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 開かれたその瞳は、異質な色をしていた。青と赤が混濁するような。時折宝石のように輝いて見えるその目の名を、先ほど彼は呟いたのだ。

 <悪夢の瞳>はその能力名であろう。発動の際に、皆が一様に口に出しているところを見ると、発動条件は「能力名を口に出すこと」であると取れる。

 その名前から能力内容を把握することは難しいが、この<悪夢の瞳>の能力は、見ただけですぐにわかってしまった。

 魔法にかかったかのように宙を舞っていた刃たちが、その効力を失い地面に落ちていく。落ちた刃が跳ねたところを見て、【勇み足】はその能力が「相手の能力に干渉する」類のものではないか、と推察した。

「どうやら退いたみたいだね」

 その言葉にはっとして、走ってきたほうを見る。【殺すが為の刃】は追ってこなかった。その能力を見たからなのか、人数が増えたからなのか、そのまま建物の影に引っ込み姿を消してしまった。

 暫くの間警戒していたが、どうやら襲ってくる様子はなく、【悪夢の瞳】は刃が飛んできた方から目を逸らし、再び右目を瞑る。

「ありがとうございました」

 息を整えた【勇み足】は、同じく建物から視線を外し、【悪夢の瞳】のほうを向く。自分を助けてくれた相手の顔を、改めて見て驚いた。

 【勇み足】はその顔を見たことがある。自分がこの世界に来る前。つまり、まだ生きていた時の知り合いであった。

「お前・・・」

 【悪夢の瞳】も気づいたのか、驚きの表情を見せる。

 そこで互いに名前を口に出そうとして、それが思い出せないことに気づいた。自分の名前だけでなく、相手の名前すらも忘れてしまっている。顔を見た覚えも、言葉を交わした記憶もあるのに、名前だけが空白のように抜けていた。

「えっと、俺の知り合い・・・だよね?」

「そのはず。向こうじゃ毎日顔を合わせてたはずだけど」

 名前の言えないもどかしさ。思い出せないという恐怖と、この世界にも知り合いがいてよかったと思える安心感が入り交ざった、奇妙な感覚。

「【悪夢の瞳】でいいんだっけ?」

「ああ。ここではその名前が与えられてる。お前は?」

「俺は【勇み足】だ」

 ネット上のハンドルネームを、現実世界で呼び合うような気恥ずかしさがあった。おおよそ人の名前ではない。そんな名前を口から出して呼び合うことに、少し抵抗感があった。

「でも、【悪夢の瞳】がここにいるってことは・・・」

 この世界にいる者は、現実世界では死んでいる。【勇み足】は通り魔に刺されて殺された。【悪夢の瞳】がここにいるということは、彼も何かしらの理由で死んだのだ。

「お前も俺も死んじまったらしいな。あんまり覚えてないんだけど、最後の記憶は横断歩道を渡ってるときだ」

 おそらくは交通事故。死んだ瞬間の記憶がないのは、トラックに轢かれて即死といったところだろうか。

「んでもって、こうやってまた会えたことは嬉しいけどさ」

 【悪夢の瞳】が言葉を詰まらせた。

 だが、そこまでの言葉に嘘はなかった。【勇み足】と再会出来た事が嬉しい。この世界では孤独なのだと思っていた矢先に出会えたは、本当に奇跡であろう。

 しかし、この世界で出会ってしまったこと自体が悲劇。なぜならここは<箱庭>。生き返るには、この世界で最後の一人になるまで殺し合わなければならない。

「今すぐ俺達が戦わなきゃならないってことはないじゃん。二人でいればさっきみたいに、襲ってこない奴だっているわけだしさ?最後の二人になるまで、それまでは・・・」

 それまでは二人で戦っていこう。結論を急ぐ必要はないのだから。今ここで殺し合いをしたとして、生き残ったほうが勝ち抜けるわけではない。<箱庭>の戦いを勝ち抜く確率を上げるために、二人で組もうということだ。

 【悪夢の瞳】もそれに快諾した。毎日のように顔を合わせていた相手を殺すことに、戸惑わない人間はいない。さらに言えば、<悪夢の瞳>は一人での戦闘に向いているわけではない。彼にとってみれば、願ってもない申し出だったのだ。

「よし、それじゃあ決まりだ」

「ああ、最後まで頼むぜ」

 彼らは握手を交わした。百人の能力者が殺し合う世界で、絶対に生き抜こうという約束の握手を。

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戦いの箱庭 ありすえしーらえくすとら @arice_eciraEX

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