クレハ-2





 


 


 黒々とした円卓が、底なし沼のようにそこにあった。

 冷えた空気が地の底を思わせる。

 円卓にはいくつかの席が用意されていた。今クレハが座っているものの他に五席。少し間隔がまばらになっているのは普段よりも席数が多いからだろう。


 クレハは改めて室内を見回した。

 窓がないせいか、それとも円卓以外の家具が一つもないせいか。室内には異様な威圧感が漂っている。この部屋に案内されたのは初めてではないが、それでも十分居心地が悪い。

 部屋は議事堂の地下にあった。

 普段は立ち入ることができないこの部屋は、部屋の主に招かれたときだけ入ることが出来る。

 クレハは女官が注いだお茶を手に取り、そっとその水面を見つめた。


 時刻は既に始まりの時を告げていたが室内には誰もいない。

 どうせ議会が荒れているのだろう。クレハは議会が嫌いだ。雑多で無駄が多く、遅々として進まない。さっさとあんな組織解体してしまえばいいと常日頃思っている方だった。

 クレハが二杯目の茶を飲み終わったとき、ギィィと錆びついた音がした。円卓と同じく漆黒に塗られた扉が開く。

 現れた人影を見て、ニヤリと笑った。


「議会は荒れたみたいですね、ガラマス学院長」


 渦中の人。厳格そうな眼差しに、今は少し疲れが見える。


「……クレハ将軍、なぜあなたがここに」


 学院長は室内にクレハがいることに驚いているようだった。

 それとも、他に誰もいないことに驚いているのだろうか。


 クレハは学院長の問いには答えなかった。

 彼を連れてきた女官が、そのまま彼を席まで案内する。クレハも他の女官から三杯目のお茶を注いでもらった。


「ところで学院長、一晩にして時の人となった気分はいかがです?」


 女官たちが退室したタイミングで口を開く。


「用心深い学院も今回ばかりは予想外だったようですね」

「当たり前だ。誰があんな強引な侵入を考える」


 吐き捨てるようだった。

 クレハの眉が上がる。


「学院の落ち度はないとお考えで?」

「それではあなたはあれが防げるとお思いか」

「それはわかりません。学院はその内実を上宮に明かさないでしょう」

「必要ないからだ」

「ですがもうそんなことは言ってられません」


 手に持った茶器を置き、学院長の顔を見据える。


「悪いことは言わない。会議が始まったらその態度は改めるべきだ。貴方だってわかっているはず。上宮の北に位置する学院が〝鴉の宿木〟に襲われたという事実はとてもじゃないが見過ごせない。だからこそ議会があんなに荒れているのでしょう」

「………その議会をすっぽかされた割にはよくご存じで」

「優秀な部下がいますから」

「そうですか。では昨日の一件も、優秀な部下を使って嗅ぎ付けたのですか」


 一瞬、二人の視線が交差した。


「──あのまま放置していた方がよろしかったでしょうか?」

「いいえ。将軍が迅速な対応をしていただいたおかげで被害は最小限に抑えられました。ただ、あの場で最も早く対応をした貴方こそ、議会で事態の説明を行うべきだったのでは?」

「私は軍人です。議会で無駄話をするのが仕事ではない」


「耳が痛い批判だがな、今日に限っては貴方がいなかったおかげで時間を無駄にしたのだぞ」


 振り返ると四人の議員たちが扉から中に入ってくるところだった。

 その中の一人。禿かかった赤茶色の髪を撫でつけた恰幅のいい男が眉を顰める。


「クレハ将軍、いくら当代の叔父上だとしても身勝手が過ぎます。説明責任を果たさず議会をすっぽかすなど」

「──トラン議員。私はとっくに皇族を辞めています」

「話を逸らされるな。それに皇族を辞めると言っているのは貴方だけで、当代は認めておられないことなど皆しっている。なぜ議会に来なかった」

「議会に重きを置いているのは貴方たち議員だけだ。私には他になすべきことが山ほどある」

「軍部とて議会を通さなければなにも出来ないことを忘れるな」

「はて。私たちの忠誠はすべて現皇のもとに。国と皇へ捧げているのであって、議会に捧げているわけではありませんからな」

「ふん。内乱を治めた英雄というのは随分偉いのだな」

「内乱を治められなかった議会に、口出しされたくはありません」



 両者の間に緊迫した空気が流れる。



「トラン、良いからさっさと座れ。お前が邪魔で他の者が座れないだろう」


 呆れたような声がした。


 トランは後ろから来た他の議員に諭され、しぶしぶクレハから視線を外した。

 四人の議員は女官に案内されるまでもなく、慣れた様子で席につく。これで部屋の席が全てうまったことになる。


「それにしても、けったいなことが起きた。いくら上宮と学院は不干渉だとしても今回は例外ですぞ」


 トランが目の前に座る学院長を睨み付ける。

 その視線を真正面から受け止めながら、渋い顔で学院長が唸った。


「……わかっております」

「わかってるで済めばいいんですがね、ことは」

「議会と同じ話を蒸し返すのはやめましょう。わざわざ場所を移した意味がない」


 トランの言葉を他の議員が遮る。先ほどトランを急かした男と同じ男だ。

 紺色の髪を一つに束ね、同じ色の両眼で周囲を見渡す。


「過去のことは今はいい。これからの話がしたいのです」

「そうは言うがなユグー。これは上宮と学院の関係性に関わる。決して流すことは出来ないぞ」

「それは学院の独立性を問うということですか?トラン議員」


 小麦色の肌をしたクレハと同年代の男が油断なく口を挟んだ。


「今回の件については対策が必要ですが、学院の独立性は守らなければなりません。ただでさえ十年前から学院の質を疑う声が絶えないのですから」


 一拍置いてクレハの方を一瞥した。


「+Aのことを言っているのでしたら、ケチをつけられる謂れはありませんな。あれはきちんと当代の現皇と学院長の承認を受け設置したものです」

「確かに承認は取っているのでしょうクレハ将軍。ですが民の間で不信感が出てきているのは事実です。国から独立した高等教育機関があることは、皇国の技術と文化の発展に不可欠だ」

「マルクス議員の言いたいことはよくわかるが、本題から逸れすぎだ。今この場の議題は昨日の一連の事件についてだということを忘れるな」


 白髪の議員の発言で、白熱しかかった議論が一度終わる。それぞれの議員が気まずそうに顔を逸らした。






 クレハはじっとその議員を見つめた。

 この場でもっとも年齢が高い、老練の議員。北部代表のバスーダ。


(やはり彼の発言が一番重いか)


 一連の流れでこの場にいる者たちの力関係を把握する。

 バスーダは場が静まるのを確認してからもう一度口を開いた。


「それにこの場は我らが勝手に話し始めていい場ではない。立場をわきまえられよ」

「……申し訳ないバスーダ殿」


 西の代表者であるトランが居心地悪そうに謝罪をした。その他の議員も、それぞれに非礼を詫びる。

 クレハは改めて集められた面々の顔を見た。

 西のトランに東のユグー。

 一番年若いのが南のマルクス。

 そして最も発言力がある北のバスーダ。

 四人とも地方議員のまとめ役である代表議員のバッヂを胸に付けている。


(各地方の代表者だけを集めた秘密の会議か──)




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