第28話 新たな戦いの火種

 麗王の話が終わって、征は自分の気持ちをどこにぶつければいいのかわからなくなっていた。すべては家族のためだった。目的自体に共感はできても、そこにいたる過程に問題があった。だが。


 自分にもし妹がいたとして……死んでしまったとして……もしも生き返らせる手立てがあったらきっと……同じことをするかもしれない。


「……そう。僕は神になって……父さんと母さんを生き返らせて、お前を普通の人間に戻してやるつもりだった。でも……『王』の力に酔いしれて、いつしか目的がすり替わっていた」 


 麗王は妹のほほを優しくなでた。


「ごめんね、命。僕はダメなお兄ちゃんだ」


「本当は、私の為に……? でも、私……本家から何も聞いていません!! お兄ちゃんがあの日、本家から言玉を奪って、私利私欲のために使おうとした。としか……」


 そして今その目的は潰え、目の前にいる。そんな彼に何を求めればいいのだろうか。これが単純な話ならば、悪は滅んで終わりだ。けれど、彼は単純な悪ではない。誰かの為にとった行動だ。


「私利私欲であることに違いはないよ。僕は、死んだ人間を生き返らせようとした。自然の摂理に反した行動だ。それが例え、誰かの為であっても……そして実際、僕は多くの人間を不幸にしてしまった」


 麗王は周りを見回した。傷付いた人と街は自分の罪そのもの。それらにどうやって償っていけばよいのか見当が付かないといった様子で、空を見上げた。


「天道くん。僕は、どうすればいいと思う?」


「オレが知るかよ。あんたのやったことだろ? だったら、どうすればいいかはあんたが考えるしかないんじゃないか? それとも、誰かに決めてもらわないとあんたは何もできないのか?」


 正直なところ、解らない。それが本音なのだ。だったら、どうすればいいのかを自分自身で考えて考えて、その結論を実行するしかない。


「そうだな。君の言うとおりだ。僕はどう償えばいいのか。どう生きていけばいいのか、今一度考えてみるよ。死んだところで償えるわけじゃない……それに……」


 麗王は不安そうな顔で征を見た。


「もうすぐ、魔大戦が……始まる。僕が至玉を世に放ったことで、その扉を開いてしまった」


「は? またいせん?」


「そう。世界の裏側で生きる人ならざる人。魔に属する人々の戦いだ。魔剣。魔道書。そして、魔人……もともと言玉は彼らと戦うために作り出された魔具なんだ。それは歴史の裏側で何度も繰り返されている。僕ら言葉一族をはじめ、多くの人間がその戦いに身を投じてきた。君も……これから嫌というほど関わることになるだろう」


「あんたがラスボスってわけじゃないのかよ……」


「気休めかもしれないが、安心するといい。過去のどの魔大戦でも、『天』の言玉とその所持者が勝利に導いてきた。君が負けることはない。それは言葉通りに、すべての魔具の頂天にあるのだから」


「気休めになってねえよ。でも……やるしかないんなら、やってやるさ」


 征は右手を握り締め、決意を新たにした。


「ねえ、お兄ちゃん……これからどうするつもりなの?」


「この街を元に戻す。僕が持つ最上位の言玉を、まがい物の神の力を使えばそれは可能だ……幾分僕の寿命を縮めることになるだろうけど」


 麗王は屋上から地面を見下ろすと、深く吸い込んだ。


「有言実効」


 11個の言玉が光り、破壊された建物がウソのように修復されていく。それだけではない。土屋の傷も、乙女の傷も、怪我を負った人々の傷も治っていく。


「すごい……けど。こんなすごい力、オレ達が持っていていいものなのか?」


 ものの数秒ですべてが元通りになって、それを見て満足した麗王は床に倒れこんだ。


「お兄ちゃん!!」


 命が駆け寄り抱き起こすが、麗王は息を荒くして顔面も蒼白である。


「大丈夫……こんなことで僕の罪が消えるわけじゃない。それに、すべてが元通りになったといっても、みんなの心は元に戻らない。僕がやったことは記憶から消せても、永遠に心に残るだろう。僕はそれを真正面から受け止めるつもりだ。どんな罵倒も暴力も甘んじて受けよう。好きなだけ罵り殴るといい。それでも生きる。生きて罪を償う。そのつもりだ」


