第25話 最強の力

 征は両手のグローブから『力』と『火』の言玉を抜き取ると、迷わず『天』の言玉を右手のグローブにはめこんだ。そして深く息を吸い込み目を閉じる。


「有言実効」


 その言葉を口にした瞬間、征は力の奔流に飲まれそうになった。まるで荒れ狂う海の中をもがくように、必死に流されまいと右手を強く握りしめて耐える。


『そういえば言い忘れていたのだけど……私を受け入れきれずに死んでしまった所持者もいたわね。干からびたミイラみたいになって、かわいそうだったわ』


「は。今さら後だしジャンケンはなしだぜ。気の利いたジョークだと思って、受け止めてやるよ!」


 頭の中で少女の高い声が響いて、征はそれを打ち消すように右手を振り払った。


「征!」


 遠くで命の声がした。彼女の声が少しばかりの勇気を征に与える。けれどやはり、それは気休め程度にもならないもので、征は力の海におぼれていった。


「なんて愚か。なんて浅はか! 素直にそれを僕に差し出せば、命だけは助けてやろうと思っていたのに。自ら望んで死ぬとは、バカな少年だ」


 麗王の嘲笑が周囲に響き渡るが、それも征に届かない。


「く、そ!」


 激流のような力が自分の中に入り込んできてそれどころではない。それはとても重くて熱くて、体が破裂してしまうのではないかと思うほど、征の体を侵食していった。


 例えるなら、スキーのボーゲン中に転びそうになるのを必死にこらえる様子。また例えるなら、一本の針の上に片足で立つような危うい均衡を体全体で保っている。もちろん、そんな状態を長く続けてはいられない。体のあちこちが悲鳴を上げて、言玉を手放したくなる衝動に駆られるが、征はそれに耐えた。


「征! 征!!」


 命の声、そしてぬくもり。彼女の存在を身近に感じて征は我に返る。自分が何のためここにいるのか。何のため、この壮絶な兄妹喧嘩に付き合うことになったのか。答えは1つ。それは、彼女のためだ。ビルの裏手で彼女に助けられたとき、この想いは始まっていた。


 死ねない少女。無自覚にエッチなことを口走るクラスメイト。兄のことが忘れられない可愛い妹。チョコレートとごはんを一緒に食べる味音痴な女の子。そんな、彼女のために。


「わかっているよ。だからオレはつかむんだ。この手で!!」


 握り締めていた右手を開くと、征はよりいっそう強く握り締めなおした。


『おめでとう、これであなたもバケモノの仲間入りよ。祝福してあげる。可愛いボウヤ』


 『天』の言玉の少女の声が頭の中に響く。気付けば飲み込まれそうな感覚は消えうせていた。


「まったく、こんな激痛は二度とごめんだぜ。2組の奥田くんなら気持ちいいって喜ぶだろうけど、オレは痛いんだ」


 征が静かに瞳を開くと、右目に天の文字が浮かび上がり、吸い込まれるように消える。


「まさか……まさか……『天』を、『天』の力を受け入れるだけの器だったというのか、君ごときゴミが!?」


 麗王が初めて見せた動揺した顔。


 征はそれを見ると、皮肉たっぷりに笑ってやった。


「どうやらそうみたいだな。死んでないところを見ると、オレは手に入れたのかもしれない。いわゆる最強の力ってやつをさ」


「征……」


 征は目を開けてみて、命がぴったりとくっついていることにはじめて気が付いた。体は密着状態で、これから濃厚なキスシーンが始まりそうなくらい二人の距離は近い。それはおそらく、心の距離も。


