1-3
分厚い鉄のドアを力ずくで破壊し、あまつさえそのドアを投擲してきた。この二つの行動から、【勇み足】は彼の能力を「怪力」の類だと判断した。であれば、一撃でもまともに喰らえば死は免れないだろう。
見た目に変化がない筋力の増強だとすれば、振り下ろされる拳を見てから回避することは困難である。男の走る速度から考えるに、全身の身体能力が向上しているようではないようだ。だが、こうしている間にも、男の拳が届く範囲内まで迫っている。
「<
おそらく能力名であろう単語を叫ぶ。そうしなければならなかったのか、この期に及んでノリで叫んでいるのか、【勇み足】にはわからない。
振り下ろされた拳は、飛びのく【勇み足】を掠めるようにして床にぶち当たる。あまりの威力に、床が破壊され、一つ下の階(ここが何階なのかはわからないが)へと通ずる穴が出来てしまった。
直撃こそ免れた【勇み足】であったが、瓦礫と共に下の階へと落ちていた。自分を掠めた拳の威力に震えつつも、その足を動かした。現状最も恐ろしいのは、あの拳が自分を捉えることである。ここで震えていても仕様がない。砂煙で自分の姿が見えない今が、逃げるチャンスだと思ったのだ。
殆ど手探りではあるが、なんとかその部屋の出口へと辿り着く。ドアは開いており、他の参加者がいた部屋ではないのだろうかと思った。
部屋から出ると、そこは外へと通じていた。急いで外に出ると、現実世界とは違うと言っていたはずなのに、そこに広がるのは現代の街並みだった。
「・・・はは、こりゃ確かに<箱庭>ってわけだ」
だが、目が引かれたのはその街並みではない。遠くに見える壁のほうだった。この街を囲む、四方の壁。遠めで見ても、その壁の高さは計り知れない。天井はないようで、見上げても普通の空があるだけ。それでも、ここが隔絶された空間であるということがわかる。
最初の建物から離れ、しばらく歩くと、広場が見えてくる。【勇み足】はその手前の建物に身を隠し、周囲の様子を窺った。人の気配こそないが、開けた場所に出るのは危険であるからだ。先ほどのように強襲をかけてくる輩が他にいないとは言い切れない。もしかしたら、自分だけが正常な人間なのかもしれない。
迂回するべきか否か。行く当てもないまま彷徨うしかないので、迂回も何もないのだが、彼は先ほどの建物から一歩でも遠くにいたかった。
「てめえも参加者か?」
後ろからの声に、【勇み足】はびくりと体を震わせた。「参加者か?」という言葉は、参加者しか吐かない。そもそも、この空間に参加者以外の人間が存在するとは考えにくい。
恐る恐る振り向くと、そこには赤い髪が特徴の男が立っていた。年齢は【勇み足】とさほど変わらないようにも見えるが、どこか大人びたような雰囲気も感じる。
「てめえも参加者かって聞いてんだよ」
「えと、はい。一応・・・」
「そうか」と呟いた赤髪の男が、右手を頭上に掲げた。
【勇み足】は咄嗟に身構え、建物の影から飛び出た。
「<
赤髪の男―能力名が名前だとすれば、【殺すが為の刃】―の、手が輝く。周囲にキンと甲高い音が鳴り響くと、【殺すが為の刃】の周りには、柄のない刀身だけの剣が数本浮いていた。
「いけ」
冷たく言い放つと同時に、剣が意思を持ったかの如く動きだす。どこにそんなエネルギーがあるのか、ただの鉄の塊にしか見えない剣が、高速で宙を舞う。
その剣の突進よりも早く、【勇み足】は広場へと走り出していた。狭い場所よりも、広い場所の方が避けれると思ったからだ。そしてあわよくば、他の参加者に見つかって三つ巴になったところで、逃げようという淡い希望も持っていた。
その願いが届いたのか、広場の隅に一人の青年が座っているのを発見した。
「そこの人、た、助け・・・」
「助けて」なんていう言葉を出そうとして詰まる。助けてくれるわけがないのだ。殺し合いをしなければならないこの場所で、見ず知らずの誰かを助けることがメリットにならないこの場所で。
声に反応してか、青年が【勇み足】のほうを向く。必死の形相で走る【勇み足】と、それを追うように飛ぶ刀身を前に、青年は瞑っていた右目を開け、
「<
そう呟いた。
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