第17話 恍惚の龍

「十二至玉、『龍』……こんな所で出会うなんてな。けど、そう簡単にお前の思い通りには行かないぜ?」


 征はグローブを取り出し、『力』の言玉を手にする。


「へえ? いいモン持ってるじゃん、センパイ。こりゃ少しは食いでがありそうだ」


 龍ヶ峰は征の言玉を見て舌なめずりすると、龍と化した右手を握りしめた。その右手は鋭い爪と硬い鱗に覆われた皮膚を持ち、禍々しい気配を放っている。


「簡単にやられたりしないぜ、賢見はオレが守ってやる! 有言、実効!」


 右手に力が宿ると同時、征は駆け出した。


「こんな金髪美少女殴るのは気が引けるが、相手が十二至玉の持ち主なら、遠慮はできねえ!」


 征には『龍』の眷属である『獣』との戦闘経験がある。初めて言玉で戦った相手とはいえ、強靭な肉体と高い生命力の前に苦戦を強いられたのだ。その生みの親とでもいうべき『龍』は『王』と同じ十二至玉。油断などできない。


「金髪美少女って……照れるじゃん。褒めてくれてありがとセンパイ。お世辞を言える男は好きだよ。けどさ」


 龍ヶ峰は左手で長い金髪をかき上げると、右手をゆっくりと振り上げた。殴り合う間合いではない。4メートルは離れている。


 征はそのまま駆け抜けて先制攻撃を決めるつもりだった。だが、とっさに体が動いた。それは野性的な勘とでもういうのか、本来動物が持っている防衛本能なのかもしれない。


「マジかよ、これ……」


 龍ヶ峰が右手を振り下ろした瞬間、征は自身が持つ野生の本能に助けられたのだ。


「おいおい、言玉の力って……確かにすげえけど、十二至玉ってのは、ここまでのものなのかよ?」


 轟音と強風が征の右頬をかすめた刹那、背後で何かが崩れ去る音がした。振り返りそれを見た征は呆然とする。


 背後にあった木々はなぎ倒され、校舎が真っ二つに両断されていた。龍ヶ峰の振り下ろした右手の一撃によって。そう、たった一撃だ。


「『龍』をナメてんだろ、センパイ? あたしを殺すなら、『極』で人の限界超えた身体能力で向かってくるか、『時』で時間を止めている間に心臓を潰すか、『王』の持つ4人の将を差し向けるくらいはしないとダメなのよ? 十二至玉所持者を倒せるのは、同じ十二至玉所持者だけなんだからさ」


 龍ヶ峰は再び右手を振り上げ、口を開く。


「もう一度聞くよ、センパイ。真紅はどこ?」


「少なくとも、お前のスカートの中にはいないと思うぜ」


 征の軽口をNOと判断した龍ヶ峰は、右手を振り下ろした。


「同じ手は食わねえ!」


 とっさに『土』の言玉を手にし、それを『力』と交換すると征は叫んだ。


「有言実効!」


 征の足元にある中庭の土が塊となり、征の目の前で壁と化す。土屋と同じ土の壁による防御。征の攻撃でも崩せなかった盾だ。


「へ、これなら――」


 どうだ。というセリフは、あっさり砕かれた土壁の欠片ともども征を吹き飛ばす。


「言ったろセンパイ? 十二至玉所持者を倒せるのは、同じ十二至玉所持者だけなんだって。ザコの言玉じゃ、あたしのスカートにほころびすら作れないよ?」


「くっそ。土の壁をあっさり砕きやがった。オツの攻撃でもびくともしなかったのに」


 征は口に入った土を唾と一緒に掃き出し、立ち上がる。


「あー、そういや昨日あのバカコンビとやりあったんだって? ま~ったく、風間も土屋もクソの役にも立たない。真紅を連れてこいつったのに、下半身優先しやがって。しゃーないから言玉取り返すのに一芝居打ってやったってのに、あの体たらくだもん。ストレスたまるっつーの」


「そういや昨日。あいつが逃げる時に口にした名前、龍ヶ峰……それが、賢見の言ってた幼馴染の平和ちゃんと同一人物とは、参るぜ」


「へえ、真紅からあたしのこと聞いてるんだ? あいつ、あたしのことなんて言ってた?」


 龍ヶ峰は幼さの残る可愛らしい顔を歪め、笑う。


「オレよりも部屋が汚いって言ってた」


「あは。あいつ、男のクセにキレイ好きだからねえ。料理もうまいし、あたしよりもよっぽど女らしい……ま、原因はすべてあいつの母親なんだけど」


「母親?」


 征の質問に龍ヶ峰は自嘲気味に答えた。


「あいつは母親に嫌われてるのさ。理由はたった一つ。男だから。本当は娘が欲しかった。たったそれだけの理由でさ。自分の産んだ子供だってのにさ。あたしなら……愛した男の子供なら、息子だろうが娘だろうが、等しく愛する。ま、そんな相手いないけど」


「そう、なのか」


 ふと征の頭の中に昨日の賢見とのやりとりがよみがえった。『ぼく、先輩がうらやましいです。あんな素敵なお母さんがいて』、『ぼくのお母さんは、あんな風に笑わないです……』、『ぼくは、いらない子だから……』。


「『女』の言玉との異常な相性も、賢見の望みだから、なのか」


「だろうね。あいつにとっては唯一の肉親。それも自分を産んだ母親に存在を否定されてんだ。あいつは母親に愛されたいんだよ……認められたいんだよ。あたしと同じように……」


