第24話 天の道を征く

「賢見! おい賢見、大丈夫か!?」


 龍ヶ峰に小林を任せ、体育館倉庫に飛び込んだ征は、気を失っていた賢見を発見した。


「あ……先輩。ぼく、どうして……」


 跳び箱にもたれかかるように倒れていた賢見は、征に気が付くとうつろな目のまま顔を上げる。


「気が付いたか。……ケガもないみたいだし、よかった。早くここから出るぞ」


 征は賢見の体を一通り見て、今朝別れた時と何ら変わりないことを確認して安堵した。乱暴に扱われた様子もなく、暴力を受けた痕跡もない。


「え、えっと。何が起きているんですか!?」


「説明は後だ! 今はとにかく、ここを離れるのが先だ!」


 征は賢見の腕をつかむと倉庫を出て、そのままの勢いで体育館を出る。体育館を出るのと同じタイミングで、体育館の天井を破り、龍ヶ峰が出てきて彼らは思わず振り向いた。


「平和、ちゃん……?」


 異質なモノへ変貌した幼馴染の姿を見て、しばし唖然とする賢見。


「走れ、賢見! 今は逃げるしかないんだ!」


「でも、平和ちゃんが……!」


「あいつなら大丈夫だ! 何せ、『龍』なんだからな」


 賢見の腕を強引に引っ張り、征は校舎の中へ避難した。そして階段に賢見を座らせ、征も隣に座る。


「はあ、はあ……いいか賢見。これからオレは言葉麗王の所へ行く。全ての元凶のあいつを倒して、『王』の言玉を取り上げれば、この事態は収まるはずなんだ。だから、お前はここから遠くに逃げろ。できればこの街を出たほうがいい」


「そんな……嫌ですよ。先輩も平和ちゃんも置いて、ぼくだけ逃げるなんて! ぼくだって、男の子なんですから!」


 賢見が自分の胸を大きく叩くと胸がプルンと揺れて、征は彼がまだ彼女のままであることを悟った。


「ていうかお前、まだ戻ってなかったんだな……ならなおさらだ。全てが終わるまでどこか安全な所へ逃げてくれ。これ以上お前を巻き込みたくない。この事態は……おそらく、オレのせいなんだ」


「先輩の、ですか?」


「ああ。オレが、『天』の言玉を呼んだから……言葉麗王はオレを殺して奪うつもりなんだ。だから、オレがあいつを止めなくちゃ」


「でも――」


 何か言おうとした賢見を遮り、征のスマホが静寂を切り裂いた。知らない番号からであるが、この状況で征に連絡を取ろうとする相手となれば推測は容易である。


「はい……」


『やあ。ご機嫌麗しゅう。『天』の少年』


 一度しか聞いたことのない声。だがそれでも、その声は忘れることができなかった。件の王、言葉麗王である。


「あんたか、何の用だ? ちなみに今オレはすこぶる機嫌が悪いぜ。激おこだ。あんたのくそったれな将のせいでな!」


『そうかそれはお気の毒に。まあ、君の機嫌はどうでもいいんだ。これから会えないかな。僕は君が待ち遠しくてしようがないんだよ。ああ、まるで僕は恋をしているようだ』


「恋、だと?」


『ふふ、今なら恋する乙女の気持ちというのも、少しは理解できる気がするね』


「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ! オレも今すぐあんたに会いたいよ。そんで、そのふざけた面に思い切りパンチぶちかましてやるつもりだ」


『ふふふふ。ならば、今すぐその階段をのぼって屋上まできたまえ。僕はそこで待っている』


 征は顔を上げ、階段のさらに上を睨み付けた。


『そうそう。そちらに『賢』の少年もいるね? 彼もまた大事なゲストだ。連れてきてくれたまえ。もし連れてこなければ、君は大事な物を一つ失うことになる。いいかい? 君たちは僕の掌の上で踊るしかないんだ。この街から逃げ出そうとは思わないことだね』


「賢見は関係ないだろう!」


『では、待っているよ』


 王との通話は一方的に終了した。


 征は苛立ちを隠し切れず、壁を蹴りつける。


「くそ! あいつ、一体何をするつもりなんだ。オレの大事な物ってなんだよ!」


「先輩……電話の内容は僕も聞きました。もう、どこにも逃げ場所はないんですね……」


 賢見は不安そうな顔で征を見上げ、自分の体を抱きしめうつむく。


「すまん。もう少しだけ付き合ってくれ、賢見」


「はい。ぼくは逃げません。男の子ですから」


「だから、お前は……って、今はそんなことどうでもいいか。それじゃあ、行くぞ」


「はい!」


 征はスマホをポケットに突っ込むと、階段を上る。一段、また一段と上るにつれて、怒りと不安の比率が逆転していくのを感じつつも、歩みを進めた。そして、屋上の扉の前に立つと息を吸い込み一気に開く。


