、だった。

「友莉さん、お久しぶりですね。」

優しく微笑み、私に『どうぞ座って下さい』と合図した。

「それで、何でしたっけ。『自分自身を知りたい』と言っていましたっけ。」

「はい。自分自身に今起きていることを知りたいんです。」

「覚悟はできているのですか。」

こくり、と私はうなずいた。

「では、率直に言いましょう。」


「あなたはもうじき死にます。」

やっぱり。正直にそう思ってしまった。

「あなたは、通り魔にあった時に頭を強く打たれましたね。一命を取り留めたものの、その後遺症として今は手先を上手く使えない、とされていますが、実はそれは事実ではありません。」

事実ではない…?

「あなたは『一命を取り留めた』のではなく『一時的に下界に戻った』だけなのです。つまり、あなたはいつ死んでもおかしくない状況なのです。」

一時的に下界に戻った…?

訳が分からなくなってきた…。

「では、shineについても説明しましょうか。」


「今私達がいるshineは、芸術の国です。あなたはとても腕の良い画家ですから、こちらに招かれたのです。隣国は、北に料理の国、東にスポーツの国、西に鳥の国、南に音楽の国があります。shineの住民になれば、その他の国に行けるようになりますし、仕事も出来ます。ただ、もう2度と下界には戻れません。」

私が、腕の良い画家…。

隣国…。

「あなたはこの国に招かれたので、断る事は出来ません。ある期限までにこの国の国民にならなければ、あなたは行き場のない『迷える魂』となってしまいます。」

って、いつですか?」

「あの砂時計を見てください。」

そう言って女の人は一つの砂時計を指した。

「あの砂が全て下に落ちるまでです。」

私はただ、その砂時計を見つめることしか出来なかった。



アンの家に帰ると、アンがリビングに居た。

「ごめんなさいね。工芸家の集いがあって、今丁度帰ってきたの。」

「アンさん…。」

アンは、私が死ぬって知ってたの?

「女王様のところに行って来たそうね。話した内容は大体予想つくわ。私だって同じだったからね。」

知ってたんだ。

「友莉ちゃん、絶望することなんてないのよ。貴女が思っていた死後の世界は知らないけど、今いるところは悪くないでしょう?」

確かにそうだけど…

「でも、何か下界むこうでやりたいことがあるなら、今すぐ戻って、夢を果たしてきなさい。砂時計余命を示すものが閉じ込められた石を貸すから。」

「アンさん…。ありがとう…」

自然と涙が出てきた。

死に対する恐怖心は消えた。

下界でやり残したことがたくさんある。

でも、何から果たせばいいのかわからない。何ならできるのかわからない。

なんだろう。

ゆっくりと目を閉じて考えた。

目を開けると、下界にいた。

でも、そこは自分の部屋ではなかった。

目の前に見えるのは、真っ白な壁。

いや…壁じゃない。これは天井だ。

視線を動かすと、よく医療ドラマで見る機械が。

一定のテンポの、一定の音が部屋に響き渡る。

病院か。

私はため息をついた。

遅かった。

病院に運び込まれるってことは、私の体の容態が良くないってことだ。

砂時計が見える石が目の前に浮かんで見える。

砂の半分以上が下に落ちている。

私はもう一度目を閉じた。

私が死ぬ前にやりたいこと…。

この状態でも出来ること…。


ーーあ。

わかった。

最期にやりたいことが。



その時、部屋のドアが開く音がした。

視線を動かすと、目にいっぱいの涙を溜めたお母さんとお父さん。

元気のない様子の悠介と咲希。

そして、気まずそうにうつむく白衣を着た人の姿が。


お母さんとお父さんは私の姿を見て駆け寄り、手をぎゅっと握った。

お母さんは、号泣し始めた。

お父さんは、そんなお母さんの肩に手を添えて、ぐっと涙をこらえていた。

そして、お母さんは言った。

「友莉、ごめんね。お母さん、友莉のこと助けてあげられないみたい…」

「…え?」

かすれた声しか出せない。

「友莉、友莉はね、余命一週間何だって。」

お母さんは、のどから絞り出すように言った。それがお母さんの精一杯だったのだろう。

私は驚かなかった。

「そっか。」

普通にそう答えた私を見て、お父さんの涙がこぼれ落ちた。

「泣かないでよ。まだ一週間あるんだよ。」

「友莉、お父さんのこと、地獄に突き落として良いからな。」

「何言ってるの。バカじゃないの。」

私が笑うと、お父さんは大泣きしながら笑った。

「お父さん、お母さん、私のわがまま聞いてもらって良い?」

お父さんとお母さんは一瞬顔を見合わせてから、笑顔でうなずいた。

「…いつも通り過ごしたい。」

難しい事はわかってる。

でも、それが良いんだ。

それが私の最期の願い。

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