琴子-3
「なんだよロウ、青の人に認めてもらえると思ったらうれしいじゃねえか!」
「まだ決まってない」
「でもお前はそう思うんだろ?」
「その可能性が一番高いと思っただけだ」
「自分でもある程度確信があるから、教授にも憲兵にも突き出さないでいるんだろ」
シャンの言葉に、少しずつ食べすすめていた琴子の手が止まった。
気付いたロウが不機嫌そうにシャンを睨むが、彼の意図はシャンには伝わらない。食器を置いてしまった琴子の表情を伺いながらロウは続ける。
「俺はただ、何が起こってるのか自分で調べたかっただけだ。今こいつを憲兵や教授たちに突き出したら、結局あの時あの部屋で何が起こったのか分からずじまいだろう。そんなことするぐらいならひとまず何も騒がないで大人しくしてた方がずっといい。蒼の世界の話は可能性の一つに過ぎない。わかってるだろうが、お前もあんま大騒ぎすんなよ」
「ハイハイ。わかってるよ」
琴子は二人の会話を黙って聞いていた。口の中が途端にまずくなった気がする。
そうだ。そうなんだ。
朝が来て、少し優しくなったからって、何か事態が変わるわけじゃない。
今二人の気が変わって、警察かどこかに突き出されることだって十分にあり得る。そしたら自分はどうなるんだろ。牢屋に入れられて取り調べを受けるんだろうか。昨日みたいな、もしくはそれ以上の。
そう考えたら、呑気に食事なんかしている自分を殴りたくなった。
「コトコ」
ロウが琴子の名前を呼んだ。
「俺はお前に興味がある」
「へっ」
「だから、保護したいと思っている」
今度こそ琴子は面食らって動きを止めた。
(あーあ)
(俺は止めたんだけどなあ。やっぱそうなるか)
シャンは目を細めてロウを見た。
なんだかんだと気を使ったことを言ってはいるが、あいつの本質はこれだ。
知識欲。
知りたいと思ったら何が何でも調べつくす。この少女も、閲覧禁止の禁書も、どんなに貴重な古文書だって、ロウに立っては同じ価値。
「突然部屋にわいてきたお前に、俺は興味があるんだ」
「いや、あの」
「そもそも昨日は不審なことが多すぎる。お前の件だけじゃない。そのまえに学院長が突然出かけたり、〝腐蝕〟の気配を感じたり」
「そういえばそうだったな」
「シャン」
「ああ?」
「面白くなりそうだな」
「それより俺はあの部屋をどうにかしたいんだけどな」
「そうだな、まずあの部屋を調べないとな。昨日の痕跡が残ってるだろうから」
「そういう意味じゃないんだけどな」
「お前にも手伝ってもらうからな。逃げるなよ」
「修練しなきゃ。昨日サボったから」
「昨日サボったなら今日だってサボれるだろ。第一お前もう班割り待つだけって昨日言ってたよな?」
「アレそういやロウも試験あるって言ってたよな?」
「あんなもん。一瞬で十分だ」
「昨日あんだけキレてたくせに!?」
「お前と違って日ごろの蓄えがあるからな」
突然勢いよく二人の会話が流れ出して、琴子はポカンとしてしまった。
ついていけないというか、口を挟む隙がないというか、保護したいという申し出に驚きすぎて声が出なかったというのもあるけれど。
(仲がいい…のかな?)
琴子が呆けながら二人を観察していると、ふいにロウがまじまじと琴子の身体を見つめてきた。
「な、なんですか?」
「いや…お前のその服装は少し目立つな」
「あーあんま見ない服だよな。皆そんな服着てるのか?」
「これは、高校の制服だけど」
「高校?」
「制服?」
「えっと……高校っていうのは……」
「まあいい。あとで聞こう。そろそろ人が少なくなってきた。俺らも部屋に戻ろう」
ロウが辺りを見回した。確かにさっきよりも人の波が引いている。
それでもわざわざ場所を移す理由がわからない。
ロウは琴子に早く残りを食べるよう急かした。
「どこで誰が聞いてるか分からないだろう?」
不思議そうにしている琴子にシャンがそっと耳打ちする。
「それなら人ごみに何て来なければいいんじゃ?」
「学院に人気のない場所なんてないよ。それこそ自分の部屋以外はね」
そんなものなのかと思いつつもやはり納得がいかない。
それでもロウがきびきびと自分たちが食べたものを片し始めているので、慌てて残りのご飯を口の中に入れた。
琴子がもぐもぐと口を動かしている間、ロウが不思議な動きをしていた。片手をあげて何かを小声で囁いている。日本で食べ終わった後「ごちそうさま」というようなものかと思ったがどうやら違うみたいだ。第一シャンはやっていない。
「人払いのまじないだ」
視線に気づいたロウがそういった。
「まじない?」
「お前の世界には神術すら存在しないんだよな……説明がめんどくさくなるな」
「とりあえず戻ろうぜ。これからどうするか考えないと」
シャンはそういうと琴子が食べ終わった皿と自分たちのを重ねると、おそらく返却口らしいところに持っていった。こんなところもフードコートに似ていると思った。
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