第22話 林の言玉

 夜の学校というのは、なんだか畏れ多く魔が潜んでいる。まるで建物そのものが生きているような、一瞬でも気を抜けば喰われてしまうのではないか。そんな強烈な印象を征に植え付けた。


 昼間でも学校が嫌いなのに、夜になんて来たくはない。だけど、それでも征は空気を深く吸い込むと正門をよじ登り、中に侵入する。


「ラスダン……さながら魔王城だな」


 征は闇の中にそびえ立つ校舎を見上げ、素直な感想をもらした。昼間、龍ヶ峰との戦闘で大きな損害を受けた校舎はすでに命が修復済である。が、おそらくこれからまた同じくらい、もしくはそれ以上の破壊行為がこの狭い敷地内で起こることを考えると、征は申し訳ない気持ちになった。


「体育館は……あっちだっけ」


 黒一色に彩られたグラウンドを抜け、征は目的地である体育館に到着する。そして、扉の前に立つと一呼吸して一気に開け放った。


「なんだよ、真っ暗じゃないか」


 中は外同様に暗い。体育館という限られた空間の、どこまでも深い闇が手招きしているような不気味さだけが唯一の違いか。


「よう、サンドバッグ」


「え?」


 電源を探そうと壁伝いに移動しようとした征だったが、突然横腹に衝撃を受け、冷たい木の床をバスケットボールのように転がった。


「お前……まさか」


「そうだよ、俺だよ。お前が尊敬してやまない先輩の」


 征が立ち上がると、闇の中で聞いたことのある声がこだまし、強烈な光が征の目に突き刺さるように降り注いだ。それは、天井に備えられた電灯による光だ。


「小林さまだ」


 小林は体育館の舞台の上から征を見下すように立っていた。


「やっぱり、小林……! じゃあ、お前が最強の将……なのか」


「そうさ。俺はよ、麗王の奴に拾われたんだ。『君はゴミだが見どころがある』って言われてよ。正直その場でぶっ殺してやりたいと思ったが、世界の半分を俺にやるから部下にならないかって言われてよ。どこのRPGだよ、って内心つっこんだが悪い話じゃねえからな。だから、俺はあいつの下に付いたんだ。この『林』の言玉をもらってな!!」


 小林が口をアルファベットのUの字くらい歪ませ、有言実効と口にする。


 瞬間、征の足元から槍のように鋭い木が床を破って突き出て、鼻先をかすめた。


「な!?」


「今のはあいさつ代わりだサンドバッグ。麗王に伝えられた俺の役目は、ここでお前を殺す寸前まで痛めつけろってことらしいんだが……」


「く!?」


 今度は床ではなく、壁と天井から木の槍が生えてきて、征の右足と左手をかする。


「やっぱ殺すわ。俺、中途半端大嫌いだし」


「お前!」


「あー、そうそう。俺に反撃の一つでもしてみろよ。賢見だっけ。あいつ、殺すから」


 小林は再び口をUの字に歪ませ、醜く笑う。


「あ、ちなみにそこの体育館倉庫で眠ってるぜ。俺の言玉『林』は自由に木を操れるからな。どこにいても、ぶっすりヤれるってわけ」


「小林……あんた、マジでクズだな!!」


「あ?」


 床、壁、天井。突然あらゆる角度から木々が生え出て、征の体を貫く寸前でピタリと止まる。


「口の利き方にきーつけろよ、ボケ。ほれ、あの女も言ってたじゃねーか。先輩は敬うもんだってよ。次なめた事言ったら人間生け花にすんぞ、てめえ」


「くそ……やっぱ、オツと2人で来るべきだったか……」


「つーわけで、拷問ショー始めっか。あそうだ。お前、泣いて謝れよ。小林さまぼくが悪かったです。どうか命だけはお助けくださいってよ。したら、最初に潰す体の部位は、目ん玉からにしてやるよ!! 俺ってやさしー!! きひひひひ!」


「デメリットしかねーじゃんかよ、このクソ野郎が!!」


 小林が楽しそうにステップしながら、体育館の床を歩く。


「んじゃまず、目ん玉からな」


 征は狂気の塊が目の前に迫ってくるのを、黙ってみているしかなかった。


「あー右にすっかなあ。左にすっかなあ。あ、そっか。両方同時にやればいいんだ。俺ってバカだわ」


 小林は右手を征の前に持っていく。その時だった。


『ようやく見つけたぜ。この腐れ外道』


「あ?」


 征の目の前を強烈な風が過ぎ去った。そして、次の瞬間体育館は真っ二つに両断される。


 真っ二つに両断された壁の隙間から龍のような右手が垣間見え、征はそれが彼女の仕業であることを悟った。


「龍ヶ峰……!? なんでここに」


「あらセンパイ、ピンチの姿もソソるね。なめまわして愛でたいとこだけど、今はとりあえずあたしも空気読むよ」


 龍ヶ峰平和は征を見て舌なめずりをすると、体育館の壁を蹴って壊し中に入ってきた。そして制服の上着のポケットに手を突っこんだまま、小林の前まで歩く。


「へえ、お前。一年のくせにいい乳してんな、もませろよ」


 小林は龍ヶ峰の胸を見るとにやけながらそう言った。


「うるせえな、セクハラオヤジ。あんたにやられた借りを返しに来たんだ。あのまま黙っておねんねしてる平和ちゃんじゃねーんだよ」


 龍ヶ峰は龍と化した右手をさすると、制服の上着を床に脱ぎ捨てる。


「おい、龍ヶ峰。お前、どういうつもりだ」


 征が戸惑いながら声をかけると、龍ヶ峰は振り向かずに答えた。


「別に。ピンチのセンパイ助けて好感度アップ狙ってるのもあるけど。純粋にこいつボコりたいと思ったからここに来ただけ。それより、真紅を助けてやって。こいつはあたしが抑えとくから、その間に」


「あ、ああ」


 征は龍ヶ峰に背中を向けると、すぐに体育館倉庫に向けて走り出した。

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