第21話 待ち受けるラストバトル

「……やっぱりここにもいないか。どこ行っちゃったんだ、賢見の奴……」


 午後8時。すでに空は暗闇に侵食され、住宅街といえど人の姿はそうそうない。民家の窓からわずかに漏れ出る光と、街灯の頼りない輝きに照らされた征の顔は暗かった。


「征。やはりこちらもいませんでした。そちらはどうですか?」


「いや、こっちもだ。オツ、お前は?」


「こっちもだめー。わたしの熱血と根性も、そろそろエネルギー切れしそうだよー」


 征と命、そして乙女は天道家の前で落ち合うと、互いの成果を報告する。時任は別行動を取っているので、今はこれで全員だ。彼らは突然姿を消した賢見を探して回ったが、捜索から4時間経っても見つけることができなかった。


「賢見の自宅にも、オレの家にも学校にもいなかった……どうしたんだよ、あいつ」


「仕方ありませんね。いったん捜索を打ち切りましょう。賢見さんも子供ではないのだし、何か理由があって私たちの前から姿を消しているのかもしれません」


「理由、か。そうだな……もしかしたら元の姿に戻ってるかもしれないし、今は少し時間を置いたほうがいいか……」


「はいはい! ご飯! ご飯にしましょう!! 腹が減っては熱血できぬと言うし!」


 命の提案に征は腕を組んで少し考え沈み込むが、乙女は対照的にお腹を押さえながら、ガッツポーズをとる。


「そんなことわざ知らんが、確かに腹は減ったよな。んじゃ、お前も家来いよ。母さんが晩飯にカレー作ってくれてると思うから」


「カレーですと!?」


 征の誘いを受け、乙女の瞳にほかほかのごはんとカレーが浮かび上がる。本人は気付いていない様子だが、よだれが少し垂れていた。


「でも、どうしよう……天ちゃんのご両親の前でごはんのお代わりなんかしたら、女子力疑われそうだし……いや、でもでも! 元気な女の子アピールにもなる? なっちゃう!? よーし!! 炊飯器のごはん全滅しちゃうぞ!」


「全滅させるなよ! だからお前はオツなんだよ。この暴食オツ女!」


「ていうか、その呼び方ほんとやめてよね! わたし、乙女なんだから!」


「はいはい、ごめんよトメさん」


 いつも通りのやり取りに征は少しうんざりしながら、もはやテンプレとなりつつなったセリフを繰り出す。


「トメさん言うな~~!! んもう、しょうがない。ごはんのお代わりは5杯までにしとこ。あんまりがっつくと、天ちゃんのお母様にドン引きされちゃうし!」


 そして乙女もまたテンプレとなった返事を返すと、ぐーぐーと鳴るお腹をさすりながら握り拳をつくる。


「5杯でもドン引きだよ……」


「そうですか? 私はチョコレートごはんなら6杯はいけますよ」


「チョコレートごはんもドン引きだよ……」


 左右でごはんに思いを寄せる女子2人を横目に、征は1人げんなりした。


「レッツごはん!」


 そんな征を置き去りに乙女は気合を入れると、天道家の門扉に手をかける。


「ご飯の食べ過ぎは美容に良くないわよ、京極さん」


「え、先生?」


 女性の声がして征が振り向くと、少し離れた所に担任の女教師の姿があった。


「獣ヶ原、先生……」


「こんばんは。私の可愛い生徒たち」


 征と命は警戒心をあらわにして、獣ヶ原の挙動に注目する。


「こんばんは! お疲れ様です、獣ヶ原先生! こんな時間までお仕事ですか!? 熱血ですね!」


 乙女だけは彼女の起こした事件を知らないせいか、普段と変わらない様子で元気にあいさつした。


「天道くん。こんな時間に押しかけてごめんなさいね。あなたにどうしても会って欲しいお方がいて……それは、あなたもよく知ってるお方よ」


 征にとっては授業中と変わらない笑顔であるが、獣ヶ原のそれはどこか禍々しさを発していた。


「一応念のために聞きますけど、誰ですか? AKD48なら歓迎なんですけどね」


「残念、アイドルじゃないわ。いえ、広義の意味ではアイドルと言えるわね。なにせ私たち人類の王だもの、言葉麗王様は」


 獣ヶ原は闇の中で邪悪に笑い、征に向けて手を差し伸べる。 


「あなた、記憶が!」


 それを見て命は、スカートのポケットに手を入れ言玉を取り出す。


「ふふ。麗王様は私が『獣』だった頃の記憶を戻してくれたの。さらに、将としての素晴らしい力も授けてくれたわ」


「『将』……ならば、今が王を……兄を討つ好機です。征」


「好機って?」


「『王』の言玉がもつ3つの能力は、同時使用ができません。『将』を作り出したということは、その間『民』も『兵』も使えない。この前のように、無関係な人を盾にするような戦法は取れない、ということです」