「本当、だな?」


 麗王はなんとか立ちあがると、征を見る。


「ああ。言葉の名に置いて。一度吐いた言葉は呑まない。有言実行。そうだろう?」


「そうか、そうだったな」


 征はその言葉を信じて、右手を差し向けた。


「オレはあんたを許すつもりはない。でも、あんたの言葉は信じる。償えない罪はないと思う。いつかきっと……オレはあんたを許せる。今のあんたを見てると、そんな気がするよ」


「征くん……」


 言葉麗王は、微笑むと征の右手を力強く握りしめた。


「ありがとう。僕は、この罪を背負って生きていくよ。そしていつか君に危機が迫ったら助けにくることを約束しよう。友として」


「ああ……」


 麗王はさらに征の左手を握り、優しく言った。


「征くん……僕は、君が好きだ」


「はあ!?」


「いや、勘違いしないでくれ。人として、だよ。僕にそんな趣味はないからね。君の人となりに、いや、男に惚れた。そんなところかな」


 麗王は爽やかな笑顔でそう言うと、手を放す。


「頼むから……ものすっごく勘違いされそうなことをこのシチュエーションで言うの、マジやめてくれ……」


「ふふ、それはすまない。それでは、そろそろ僕は行くよ」


「どこへ行くんだ?」


「言葉本家。言葉一族の宗主の元へ。このまま警察に出頭しても無意味だからね。今回の事件のことはここにいる人間の記憶にしかない。物証になるような物もないし、なにより言葉一族がこの国における発言力は極めて高い。己の一族の恥などもみ消してしまう。だから僕は、自分で自分を裁こうと思う」


「お兄ちゃん……宗主さまのところへ……行くの?」


「ああ。もしかしたら、言葉本家の座敷牢にでも入れられて、もう二度と会えないかもしれないけれど。仕方がない。それに、もともとお前もそう言われて来たんだろう? 僕を殺すか、本家に連れ戻すか」


「それは、そうだけど……でも! 今行ったら……せっかく元のお兄ちゃんに戻ったのに」


「ごめんよ、命。もう一度会うことができたら……その時は」


 麗王は涙を瞳いっぱいに浮かべる可愛い妹の前に立つと、頭を優しくなでた。そして、涙をぬぐいこう言った。


「一緒にお風呂に入ろう」


「うん!」


「おい!?」


 恐るべき兄妹愛の前に一瞬、征はたじろいだ。


「なんだ征くん。君も命と入りたいのか? そうだな。では、3人で一緒に入るというのはどうだろう?」


「誰が入るか!!」


「それは残念だ」


 本当に残念がる麗王は、さっきまで狂っていたあの『王』とは大きくかけ離れていて、征はぐったりとその場に座り込んだ。


 同時に思った。もしかしたら、これが本来の言葉麗王なのかもしれない。だとしたならば、至玉というのはそれほどまでに人を狂わせるのか。言玉の力に負けて言葉に飲まれるというのは、ああいうことなのか。


 そして、もし自分がそうなったら……と考えてみて首を振った。右手を見ると、『天』の言玉がなくなっていた。いや、いなくなっていた。また呼べばその力を振るうことができるかもしれないが……できれば二度と使いたくはない。


 天地創造。その力は人が手にするにはあまりにも強大すぎるからだ。麗王が口にした魔大戦のことは気にかかるが、それでも今は平和になったこの瞬間を大切にしよう。そう考えると、征の意識は勝手にブラックアウトしていった。

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