「ようこそ、僕の城へ。『天』の少年。『賢』の少年よ」


 開け放たれた空間にいたのは、すべての元凶にして王。言葉麗王だった。


「来てやったぜ、クソ野郎」


「お前、麗王様に向かって!!」


 麗王の横に控えていた土屋が、鼻息を荒くして征につかみかかろうとする。


「やめろ土屋。僕と彼の間に入るんじゃない。例え将といえど、許さないよ?」


「は……はい」


 だが、麗王の一言で土屋は隅っこに引っこんで、大人しくなった。


「待っていたよ、『天』の少年。ああ、本当に君が、君がそうなんだね? 一目見た時からそうじゃないかと思っていたよ。やはり、僕の目に狂いはなかったようだ」


 麗王は大げさなポーズで感激すると、両手を広げ征との距離を詰めた。満面の笑み、である。


「僕は君が欲しい」


「気持ち悪いこというんじゃねえ! あんた、そっちの人なのかよ……」


「恋焦がれているという点ではそうかもしれない。もっとも、僕が欲しいのは君ではなく、君の玉だけどね」


「事情を知らない人があんたのセリフ聞いたら、とんだ変態野郎だと思われるぜ。特にオツとかな」


「周囲の雑音などどうでもいい。さあ、今すぐ僕に差し出すんだ。『天』の言玉を!!」


 麗王は満面笑みのまま、右手を征に差し伸べた。


 征はそれを思い切り振り払う。


「お断りだ。あんたが命の兄貴だろうと関係ねえ。あんたのせいでどれだけの人間が苦しんだのか、わかってるのか!」


「ふふ。ゴミがどうなろうと僕の知ったことではない。全ては僕の望みを叶えるため。王の為にその身をささげたんだ。ああ、彼らはなんて幸運なゴミなんだろう……」


 右手をさすりながら麗王は征に背中を向ける。


「さて、と。僕としてはできれば穏便にことを進めたかったのだが……仕方がないね。例の物をここに」


 麗王が指をパチンと鳴らすと、屋上の扉が開いてそこから見知った人物が現れた。


「天ちゃん! ごめん……」


 それは、風間に髪を引っ張られ瞳に涙を浮かべる乙女だった。


「こんちわー。脳筋女お届けにあがりましたー。おら、さっさと歩け!」


 乙女は風間に襟首を引っ張られ、麗王の目の前に投げられる。


「オツ!」


「『極』の少女。彼女も善戦したようだが、力及ばず風間にとらわれてしまいました、とさ。あわよくば『極』の出現を期待したが……見込み違いだったかな?」


「クソ、待ってろ。オレが!」


 駆け出そうとした征だったが、さらに背後に人の気配があって動きを止める。


「お待たせしました、麗王様。ご注文の品です」


 今度は獣ヶ原と命。命の衣服はぼろぼろに引き裂かれており、スカートはただの布きれと化している。


 事態が深刻でなければ征の視線は命の下半身に集中していただろうが、さすがに今はそんな状況ではない。


「京極さん! 征! 私のことは構わずに兄を――」


「うるさいわね。さっさと床をなめなさい」


 獣ヶ原が命の背中を蹴り飛ばすと、命は乙女の隣まで転がった。


「やあ命。ずいぶんなかっこうだね。よほどひどい目にあったんだろうね。ああ、かわいそうに」


「……」


 麗王は相変わらずの笑顔で、命の頭に手を乗せると優しくなでた。


「でも安心して。もうすぐ僕の望みがかなうんだ。そうすれば、すべてが終わる。お前が大好きだったお兄ちゃんに戻ってあげることができる」


「違う。あなたは私の知っている言葉麗王じゃない! 私の知っているお兄ちゃんは、こんなことしない!」


 命は麗王から顔を背けると、隣の乙女を心配そうに見つめる。そして、しぼりだすように声を出す。


「私の大好きだったお兄ちゃんは、もう死にました。あなたは……違う」


「ふう。まったく、反抗期なのかな命は。年頃の女の子は難しい生き物だね、やれやれ」


「麗王様。小林ですが……」


「ああ、そういえばそんな奴もいたね」


 獣ヶ原が麗王の隣に立ち、耳打ちした。


「グラウンドで『龍』に? いいよいいよ。放っておいて。僕が欲しいのは勝利の報告だけ。いらないゴミはゴミ箱へ。子供でもわかる理屈だ。小林はいらない。代わりの将ならいくらでも作れるしね」


