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『自分の置かれている状況が理解出来ないと思われますが、説明を始めさせていただきます。まず第一、皆さまは死んでしまいました』

 『死んでしまいました』と言われても、理解できなかった。正確にはしたくなかったのかもしれない。通り魔に襲われて死んだという事実が、あの痛みが本物だと思いたくなかったからだ。

『第二に、ここは現実の世界ではありません。正確に言えば、死後の世界というわけでもありません』

 死後の世界ではなく、現実の世界でもない。だが、アナウンスのいう『皆さま』は死んでしまっているという。

『皆さまがいるここは、<箱庭ガーデン>と呼ばれる世界でございます。そして第三、ここにいるのは一人ではございません』

 『皆さま』というからには、一人ではない。それが二人なのか三人なのか、はたまた数十人単位なのか。それを含め、話を聞けばそれがわかると思ったから、アナウンスの声に耳を傾けている。

『この<箱庭>の中にいらっしゃる、皆さまの数は百人。お察しの良い方はもうお気づきでしょうか。今の皆さまには名前がございません。皆さまの右側のポケットには一枚の紙が入っております。そこに書かれている内容が、皆さまに割り振られた<能力>であり、この世界における【名前】でございます。能力とは何かという疑問に思う方も多いでしょう。ですが、その紙に全ての説明が書かれていますので、そちらをご覧ください』

 名前がない。アナウンスの言うとおり、自分の名前を思い出すことが出来なかった。それはこの世界に来るときになくしてしまったのか。現実世界のことを思い返せば、確かに名前を呼ばれていた。靄がかかったように、呼ばれていたはずの名前だけが思い出せない。

 右のポケットに手を入れると、確かに紙の感触がした。

『そして最後になりますが、皆さまがこの世界に呼ばれたのには理由があります。この百人で、殺し合いをしていただきたいのでございます』

 無機質な声で、アナウンスはそう告げた。

 どこかで聞いたような言葉ではあるが、お決まりの台詞である。だが、殺し合いをしろと言われて、即座に順応できる人間は少ないだろう。いたとしても、それが異常なだけである。

 かくいう彼も健常者であり、その言葉を上手く飲み込めないままでいた。

『どんな手を使ってもかまいません。全ての敵を殺し、最後の一人になった人には生き返る権利と、一つだけ願いを叶える権利が与えられます』

 どんな願いでも、一つだけ叶えられる権利。一番ありがちで、一番望まれる報酬であることは間違いない。

 そして生き返る権利。これは<箱庭>にいる全ての人間が、現実世界では死んでいるという前提で話が進められているからだ。本当に死んでいるかどうかは確認できないが、少なくとも、彼は自分があの状況から奇跡的に生きたとは思っていない。

 生き返る権利をもらえるだけでも、お釣りは来るくらいだ。その状況で、尚且つ報酬が上乗せされている。

『皆さまは一度死んだ身。その身を食い合い、再び生へと辿り着く様を、私どもにお見せください。このアナウンス終了と共にドアの鍵は開かれます。それが開始の合図となりますので、ご了承ください。それでは皆さま、良い死合いを』

 抑揚のない機械音声ではあったが、最後の言葉にはどこか感情が篭っているように感じた。言い終わると同時に、ドアから鍵が開く音がする。

 右ポケットから紙を取り出すと、そこには大きく単語が書かれていただけであった。

「勇み足?」

 眉を顰めた。それが自分の名で、能力名だと先ほど説明されていたからだ。人の名前とは到底思えないような言葉が、ここでは自分の名前でされるようだ。

 端の方に小さく、「能力の説明は裏面」と書かれていたのを見つけ、裏返そうとした。

「オラァ!」

 その時だった。彼―【勇み足】という名を先ほどもらった―がその能力の詳細を見る間もなく、大きな音を立てて、鉄のドアが破られる。

 入ってきたのは小柄な男。吹き飛ばされたドアは分厚く、とてもじゃないがその男が破れるようには見えなかった。

「一人目発見!」

 小柄な男が、【勇み足】を指差す。殺し合いを強制させられたにも関わらず、こうやって即時に対応できてしまう、異常な方の人間だろうと、【勇み足】は思った。

「逃げんなよ。どうせ一回死んでんだ。気楽にやろう・・・ぜ!」

 男は床に転がる分厚いドアを軽々と片手で持ち上げると、そのまま投擲。見た目に反して軽いというわけではなさそうで、【勇み足】は転がるように回避した。

 凄まじい音を立て、鉄のドアが壁に突き刺さる。

 それを見た【勇み足】は、震えた。あんなものが当たったら、人間なんてひとたまりもないのだ。

「はは、なかなか楽しいな」

 楽しげに笑みを零す男を見て、【勇み足】はぞっとした。例え一回死んだ人間だと知らされていても、今ここにいる人間を攻撃する気にはなれなかったからだ。

 相手が能力を使っているということは、予想できた。なら、自分も紙に書かれている内容を読み、それで対抗するしかない。そう思い、【勇み足】は手元の紙に目を落とそうとした。

 手元に紙がないと気づいたのは、その時だった。

 先ほどドアを投げつけられたときに、紙を落としてしまったようだ。男から注意を逸らさず、見える範囲だけで紙を探したが、どこにも見当たらなかった。

「もしかして、お前の能力よえーのか?」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべる男に対し、背筋に冷たいものが走る。【勇み足】の能力がわからない以上、対応は難しい。逃げようにも、出口は男の後ろに一つだけ。小さな窓からは逃げることは出来ないだろう。

 動くことは出来なかったが、それは男も同じだった。口では言いつつも、能力を警戒していた。能力が弱いのではなく、射程距離が極端に短いものだとしたら、こちらから動くのは得策ではないと思ったからだ。

 かくいう自分の能力も、身体能力を上げるだけのもの。相手を殺すには、ものを投げるか直接殴るしかない。この部屋で唯一投げられそうなドアも投げてしまった。

 先手必勝だと思い飛び込んだにも関わらず、いざ敵と対した時には、慎重になってしまったのだ。

(こいつ、どうして動かない)

 どうして動かないのかわかっていないのは、【勇み足】も同じだった。あれほどの筋力があれば、自分に近づき殴るだけで即死させられるのではないかと思っているからだ。

 しかし、紙を探すにはちょうどいいと思い、ほんの少しずつ部屋の中を見渡すも、一向に紙は見当たらない。

「チッ、ごちゃごちゃ考えんのはやめだ!」

 暫しの睨み合いの末、男は舌打ちすると腕を振り上げた。


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