「そうか。じゃあ、今のうちに言葉麗王を倒せば……」


「あなた達、おバカさんね。何のために私がここにいるのか、考えてごらんなさい」


「え?」


「ふふ、こういうことよ」


 獣ヶ原が右手を上げると、民家の窓という窓から光がすべて消え失せた。


「今この瞬間。街の人間すべてが私の可愛い下僕となったわ。彼らの命運は私の……『姫』の手の中にある」


 獣ヶ原はスーツに包まれたやわらかで豊満な胸元から『姫』の言玉を取り出し、それを舌でなめた。


「あれは……『姫』!」


 命がその言玉を見て一瞬驚き、一歩後退する。


「そう、私にふさわしい『姫』。女性にしか扱えない言玉よ。『王』には及ばないけれど、この力を使えばこの街の人口程度なら操ることができるの。もっとも、『王』のような兵や将は作れないけれどね」


「『姫』は、王の眷属の中でも高位に属します。さらに、将となったことでその力は倍増しているはず……」


「その通りよ。だから、私から言玉を奪うなり気絶させるなりしないと、あなた達に勝ち目はないの。どう、先生の授業、とてもわかりやすかったでしょう?」


「えっと、えっと。何。さっきから、何の話? 何で先生が言玉持ってるの?」


 さっきから事態を理解できなかった乙女があたふたしていると、獣ヶ原が征の目の前に移動し、突然征を抱きしめた。


「は!? え?」


「天道くん。先生と一緒に来てくれる?」


 匂い。感触。体温。ありとあらゆるファクターが征に大人の女を感じさせる。


「な、何を言ってるんですか、先生!」


「先生ね。あなたのこともイイなって思っていたのよ。もし麗王様と出会わなければ、あなたを選んでいたかもしれない」


「天ちゃんと、先生が!? うそ……」


「素直に私のいうことを聞いてくれないかしら? あなただって、自分の親やクラスメイトたちが酷い目に合うのを見たくはないでしょう? 私の『姫』の力があれば、そのくらいのことはできるのよ?」