「お前も?」


「あたしの場合は父親、だけどね。龍ヶ峰家は華族の末裔でね。色々と事業も手広くやってんだ、これが。あたしはそこの長女なのよ。お母様は弟を死産して、その時一緒に天国へ逝っちまった。それからずっとだよ。あたしは父親に『お前が男だったら』って、毎日呪文のように言われ続けてきた。もちろん、今日もね。人間ってのは不平等だとは思わない、センパイ? 男だの女だの、自分で望んで産まれてきたわけでもないのに。神様ってやつがいたら、そいつは何て無慈悲で残酷な奴なんだろうって思う。だから、あたしは神になるのさ。あたしが望む世界を作るために、十二至玉すべてを集める。そのためには、どんな手段もいとわない。『王』もいずれ、『龍』たるこのあたしが喰らう!」


「麗王の仲間ってわけでもないのか……。それより、あいつを、賢見をどうする気だ?」


「あいつは、十二至玉『賢』の所持者候補なのよね。『賢』は中二的な言い回しをすると、アカシックレコードへのアクセスってやつ? 宇宙創世から終焉まで全ての事象を知ることができる。地球最後の日がいつなのかってことも、明日の当たり馬券も、今日のあたしのパンツの柄も、全部ね」


 龍ヶ峰は妖艶な笑みを浮かべると、スカートのすそを少し持ち上げて笑った。


「真紅には可愛そうだけど、もっと嫌な思いをしてもらうつもりなの。今度は、別の言玉を使ってね。極度のストレスや命の危険が迫ったとき。至玉は自らが認めた所持者に対して姿を現す……あたしもそうだった」


「なるほどね。だったらなおさらだ。これ以上、賢見に悲しい思いはさせたくない。あいつは、オレが守る!」


 征はポケットから『火』の言玉を取り出すと、右手のグローブにはめていた『土』を外し代わりにはめた。


「今朝、命が寝ぼけたときに落ちてたのを拾っておいたんだよな……後で返すつもりだったんだけど、ちょうどいいや」


「あは。センパイ、言ったでしょ? ザコの言玉じゃあたしに勝てないって」


 龍ヶ峰は小ばかにしたように笑うが、次の瞬間征のとった行動に笑いを止める。


「そうだな。でも、一つだけじゃなくて……二つなら、どうだ?」


 征は『力』の言玉を左のグローブに取り付けると、腕を交差させて叫んだ。


「有言、実効!!」


 左右のグローブに言玉をセット。『力』と『火』の同時使用。それは、今まで試したことのない初めての試みだった。


「へえ? こりゃ、少しは食いでがありそうだ」


 征の左右の拳に巨大な炎が宿り、全身に力が満ち溢れてくる。


「っと、こいつは想像以上だぜ。けど……使いこなして見せる!」


「死ぬなよ、センパイ! ちゃんと受け切ってよね!!」


 龍ヶ峰は舌なめずりをすると、右手を振り下ろした。振り下ろした瞬間、空気を切り裂き刃のような風が征に迫る。


「それくらい、今のオレにだってできる!」


 征は右手を引き、正拳突きを龍ヶ峰に向けて放った。放たれた右の拳からさらに炎が放たれ、『火』の言玉でできた火炎弾が『力』の言玉によって押し出され、轟音とともに発射される。


 ぶつかり合う風刃と火炎弾。両者はインパクトの瞬間、力の拮抗を示すように砕け散った。


「へえ? やるじゃんセンパイ。あたし、ほれそうだよ。強い男って好きだもの」


 龍ヶ峰は可愛らしい顔で妖しく微笑んだ。


「あは。けどどうしようかなあ。ぶっちゃけこの姿でいられる時間って、限られてるし。それに、センパイの苦痛に歪んだ顔見てみたいし……うん、決めた」


 龍ヶ峰は頬を赤く染めながら制服の上着に手をかける。そして、上着を乱暴に地面へ脱ぎ捨てた。


「先輩に見せてあげる。あたしのす・べ・て」


「え?」


 龍ヶ峰はブラウスのボタンに手をやると、艶やかに笑った。ボタンをゆっくり外していき、その下からピンク色のブラジャーがちらりと見える。


「ちょ、ちょっと?」


 昼間の中庭に龍ヶ峰の白い素肌がさらされ、フリルの付いた可愛いらしいブラジャーが征の視線を奪う。さらにその下に備わった豊満な胸が揺れた。


「正直、男の前でこのかっこさらすのはめっちゃ気が引けるんだよね。でもま、センパイならいいや」


 龍ヶ峰は自分の体を愛おしそうに抱きしめると、うずくまった。


「あ、ああ。ん、んん……!」


 嬌声のような叫び声を上げながら、丸くうずくまった少女の背中に異変が生じる。二本の角のような物が生え出ると同時、それは天を突くように伸び翼へと変化を遂げた。


「な、何だ……!?」


「はあ、はあ……ん、んん!」


 悪魔のような翼を広げ、龍ヶ峰は恍惚の表情で征を見る。


「こう見えてあたし、ラノベやアニメ好きなんだよね。とくに中二異能バトルが好物なの」


 目と目が合った瞬間、まるで魅入られたように征の体は動かない。だがそれが魅入られたのではなく、恐怖であることに気付いたのはすぐのことだ。


「今のあたしの状態を中二的に表すなら、レベル2ってとこかな? もちろんまだ何段階か上があるけど、制御がきかなくなっちゃうんだよね。体を完全に龍化したら、自我そのものがどうなっちゃうか解らないし。へたしたらそのまま戻れないかも。ま、それに。センパイ程度の相手ならレベル2《これ》で充分だし」

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