少女-1




 クレハたちの会議が始まる少し前、聴取が終わったアーリアとコトコは、行きに乗った馬車に揺られてクレハ将軍の宮へと戻っていた。

 行きと大きく違うのは、車内に二人しかいないこと。

 そして、コトコの顔色が真っ青になってしまっていることだった。


「コトコ、大丈夫?」

「うん………」


 そういう声に覇気はなく、明らかに顔色が悪い。

 一度取った休憩の後に、ロウとシャンが交戦したという不審な男の話をした。その戦いの様子が、ひどくコトコを傷つけたらしい。アーリアはそっとその横顔を見つめた。


(……不思議な部分がたくさんある子だけど、)


 二人の話を聞いて真っ青になる姿は、普通の女の子だ。

 今もまだ話の影響を引きずっているのか、表情は強張り、ずっと手を握りしめている。

 無理もない。アーリアも、二人の話を聞いて何度ひやりとしたかわからない。いつかそういった戦場に立つことは覚悟しているけれど、安全だと思っていた学院の中で、二人が襲われたという事実にはゾッとする。まっ白な病室で横たわる、二人の姿が痛々しかった。


(またあの内乱が起きてしまうのだろうか)


 アーリアが物心ついた頃、千年続く皇国は一度滅びかけた。先代の皇様が唐突に崩御なされたことがきっかけだった。まだ年若かった現皇の即位を巡って上宮は荒れ、その隙をつかれた形で〝鴉の宿木〟の侵攻を許し、都は彼らの手に落ちた。


 内乱は二年間にもおよび、その間何が起こったか、もう誰も口にしようとはしない。


 そんな状況を打破したのが、当代の現皇と、特殊部隊を創設したクレハ将軍だ。まだ子供だったアーリアには当時の記憶はおぼろげだが、それでも大興奮した父と共に、田舎の屋敷から都に馳せ参じた記憶がある。無事、現皇に即位した当代の神々しさといったらこの世のものとは思えなかった。


「私もね、父上の正妻の子どもではないの」

「……えっ」

「まあ、よくある話よね。いくら技術が進んでいるとはいえ、皇国は自然が厳しい国だから。私が生まれ育った西部はとくに自然が厳しくて、少し身体が弱いとあっという間に死んでいってしまう。だから小さくでも統治者として名を馳せている人は、正妻の他に何人かお妾さんを持つのが普通よ。」

「……そう、なんだ」

「だからコトコの話を聞いて、驚いたけれど少し親近感が湧いちゃった」


 アーリアがそう言って笑えば、つられてコトコも少し微笑む。

 シャンにいきなり言われたときは驚いたけれど、アドリア家ほどの名家であれば、妾の一人や二人いるのが普通であったし、コトコの少し浮世離れした雰囲気も、そんな名家の妾の子として、少し特殊なところで育ったせいだと思えば気にならなくなった。

 コトコの顔色に少しだけ赤みが戻って来たのを見て、アーリアは言葉を続けた。


「シャンの家は由緒正しい軍人の家だから、各地方に馴染みの人でもいるのでしょうね。私の家はただの豪族だけれど、同じ二つ名だとしても、中央のアドリア家じゃ万が一血が絶えるようなことがあっては大変だもの」

「アーリアは豪族出身だったの」

「ええ。西部といってもだいぶ北にある土地の小さな小さな統治者だけどね」


 故郷には学院に入学してから一度も足を踏み入れていない。

 厳しい自然に耐え切れず、十人近くいた兄弟もアーリア含め四人しかいない。


「少し顔色がよくなって来たみたい」

「あっ……ありがとう。ごめんね」

「いいのよ。気にしないで」

「───アーリアは、ああいうの慣れてるの?」


 そういうとコトコは視線を足元に落とした。

 折角よくなって来た顔色も、うつむきがちな彼女の陰で暗くなってしまう。


「別に慣れてはいないけど、でも覚悟はしてるわ」

「………そっか」


 血と、土埃と、神術が弾けるあの感覚。

 命が危険にさらされることに対して、覚悟を決めるのがまずアーリアたちには求められた。


「でもロウにはびっくりしたわね。普段はただの引きこもりなのに、あんな怪我して」


 そんなものと縁がないコトコにはきつい話だろう。

 馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。もうすぐクレハ将軍の宮につく。

 これ以上この話をしてもコトコがさらに気落ちするだけだと思って、アーリアは明るい声を出して違う話題を振った。


「ねえ、それにしてもちょっとお腹がすいてこない?私たち、朝から何も食べてないのよ」

「ああ、そうだったね」


 思い出したようにコトコが瞬きする。


「食堂のみんな、大丈夫かな……」

「他に大きな怪我をした人はいないって言ってたから大丈夫」

「うん」

「ほら、宮についたよ」


 馬車はゆっくりと宮に正面に止まり、二人は礼を言って中から出た。馬車の到着に気付いた女官たちが宮の中から出てくる。


「お帰りなさいませ。食事の用意をいたしております」

「ありがとうございます」


 アーリアは深々と女官に頭を下げた。将軍のような皇族の方に仕える女官は、大抵良家の子女であることが多い。片田舎の豪族なんかとは比べものにならないほどのお嬢様なのだ。


「それから、食事が終わったら学院に戻られても構わないとのことです」

「えっ本当ですか?」


 アーリアよりも先にコトコがその言葉に食いついた。嬉しそうに微笑んでアーリアを振り返る。


「良かった!やっぱり心配だったから」

「そうね。私も早く仲間たちに会わないと」

「ではお食事にご案内いたします」


 アーリアたちは頷いて、先を行く女官の後を追った。

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