「いいのか命。そんなオレに密着したら、妊娠するんじゃねーの?」


 少し意地悪っぽく征が言うと、命は顔を真っ赤にしてうつむいた。そして、彼女は小さな声でつぶやく。


「あなたとなら、かまいません」


 と言ったのだが、それは麗王の笑い声でかき消され征の耳に届くことはなかった。


「はははははは!! くふ! ふふふふふふ!! おめでとう、『天』の少年! いや、所持者となった今は君の事をこう呼ぼう。『天』!!」


 麗王は恭しく頭を下げると、惜しみない拍手を征に送る。


「『王』……」


「まあ、これも想定された未来の1つだ。あまり嬉しくない未来の1つだがね。認めよう。君はゴミなどではない。希少価値のあるゴミだ。この差は大きいよ、誇りたまえ」


「人をゴミゴミいってんじゃねーよ。あんたはここでつぶす。あんたは危険すぎる」


「ふふ、いいだろう。では風間、獣ヶ原、土屋。彼を殺せ! そして、僕の前に『天』を差し出せ!」


 麗王の一声で3人の将は一斉に動き出し、瞬く間に征を取り囲む。


「離れてろ、命。時任さんも、オツも賢見も。父さんと母さんを頼むよ」


「天ちゃん、大丈夫なの?」


「天道くん……」


 乙女らが心配そうな目でこちらを見るが、征はそれに背を向けて手を振る。


「征。彼らは将です。私も京極さんも、まったく歯が立ちませんでした。たった1人の将を相手に、です。それを3人も同時に相手をするだなんて」


「大丈夫。すぐ終わる」


 征は命の背中を押して、屋上の隅に移動させると周りを見回した。


 3対1。数では向こうが有利だ。が、今自分の右手には十二至玉の1つ『天』がある。天変地異を司る力。『火』や『風』などとは比べ物にならない力が、右手に宿っている。


『ボウヤ。力の使い方はすでに頭の中に入っているはずよ』


 頭の中の声が言うとおり、力の使い方はわかっていた。ただし、使い方はわかっていても力加減や効果範囲など詳細なスペックに関してはやってみないとわからない。ぶっつけ本番である。


「まったく、面白いじゃないか。この力、使いこなしてみせる!」


 征が右手を強く握り締めると、旋風が巻き起こり3人の将を軽く吹き飛ばした。


「さあ、どうする? 3人まとめてかかってくるか? オレとしては、さっさとラスボスぶったおしてエンディングといきたいんだが」


 右手を通してあふれ出る力が、征に自信と余裕を与えている。


 そんな征の一言に土屋がブチ切れた。


「んだと、てめえ! 『天』の言玉手に入れたからって、調子こいてんじゃねえぞ! 俺らをナメてんのか!!」


「わからないのか? ナメてんだよ」


「――この!!」


 征の挑発が戦いのゴングを鳴した。


 土屋が一気に間合いを詰める。『極』の上位の言玉である『剛』は彼の身体能力を極限まで高め、3メートルあった間合いを瞬間移動さながらのスピードで詰めた。


「死ねよ!!」


 土屋の拳が征の顔面に向けて繰り出される。直撃した瞬間、確かな手ごたえを感じて土屋は勝利を確信した。


「オレもまだこいつの力を全部把握できてるわけじゃないけど……なるほど。これが至玉の力か。龍ヶ峰が他の言玉をザコっていうのもわかる気がするよ」


「んだよ……これ!!」


 征と土屋。二人の間には氷の壁のようなものが形成されていた。それが土屋の拳の衝撃を漏れなく受け止め、征に与えるダメージは0という結果を残す。


「炭素の塊。オレも実物見るのは初めてだけど。大気や地表からありったけを集めて作ったダイアモンドの壁だよ。売ったら金持ちになれるかもな、お前」


「ダイアモンド、だと!?」


「こんな親不孝やらかしてんだ。少しは親孝行しないとダメだぜお前。こいつをお前のママにプレゼントしな」


 征が右手を土屋に向けると、ダイアモンドの壁は砕け散り、複数のするどい槍に形を変え、土屋をあっさり貫いた。


「ぐ、ぎ……あ、ぁあ、ああ」


「安心しろ、殺してない。ちゃんと急所ははずしてある。終わったら治療してやるから、大人しくそこではいつくばってろ」


 土屋に背を向けると同時、征の体が急にバーベルを乗せられたように重くなった。


「ダイアモンドの壁だあ? おれの高重力の前でそんなもん、何の役にもたたねーんだよ、ボケが!!」


「ち」


 右手を動かそうにも通常の何倍も重い。征は舌打ちすると、次の一手を思考する。


「や、やめろ風間! 俺はまだここにいるんだぞ! ぐぶう!?」


 征の後ろで土屋が悲鳴を上げる。動けない彼は、うずくまりながら泣き叫んでいた。


「うるせえ! 何の役にも立たない将は処分されて当然なんだよ、土屋ぁ!」


「やめろ、やめてくれよおおおおお」


 情けないことに土屋は激痛のあまり失禁してしまい、黄色い池を作っていた。


「おいおい仲間は大切にしろよ、まったく。風間、オレの動きを封じただけで勝てるとでも思ってるのか?」


「あ? バッカじゃねーの、お前! さっきみたいにおれの体にダイアモンドの槍でも飛ばすか? 無理無理! おれの周りの高重力場でズドンよ! グラビティウォール、これがおれの必殺技――」


