クレハ-3




 皇国の議会には、雑多な人間が参加する。

 まずは東西南北の地方から選出されてくる地方議員。各地方から十人ずつ選ばれる。その内訳は地方によって異なり、地方の統治者である諸侯出身のものもいれば、民間から出てくるものもいる。都で仕事をするものと地方で仕事をするものがおり、個々の自由に任されている。また地方議員はその土地の有権者を議会に同伴することが許されている。


 次に各地方議員の意見を聞き、実際に上宮で各地方の利益のため働く代表議員。これは都に常駐し、毎回の議会に参加する義務を負う。都で働く地方議員は、代表議員の手足となって動くことが多い。


 そして官吏の責任者たち。実際に内政を行う彼らの承認を得られなければ、議案を現皇に提出することすら叶わない仕組みになっている。官吏に関しては個人ではなく各部署に参加資格が与えられ、実際に議会に参加する人数や人選は各部署で判断される。


 その他必要があれば誰でも議会に呼びたてることが出来るのだが、今回の場合は学院長がそれに当たる。

 そしてこの場には、各地方の意見を担う代表議員が揃っていた。



 余計な人間を排除したシンプルな構図。

 国を分ける主な地域の代表者と、件の関係者。それをここに招いたのは──



 ギィィィと錆びついた音がした。気づくと室内の明かりが消されている。薄暗い室内で、漆黒の扉が閉められる。バタンという音と共に部屋は暗闇に包まれた。

 と同時に、円卓の中央が青く光る。

 光の玉がふよふよと生まれ、青く眩い光を放ちながらにわかに大きくなっていく。

 議員たちが待っていたとばかりに姿勢を正した。ただ学院長だけが慣れない様子でじっと光を見つめている。


(相変わらず奇怪な術だ)


 冷えた空気がさらに冷たくなったように感じる。

 クレハの目には無数の術式が蠢いているように見えた。神術に疎いものから見れば光の玉にしか見えなくとも、ある程度の素養があればこの術式の異様さがわかるだろう。拡散と展開を繰り返しながら玉はどんどん大きくなっていき、やがて見ていられないほどの光を放つ。


 一種の転送術式。


 神力を遠隔地に飛ばすことで、その場にいなくても、会話をすることが可能になる。

 この術を一回使うだけで、どれほどの神力を使うのか。

 あまりに濃い神力の密度に、眩暈がする。人一人分を優に超えた神力の量。

 こんなでたらめな式を展開できるのは、この国で一人しかいない。




《なんだ、お前も来てたのか。クレハ》


 声がした。

 それがだす光のせいで、暗闇だった室内には青い光が満ちている。


「自分で呼び出したのをお忘れですか?」


 からかうような声色に顔をしかめてクレハが言い返す。


《お前が午前の議会をすっぽかしたと聞いていたんでな》

「あれは行かなくてもいいでしょう」

《全く……中央にいるときぐらいちゃんと出ろ。議席がもったいない》


 人がいた。

 青白い室内に真っ白な人影が。

 首元で切りそろえられた髪が揺れる。


《皆、待たせたな。これから会議を始めよう》


 片目を青く光らせた現皇の人影が、淡く微笑んだ。













《昨日の一件を、私は一つの予兆だと考える》


 現皇はそう言って会議の口火を切った。


「つまり〝鴉の宿木〟が復活するということですか」


 ユグーが渋い顔をして問いかけた。

 他の議員たちも同調するように現皇の返答を待っている。


《将軍はどう考えている》

「今調査中です」

《進捗の度合いは》

「餌を巻いている状態です。いくら〝宿木〟とはいえ、十年前で壊滅状態まで陥っている。あの当時の組織が復活したというよりも、その残党の仕業と考えるのが妥当でしょう。ただその残党が個人レベルなのか、組織立っているのかまではわかりませんが」

《そうか、わかった。皆、よく聞け。この一件について議論する前に私から皆に告げておかなければいけないことがある》


 現皇の表情は常に平静で、何を考えているのか全く分からない。人影の現皇はそこで一旦言葉を切ると、覚悟を試すように周囲を見渡した。


《まもなく、世紀末が起こる》


 クレハはその瞳が鋭くなるのを見た。


「はっ!?」

「――!」

「げ、現皇?それは、一体何の冗談ですか?」


 悲鳴のような議員たちの声。


《冗談などではない。大神殿からもすでに天崩れの相が出ていると連絡が入っている》

「待ってください、現皇、世紀末?あんなの、昔話だ!それがどうして今もう一度起こるというのです?」

《疑うか。まあ、至極当然な反応だな。私は、お前たちに信じることを強制はしない。だが宣告しなければならない。そして手を打たなければ、当然昔話と同じ未来が待っている》

「宣告?それは一体どういう意味ですか?」

《我が一族が、千年もの間血を絶やすことなくこの国の主として生き延びてきた理由だ。昨日の件も、広い意味ではその発端にしかすぎない。奴らも嗅ぎ付けたのだろう。世界が滅びる硝煙の匂いを》

「……」

《この一件は、当面陸軍の特殊部隊に一任することにする。各々自分たちがどう動くか腹に決める時間が必要だろう》





《忘れるな。まもなく、世紀末が起こるぞ》


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