 顔色一つ変えずにそう言い放った麗王に、征はさらに怒りを覚え、肩を震わす。


「では、我々は『龍』の始末に向かいます」


「いや。その必要はない。彼女はここに来ないよ。いや、来れないと言ったほうが正しいか。ゴミとはいえ、将になった小林を倒したんだ。相応の対価を支払うことになったろう。自我の崩壊まではいかないだろうけど、当分はまともに動くこともできないだろうからね。それよりこちらのほうが優先事項だ。始めろ」


「はい」


 獣ヶ原は麗王に頭を下げ一歩下がると、屋上の影に向かって手招きする。


「さて、『天』の少年。これから君にとってもステキなショーを見せてあげよう」


「いい加減にしろよお前! オレはお前を絶対に!」


 許さない。と、言いかけた征の口は言葉をつむぐことができず、開いたままになった。


「至玉を手にするにはいくつか方法があるが、極限のストレス。これが一番手っ取り早い。だから、これがベストかと思ってね」


「……父さん、母さん?」


 屋上の奥から姿を現したのは征の両親だった。2人ともうつろな表情で下を向いている。


「さてと。彼らは今、獣ヶ原の『姫』の力で操られている。今僕は『将』を操っているからね。この街の人間に干渉できないが、彼女のおかげで君のご両親に出席してもらうことができたわけだ」


「どうするつもりだ!」


「このまま屋上から飛び降りてもらっても構わないんだが……それだけじゃ物足りないだろう。もっと素敵なイベントを考えたんだ。きっと君も、スタンディングオベーション間違いなしさ!」


 麗王はポケットから二本のナイフを取り出すと、それを征の父と母にそれぞれ渡す。


「この少女を殺せ。ただし、少しづつ切り刻んでゆっくりとね」


 麗王の視線の先には、乙女の姿があった。


「え? 何?」


 乙女はこれから自分がどんな目に遭うのかわからずに、ただただ目をしばたかせている。


「さあ、『天』の少年。どうする? 君の選択肢は三つだ。この可愛らしい少女が両親に切り刻まれるのを黙って見ているか。はたまた両親を殺して彼女を救うか。黙って僕に『天』の言玉を差し出すか。好きなほうを選びたまえ」


「ふざ……けるな!!」


「5秒待ってあげよう」


 ぎりり、と征は奥歯を噛みしめた。頭は沸騰寸前の爆発状態。しかし、爆発させるのは今ではないと自分に言い聞かせ、打開する方法をいくつか考えてみる。


「5」


 今、言葉麗王は街の人間に干渉することはできない。代わりにそれを行っているのは獣ヶ原だ。つまり、獣ヶ原を倒せば両親を解放できる。


「4」


 『火』の言玉と『力』の言玉を同時に使って、龍ヶ峰と戦ったときのように火炎弾を放ち、獣ヶ原をしとめる。


「3」


 その先はまだ考えていない。が、今は時間がないのだ。


「2」


 今すぐに実行しなければ。征はポケットに手を突っこむと、覚悟を決めた。あと2秒。先手を打てる。


「0。やれ」


「え?」


 残り2秒のカウントがいきなり0になって、征は頭の中が真っ白になった。


「気が変わったんだよ。やはり5秒は長い」


 麗王は悪びれずに笑顔のままそう言った。


 征の父と母は、ナイフを手に乙女に襲い掛かる。


「やめろ!! やめてくれ!!」


 ナイフが振り下ろされる。振り下ろされてしまう。乙女の体に突き刺さる。突き刺さってしまう。


「有言、実効です!」


 乙女の体にナイフが刺さる寸前だった。突然両親は動きを止め、ナイフを床に落としてうずくまる。まるで、見えない痛みにあえぐように。


「間に、合った……」


 それをやったのは、メガネをかけた小動物のようなツインテールの少女。


「時任さん!」


 時任ももかは、屋上の扉の前で『痛』の言玉を手に立っていた。


「ご両親には悪いけど……激痛を全身に与えて動けなくさせてもらったよ。ごめんね、天道くん」


「いや、いいんだ」


「『時』の少女……姿を見かけないと思ったら、このタイミングで現れるか。邪魔をされてしまったが……こういう展開も悪くない。他にも方法はあることだしね」


 時任は征の隣に立つと、麗王に向けて厳しい表情でにらんだ。それは普段の彼女とは180度違う表情で、征は少し戸惑う。


「麗王さん。どうして、ですか?」


「うん?」


「あなたは私に言ってくれました。『優しい人間は他人の痛みを知っている』って。そんなあなたが、どうして!」


「何を言っているんだい? 簡単なことじゃないか。僕は優しい人間じゃない。ただ、それだけさ。そこらのゴミと一緒にしてもらっては困るよ。僕は唯一無二の存在。王なのだから」


