第23話 小林VSレベル3
「正直な話、ハズレクジ引いたと思ったんだよ、俺は」
目の前で小林がUの字に口を歪ませるのを見て、龍ヶ峰は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。小林の視線はさきほどからずっと龍ヶ峰の胸に注がれており、欲望が迸った瞳は充血している。
「獣ヶ原のババアも風間のボケも女の相手だからなあ。うらやましくてヨダレが出るぜ。そういや知ってっか? 獣ヶ原のババアの言玉『姫』なんだぜ? 26で姫ってどうよ?」
「女はいくつになってもお姫様に憧れるんだよ」
「はん。まいいや。にしても、お前がきてくれて助かったわ。駅前じゃ殺れってのが命令だったけど、今はお前をヤレそうだ」
小林は龍ヶ峰の胸からスカートへと視線をスライドさせ、そう言った。
「お断りだね。あたしの最初の相手はセンパイって決めてんだ」
「ひひひ! まあそういうなって、俺のテク見せてやるからよ。優しくしてやるぜ?」
小林の口から歓喜と狂気がヨダレに姿を変え、ぽたぽたと床にしたたり落ちる。
「抱いてみなよ。あたしのこんな体を」
龍ヶ峰はブラウスを脱ぎ捨てると、背中から一対の翼を生み出し状態をレベル2に移行する。
「あー、そういやお前『龍』だっけ。いいぜ。普通のプレイは飽き飽きしてたんだ。たまにはこういう際物もいいよなあ!!」
「うっせー、セクハラ野郎!!」
龍ヶ峰は翼をはためかせ、地上を高速移動した。前回はこの男を相手に成す術もなかった。だが今は状況が違う。一対一だ。相手は将であり上位の『林』を持っているが、それでも十二至玉所持者に敵うはずはない。
「おいおい。お前。頭大丈夫かあ?」
龍ヶ峰は小林の背後を取ると、躊躇なく胴体を右手で貫こうとする。
「さっき駅前でお前の体を貫いたのは、俺のぶっとい棒だぜ? 貫くってことは、強度もお察しなワケだ」
小林の周りに木々が乱立し、太い幹に龍ヶ峰の爪は弾かれた。当然ダメージは与えられていない。
「マジかよ」
「攻撃ってのはよ。こうすんだ……ぜ!!」
小林が両手で床に触れると、瞬く間に木が生え出て体育館が文字通りの林に変貌する。
「俺のぶっといのをしっかり味わえよ、なあ!」
生い茂った木々がすべて龍ヶ峰に向かって伸びる。
「ケツの穴いっとくかあ?」
龍ヶ峰は体育館の天井を破壊し、空を飛んであらゆる角度のから迫る木々をかわすが、すべてをよけきれず一撃うけてしまう。
「くっそ!」
一撃受けたことでそれがそのまま隙を作り、次々と攻撃をくらい、龍ヶ峰は駅前と同様の結果を迎えることになった。
「ち……くしょう」
「あーあ。お前よ。もうちょっと大人しくしてれば、俺だってここまでするつもりはなかったんだぜ? せっかくの上玉が台無しになっちまうしなあ」
木に磔にされた龍ヶ峰を見上げ、小林はため息を吐く。
「まずはその汚い言葉遣いから直してもらわねーとな。俺の気持ちも下の棒も萎えちまうだろ。さーて、どう調教してやるか」
「……ごめんなさい」
突然龍ヶ峰の口から絞り出されるように出た謝罪の言葉。彼女の顔は暗く、どこか怯えたように見えて小林は一瞬ぎょっとする。
「あ? なんだ、怖くなってようやくしおらしくなったか? 初めからそうしてろよ」
「ごめんなさい……先に謝っておく。あんたを殺しちゃうかもしれないから」
「なんだ、と――!?」
その光景を第三者が見ればさぞ滑稽に見えただろう。なぜなら、小林の顔が一瞬で笑顔から恐怖に変わったからだ。瞬きする間もなく彼の築いた林はすべて切り倒され、彼自身もまたあっけなく吹き飛ばされてしまった。
