回想-3
シャンがギリギリとロウの首を絞め上げる。
ロウはかすかに目を細め、挑発するように口角を上げた。
「お前こそ、少しは頭を冷やしたらどうだ。クレハ将軍の直属の部下になって、一体何をするつもりだ」
「……それは今関係ない。話を逸らすな」
「………ちっ」
「俺はお前に協力してやったぞ。お前は俺に自分の目的を話すべきじゃないか。アドリアの名前を出してまでお前の頼みを聞いてやったんだ。それ相応のことを要求して何が悪い」
「わかった。わかったから手を放せ」
「………本当だろうな!」
「疑り深いな」
「俺はお前に騙され慣れてるからな!そりゃ疑り深くもなるわ」
「別にそんなこと堂々と言わなくてもいいんだがな」
ロウはうっとうしげにシャンの手を払うと、ようやく解放された自分の首をさすった。
それを見てシャンが気まずげに視線を逸らす。
「たく、少しは加減しろよ」
「無表情のままのロウが悪い」
「うるせえ。遠慮抜きで締めやがって………」
シャンの言い分に悪態をつきながら、それでも気にしていないような様子で軽く首を回す。
そしてぽつりとロウが呟いた。
「コトコがここに飛ばされたとき、部屋の中で変な術式が展開してただろ」
「ああ、あの不気味な光のことだろ?」
「俺は前に同じものを見たことがある気がするんだ」
シャンは一瞬、ロウが何を言っているかよくわからなかった。そしてハッとする。
シャンがロウを見たとき、ロウはシャンの様子など眼中にないように違う方を見ていた。
「…それは、俺の家に来るより前の話か?」
「そうだ」
ロウの両親が誰かはわからない。
それは彼が幼少期の記憶をほとんどなくしているからだ。
シャンの父は旧友の忘れ形見だと言ってロウを連れてきた。以来ロウとシャンはずっと一緒に育ってきた。彼も自分も、それが事実だと信じていた。しかしシャンの父が死んだとき、父が生前親しかった友人をほとんど調べ上げたが、ロウの両親にあたる人は存在しなかった。
それからだ。ロウが盲目的に神術にのめり込むようになったのは。
馬鹿みたいに禁書を読み漁り、門外不出の古文書まで隙あらば読もうとする。
天賦の才があったのが災いして、彼はあっという間に希代の天才になってしまった。
「思い出したのか?」
「いや………そんな確かなものじゃない。ただ、」
「ただ?」
「懐かしかった」
ロウは真っ直ぐとどこかを見つめていた。シャンはそんな義兄弟の様子をじっと見つめた。
彼が何を望み、何のために行動しているのか、シャンにはよくわからない。
たまたま出会ってから今日まで一緒に行動を共にし、寝食を共にしているが、ロウについて分からないことはたくさんあった。そしてそれは、ロウ自身にとっても同じことだった。
「だからあの時、あの子を学院に突き出すのはやめるって言ったんだな」
「自分でも無茶をしてる自覚はある」
その横顔に、嘲るような笑みが浮かぶ。
「知りたいだけだ。自分は誰なのか。俺は、自分のことを何一つ知らない。だから知りたい。自分が何なのかを知りたい。俺が考えてることなんてそれぐらいだ」
ロウの言葉は吐き捨てるようで、同時に痛みをこらえているようで、シャンは何も言えないままお決まりの相槌を打った。
「そうか」
「そうだ」
二人の間に気まずい沈黙が落ちる。
長いこと一緒にいて沈黙が気まずいなんてことは今までなかった。
「あの子をここに置いておくことが、お前の目的と合致するのか?」
暫く迷ってから、シャンは胸の中にあった疑問を口にした。
好奇心のままに動くロウが、あの子のどこにそこまで惹かれるのかわからない。
珍しい以上に、あの子は怪しい。
「さあな。わかんねえよ。ただ似てるって思っただけだ」
「似てる?お前が?」
「お前があいつを危険だというなら、俺もあいつと同等以上に危険人物だってことだ。出自も八歳までの記憶も、なにもかもわからない。おまけに俺はあいつと違って無害ではない」
希代の天才が、頬をゆがめて笑う。
確かに、彼が本気を出せばどんな禁術も現実となってしまうかもしれない。それはシャンにも否定できないことだ。
それでもと思って、シャンは数時間前の学院長との会話を思い出した。
『お前たち二人が何を企んでいるのか問い詰めるのは、私はもう諦めた』
『はっはっは、だから何も企んでないですって』
『だがな、事実を隠すのはお前たちが思っている以上に大変なものだ』
初老の学院長の目がシャンを射抜く。
『………それは人生の教訓ですかね?』
『自分の人生を自分で判断しろということだ。いつまでも天才の相方に任せているんでなくな。君らの道が交わることももうないだろう。卒業までの間を仲良く過ごすことだ』
(弱ったな……)
本当はロウにこれ以上危ない橋を渡るなと釘を刺そうと思っていた。学院長に言われるまでもなくこれからこの親友とは道が分かれていくことはわかっていた。
だから最後、危ないヤマに首を突っ込もうとしている親友に歯止めをかけたかった。
(ロウが自分のことを知りたいって動いてる話なら、俺がどうこう言う筋合いもないしな)
それを邪魔するようなことはシャンの望みではない。
そして自分よりもよっぽど無茶をする兄弟を置いていけるほどシャンは大人ではない。
なんだかんだ言っても、親友の隣に立ってしまうに決まってる。
本当、損な役回りだ。
シャンは大きく息を吐いて、そして普段通り、大げさに肩をすくめてみせた。
「わかった。もうコトコに関してケチをつけるのは辞める」
「シャン、」
「お前が、そういう理由であの子のことを保護したいって言うなら、俺もできる限り協力する。ていうか、そういう理由があるならもっと早く言えよな。訳も分からず巻き込まれるこっちの身も考えろ」
「お、おう…」
「どうせお前、アレだろ。巫女寮に忍び込んだのもそれ関係なんだろ」
「そうだ」
「だったらはぐらかさないで教えろよ!」
「シャンに教えたらどこでどんな形で裏目に出るか分からないだろ」
「はあ!?お前、自分の親友を何だと思ってんだ!」
「それとこれとは別の話だ」
「はあああああああ!?」
「シャンー、ロウー、入れてー」
唐突に高い声が室内に響く。彼女が戻ってきたらしい。
シャンと目線をかわす。
彼は変な顔をして肩をすくめた。分かったよと言っているのだ。
ロウは琴子を中に引きいれ、部屋のドアを閉めた。
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