 ふう、と耳元に息を吹きかけられ、征は思考停止しそうになる。だが、気力を振り絞り先生に立ち向かった。


「先生……あんたは!」


「ふふ、可愛い子ね。大丈夫、ちゃんと麗王様にとりなしてあげるから。命だけは助けてあげる」


 みずみずしい獣ヶ原の唇がそう言葉をつむぐと、今度はそれが征の唇に迫った。


「征から離れなさい!」


 けれどそれは、命の繰り出した蹴りで遮られる。


「ち。メスガキめ!」


 獣ヶ原は命の攻撃をあっさりかわすと、教師の仮面を脱ぎ捨て邪悪な笑みを振りまいた。


「言葉さん。あなたは最低の生徒だわ。麗王様の妹でありながら逆らう愚かな女! 今すぐ死になさい。麗王様の作る世界にお前はいらないの」


「申し訳ありません、先生。恩師と言えどそのご要望には答えられません。私は、死ねませんので」


 命は左胸に手をやると、獣ヶ原と対峙する。


「え? え? 命ちゃん、何がどうなってるの? 何で先生が言玉持ってるの?」


 なおも乙女はあたふたしながら、状況を理解できないでいた。


「十二至玉が1つ『命』……いいわ。私、獣ヶ原真姫があなたの相手をしてあげる。天道くん、賢見くんは学校の体育館にいるわ。ただし、最強の将と一緒にね」


「え」


「大切な後輩を救い出してごらんなさい。そして、麗王様が望む『天』を差し出すのよ。そうすれば、あの方の望む世界が始まる」


 クフフ、と獣ヶ原は笑い命に襲い掛かった。


「征、行ってください! この人を野放しにしておいた私の責任です。私が……彼女を!」


 命が獣ヶ原の蹴りをかわしながらそう叫ぶ。


「……信じるぜ、命」


 征は命が頷くのを見て、すぐさま乙女の腕を引っ張り走り出した。


「え? え? え? どこいくの、天ちゃん!」


「学校の体育館! そこに賢見がいるんだ!」


 征と命は走る。いつも登下校に使用する通学路なのに、夜の道路は2人に知らない道を走っているような感覚に陥らせた。


「くそ、何なんだよ、いったい!」


 不安と酸欠で肺が悲鳴を上げ始め、2人のスピードが衰えた時、目の前に同じ高校の男子生徒が現れる。


「よう脳筋先輩。今日もいいパンツはいてるか?」


「って、君。風間くん!」


 住宅街の交差点でポケットに手を突っこみながら、風間がニヤニヤと乙女のスカートを見ながらそう言った。


「こんな時間に外を出歩くなんて、校則違反だよ。早くお家に帰りなさい! 迷子なら、わたしがお家まで送り届けてあげるから」


「はい、校則違反いただきました~! って、そりゃあんたも人の事言えないでしょーが。おれの場合はちゃんとした用事があるの。お前らの足止めっつー大事な役割がな」


 風間はゲラゲラ笑うと、ポケットから手を出し、通せんぼをするように両手を広げる。


「風間、お前もか!」


「そ。麗王様の将が1人、風間重道様だ。しっかりおれの名前覚えて、地獄の閻魔におれの名前を伝えな」


「中二臭いセリフほざきやがって。オツ、下がってろ」


 征が前に出ようとしたところ、先に乙女が前に出て遮られる。


「ダメだよ、天ちゃん。わたし、すっごいむかついた! 後輩を指導するのは先輩の仕事なんだから! 校則違反の上に先輩に対する敬意が足りないよ、後輩くん!」


 乙女の指先がビシっと風間に向けられる。


「はあ? けーい? 何それおいしいの?」


 風間はバカにするように笑うと、言玉を取り出し口を開いた。


「有言実行。ぶっつぶれろ!!」


 風間の一言で征達の周りのアスファルトは砕け、重りがのしかかったように体が動かなくなる。


「なんだこれ、重い!」


「へっへっへ。おれの言玉『重』は重力を自在に操れるんだよ、すげーだろ? このままペチャンコしてもいいんだけどさ。やっぱ楽しみたいじゃん。圧倒的な力ってヤツをさ! カエルの干物みてーになっちまった女とヤルのは、どんな罰ゲームだよって感じだしなあ!」


 風間が笑いながら右の掌を空に向けると、征たちは砕け散ったアスファルトとともに宙に浮かぶ。


「わ。わ。わ。何これ! 体がすっごく軽いよ!」


「落ち着け、オツ! ジタバタするな! でないと――」


「ゼログラビティー。宇宙飛行士ごっこは楽しいかセンパイ? おれが一緒にいれば宇宙飛行士訓練も無料でお得だぜ?」


 パンツ見えるぞ。と、征は言いかけた。が、やめた。


「今日は黒かよ。色気づきやがって……へへ。今から楽しみだぜ」


「う~! もう、有言実行!」


 乙女はスカートのポケットから『風』の言玉を取り出し力を解放する。右の掌で風を起こすと、無重力地帯から脱出し風間に蹴りを放った。


「よくもやってくれたね、先輩を辱めるなんて許せない!」


 乙女の右足は風を纏いながら風間の頭部に振り下ろされる。


「へえ、どこに消えたと思えば、お前が持ってたのかよ。おれの昔のおもちゃ」


 だが風間はそれを簡単に左手で受け止める。


「うそ!」


「うそじゃねーさ。現実だよ。あんたがいかに強力な蹴りを放とうが、おれがその重さを0にしちまえば、なんてことはねーからなあ」


「オツ! 2人でやるぞ。こいつ、やば過ぎる……今までやりあった相手とは言玉のレベルが違う」


「だいじょーぶだよ。わたしには、まだこれがあるから!」


 乙女は風間から距離を取ると、ポケットから『技』の言玉を取り出し口を開く。


「有言実行、だよ!」


 瞬間、強風が周囲に巻き起こり征と風間は視界を奪われた。


「やぁ!!」


 嵐のような回し蹴りが一閃。風間はそれを防ぐべく、右手を前に出して重力を0にする。


「バカ……が!?」


 風間は乙女の蹴りを受け、住宅街のど真ん中を数メートル滑空した。やがてゴミ捨て場に激突すると生ごみの山に埋もれながら立ち上がる。


「ありえねえ。何で、何でおれの重力場を抜けて蹴りが届く!」


「根性と熱血は結果を裏切らない! 君には熱さが足りないんだよ、後輩くん」


「そんな非科学的な論理振り回してんじゃねーぞ、この脳筋女が! 決めた。てめーはヤルだけじゃ終わらせねえ。おれのペットに調教してやる」


 頭の上に乗っかったコンビニ弁当の箱を地面に投げつけると、風間は歯をむき出しにして笑った。


「今だよ、天ちゃん。早く行って!」


「おい。何言ってんだお前まで」


「いいから! それにこういう展開燃えるじゃん。途中で散り散りになったメンバーが、ラスボス戦で合流。みたいな?」


「お前……このオツ女。絶対にこいよ、ラスボス戦」


「わかってるよ、天ちゃん」


 征は乙女に背中を向けると、走り出した。


「それと天ちゃん!」


「な、何だよ」


「その呼び方ほんとやめてよね! わたし、乙女なんだから!」


 征が呼び止められて振り返ると、いつも通りのテンプレセリフが飛んでくる。


「はいはい、ごめんよトメさん」


 征はテンプレの回答を返すが、乙女は笑ったまま動かなかった。

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