「……許せない。あなたは! 天道くん。私がご両親の動きを封じている間にこの人を!」


「ああ、わかっている!」


 征はポケットから2つの言玉を取り出すと、有言実効を口にし、麗王に向かって一直線に走り出す。


「やれやれ。それならもう一つの方法を取るまでだ。風間、土屋、獣ヶ原。現実を教えてやれ」


「おおおおおおおおお!!」


 不意を突いたつもりだった。だが、征の拳は麗王に届く前に土屋の拳によって弾かれる。


「こいつ。龍ヶ峰と同じくらいの力があるのか!?」


「あんなザコと一緒にするんじゃねえよ!」


 征は距離を取ろうとして一歩下がるが、後ろから獣ヶ原に蹴られ屋上の床に倒れ込んでしまう。


「だめね、天道くん。ちゃんと背後にも気を配らないと。今後気を付けなさいね。ふふ、痛くて気持ちのいい授業だったでしょう?」


「くそ、まだ!」


 征は立ち上がろうとするが、背中にバーベルを乗せられたように体が重くなって、動けなくなった。


「3対1でかなうわけねーだろ、ばーか!」


「くそ、風間……!」


「征!」


「天ちゃん!」


「天道くん!」


「先輩!」


 4人の少女が見守る中、征は己の無力を実感する。


「さあ。早く! 早く!! 早く呼ぶんだ。『天』を!!」


 麗王は狂喜しながら征の背中を踏みつけた。


 あなたは絶対にもう一度私を呼ぶ。


 天の言玉の少女が最後に残した言葉を思い出し、征は静かに苦笑する。


「うおら!!」


「む」


 征は背中を踏みつけていた麗王を振り払い、立ち上がった。


「……まったくな。やっぱりそれしかないのかよ。腹は決まってる……なんて言ったらウソになるけど。でも……」


 征は周りを見回した。


 傷つけられた少女たち。無関係な自分の両親。人の命をなんとも思わない外道。


「この状況を見せつけられて、何も感じないわけがないだろう! だから!」


 高々と天に向けて右手を伸ばす征。その瞳には怒りと覚悟が宿っている。


「ダメ! ダメです、征!!」


 命は傷ついた体を起こし、必死に征に手を伸ばそうとするが届かない。


「来いよ、『天』の言玉! オレがお前を手に入れてやる!!」


 征の声が夜の空に吸い込まれたと同時、闇の中から一筋の光が屋上に降臨する。


『さあ、覚悟はできたかしら、坊や。私と1つになる覚悟が』


 昼間と同じ、幼い少女の形をした強大な力。それが征の目の前に姿を現し、年齢不相応な妖しい笑みを浮かべる。


「お、おお! あれが、あれが……『天』!!」


  麗王は今まで見せたことのない顔で、激しく歓喜した。


「お前の言う通りになったのは悔しいけど、今はそんなの関係ない。オレが、お前を手に入れる!!」


『あら。とっても激しい愛の告白ね。いいわ。いいわよあなた。今までの所持者の中でも最高だわ。さあ、私と1つになりましょう?』


 少女が右手を差し出してきたので、征がその手を取ると彼女の体は光に包まれ、次の瞬間には征の手の平の中に、小さなガラス玉があった。


「これが、『天』……。感じる……得たいの知れない何かを。とんでもなくバカでかくて、飲み込まれそうなくらい巨大な存在を」


「征!! やめてください!」


 『天』の言玉。これを有言実効すれば、後には戻れない。その先に待つのは一体どんな結末なのか。征の頭の中でそれが危険な物であると本能的に悟る。しかし、後には退けない。


「どうした『天』の少年? 早くそれを僕に渡さないか。それともまさか。君は進もうというのかい? 天の道を。やめたまえ。君のような凡夫では無理だ」


 麗王は両手を広げながら征に近づいてくる。


「一度言った事は最後までやり通す。その覚悟と意思を持って、何事にも取り組んでもらいたい」


「何だ、それは?」


「うちの校長のありがたくもつまらない話の一部だよ。けど実際。オレもその通りだと思う……だからオレは、天の道を征く!」

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