「うるせーよ、お前」


 征が右手を風間に向けると、風間は急にのどを押さえて暴れだした。


「が、ががが! ぐえええぇええええ! ひふ! ひゅう、ひゅふ……」


「お前の周囲の酸素濃度、少し下げさせてもらった。いわゆる酸素欠乏症、な。高重力だろうが何だろうが、お前が人間である以上酸素は絶対必要なわけだ。大丈夫、死なない程度に加減はしてやったから」


 すでに風間の高重力は解かれ、征は自由に行動できる。


「で、後は先生。あんただけなんだけど」


「素晴らしいわ、天道くん。けれど残念ね。あなたの子を子宮に宿す未来もあったかもしれない。でも、ごめんなさいね。私のすべては麗王様に捧げたの。この体も心も、麗王様の物。私の望みは王の子を産み、次代の王の母となること。あなたにはここでしっかり死んでもらわないと、ねえ?」


 獣ヶ原は妖しく笑うと、両手を広げた。


「言っておくけれど、私を無闇に攻撃しないほうがいいわよ? 風間くんのように酸素濃度をさげてもダメ。私が苦しんでいる間に右手を振れば、この街の人間の集団自殺が始まるわ。『姫』の命令には誰も逆らえないの。ねえ、わかる? この街の人間全員の命が私を守る盾なの。素晴らしいでしょう」


「はあ、そうっすか」


 征はあくびをしながら返事をする。


「あなた、先生の言葉理解できてるの!? そのふざけた態度は何! 今すぐ私の足を――きゃふ!?」


 征は背中に翼のような風を発生させ高速移動すると、一瞬で獣ヶ原の背後に回りこみ背中に一撃加えた。


「いや、あまりにも退屈な授業だったもんで」


 そのスピードはさっきの土屋の比ではなく、本物の瞬間移動であった。


「気絶したら命令も何もないでしょ、先生」


 征は獣ヶ原が戦闘不能になったのを見ると、麗王に向きを変える。


「これであんたの将はすべて倒した。あんたはもう、裸の王様だ」


「そうか。よくやってくれた。そろそろ処分しようと思っていたんだ。彼らは将にふさわしくない器だったからね」


 麗王は余裕の態度を崩さず、さらりとそう言ってのけた。


「あれ、もしかして君。あのゴミ達が僕の切り札だとでも思っていたのかい?」


「何」


「僕はさっき、想定された未来の1つだ、と言ったよね。『天』の所持者と一戦交えることも覚悟はしていたさ。将などものの役にも立たないことも解っている」


「どういうことだ。『王』には人を操る力しかないはずだろ」


「こういうことさ」


 麗王は唇を歪ませると、ズボンに手を突っ込んで11個の玉を取り出し、宙に放り投げた。


「言玉?」


「そう。これらは至玉を除けば最強の部類に入る最上位の言玉だ。『天』の最上位『空』。『極』の最上位『匠』。『龍』の最上位『鳳』。『零』の最上位『数』……ここにあるのは、『無』を除いた11個の至玉の最上位。小林たちが持っていた物より格段に強力な言玉だ」


「それを将に与えるってのか?」


「いや。君も知ってのとおり、相性の良い言玉を同時に使用すると威力が倍化する。この現象を僕達言葉一族では言技ことわざと呼んでいるんだ。使用者の精神力と器しだいで同時に使える言玉の数は変わる。僕の父は言玉の天才と呼ばれていてね。父は5個の言玉を同時に使用したことがある。もっとも、彼ではそれが限界だったらしいが」


「まさか、あんた」


「ご明察だ、『天』。僕は『王』。器の大きさは父の比ではない。『王』の言玉を核にして、11個すべてを有言実効させる……」


 麗王は笑うのをやめると、右手を空に向けた。


「有言実効」


 空中にあった11個の言玉は麗王の右手に集まり、黄金の輝きを放つ。その光は神々しく、どこか得体の知れない禍々しさがあった。


「12個すべての至玉を言技で有言実効した状態。それが『神』。そして今僕は、11個の最上位の言玉と『王』で限定的に。あくまで擬似的な物ではあるが、それを再現することに成功した。そう、つまりは」


 麗王は黄金に輝く光を纏いながら、宙に浮いた。


「擬似的な『神』、ってわけか」

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