「あたし、この姿になるの二度目なんだ。一度目は、偶然だった。スペックを図るつもりで力を限界まで解放したけど、見境なく人を襲って……その人、死ななかったけど今もまだ意識がないんだよ……死んだかもしれない」
龍ヶ峰はどこか達観したような、それでいて何かを諦めたような顔をしていた。
「もう戻れないかもしれないけれど、いいや」
「あ……ぁ。ああああああ!! すまねえ俺が悪かったもう何もしねえだから助けてくれ殺さないでくれ命だけは!!」
ニュース番組のアナウンサーも顔負けするほど、息継ぎもなくかまずに命乞いをした小林。彼の目に映ったのは、4枚の翼を広げ、2本の角を頭に生やし、赤い眼光を放つ、限りなく龍に近づいた少女だった。
『龍』――レベル3。
「たぶんあたし、あんたを殺すと思う。もうすぐあたし、破壊衝動に取り込まれて自分を制御できなくなるから……だから、その前にもう一度謝っておくね」
龍ヶ峰は飛んだ。4枚の翼はより禍々しく巨大になっており、少女の華奢な体と比べてアンバランスなことこの上ないが、安定した飛行で空を飛ぶ。
「く、来るんじゃねえええ!!」
小林は震えながら両手を地面に突き、木々を生い茂らせると龍ヶ峰に向けて全方位から攻撃する。
だが、彼女は槍のような木々を発泡スチロールを蹴散らすがごとく直進していく。
「うそ……だろ!?」
龍により近づいた彼女の皮膚は、地球上のどんな兵器をもってしても傷1つ付けられないのかもしれない。
小林は慌ててズボンのポケットに手を突っこむと、目的の物があることを確認し、それまで恐怖一色だった顔がわずかにゆるんだ。
「へ、へへ。言玉との相性ってのは人それぞれだが、その目安になるもんがあるのお前知ってっか? よく言うじゃねえか。名は体を表すってよ! 名字や名前、そこに含まれる一文字が言玉の相性になる。俺が『林』と相性がいいのは、名字が小林だからだ! 風間の野郎が『風』以外に『重』と相性が良いのは、名前が重道だからだ! つまりよお!!」
小林が手のひらを開くと、そこには新たな言玉があった。その言玉には、『師』と書かれている。
「俺は
小林は『林』を右手に、『師』を左手に持ち有言実効、と叫んだ。自信が戻ったからか、顔がうっすらと笑っていた。
「ぶっ殺されるのは、てめえのほうだああああああああ!!」
小林が両手を空に向けて掲げると、まるで天を突くように巨大な樹が生え出てくる。
「もう一ついいこと教えてやるぜ。相性のいい言玉を2つ同時に使うとなあ、威力も倍化するんだよ。とっても優しい小林先輩からのアドバイスでしたあ!! つーわけで、死ねや化け物!!!!」
数百メートルにも伸びた巨大な樹が、龍ヶ峰に向けて振り下ろされた。
小林の顔には勝利の確信のためか、疲れた顔ではあるが安堵の笑みがあった。
「へ、へへへへへ!! びっくりさせやがって。俺は小林師具真様だぞ。へへへへ。俺は最強の将なんだ」
次第に小林の笑いはエスカレートし、止まらなくなっていく。
「へへへへへ!!」
土煙で龍ヶ峰の様子は解らない。だが、小林はそれでも笑う。笑うしかない。
「へへへ――へ?」
だが小林の勝利の予想はあっけなく裏切られ、振り下ろされた巨大な樹は簡単に真っ二つに割れ、龍ヶ峰は何事もなかったようにそこから現れた。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉と共に龍ヶ峰の爪が小林の腹部に突き刺さる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やめろ! やめてくれ!!」
その瞬間、小林は生まれて初めて恐怖を感じた。
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