第16話 龍の罠
「うげ!?」
腹に強烈な浴びせ蹴りを受け、征は目覚めた。
「うーん……チョコレート……ごはん……いただき、ます……」
蹴りを放った張本人は、そのまま征の体に組み付き、がっちりとホールドしてくる。
「いでで! やめろ、命! オレはお前の大好きな激まずチョコご飯じゃない!」
征を叩き起こした張本人、命は床にしかれた布団の上で、征にプロレス技を仕掛けてくる。
首を絞められ、激痛と酸欠で体中がギシギシと悲鳴を上げるが、征は逃げ出そうとしてもそれは叶わない。
「あー!? ギブ、ギブ!」
「逃がしません……ふ、ふふ。チョコ……大好き……」
はむ。と、寝ぼけた命にほっぺたを吸い付かれ、征は一瞬苦しみを忘れた。
「このチョコ、まずい!」
「んほ!?」
命は征を拒絶するように突き飛ばすと、征は浴びせ蹴りから始まった地獄の連続コンボから解放される。朝一でいきなりライフゲージがレッドゾーンだ。
「いってえな。命ってこんなに寝相悪かったのかよ……敵ながら同情するぜ、言葉麗王。よく中三まで一緒に寝れたな、まったく」
征は布団の上で幸せそうに寝転がる命を見て、お兄ちゃんはタイヘンだと思った。
「にしても、まさか命と同じ部屋で寝ることになるだなんてな……ナイスハプニングだぜ。一瞬地獄見たけど」
ことの始まりは、先輩と一緒に寝たいです! という賢見の発言からだ。当初は命と賢見が同じ部屋で寝るはずだったが、あまりに賢見が命と寝るのを拒絶するので、命が征と同じ部屋で寝て、賢見に命の部屋で1人寝てもらう。という運びになった。
ベッドは命が占拠し、代わりに床に布団をしいて、そこで征が寝ることになったのだが、まさか浴びせ蹴りで叩き起こされるという超展開は征も予想できなかった。ほっぺたに吸い付かれたのも予想できないラッキーだが。
「まだ6時か。賢見はどうしてるかな」
「……お兄ちゃん」
「うを!? 今度は何!」
スマホで時刻を確認し、賢見の様子を見に行こうとした征だったが、足首を命に捕まれ一瞬動きを止める。
「行かないで……行かないでよ……お兄ちゃん……」
「お……おいおい、どうしたんだよ」
「命を……1人に、しないで……」
さっきまで幸せそうだった命の寝顔が、ゲリラ豪雨のような涙によってみるみる泣き顔に変わっていく。
「命……本当は、今でも麗王のこと……」
征は命にそっと布団をかけてやると、静かに部屋を出た。そして、部屋を出て決意を新たにする。
「オレが止めてやるよ。お前の兄ちゃん……お前にもらったこの力で」
掌の上に乗った小さなガラス玉。それを握りしめると、征は命の部屋のドアの前に立ち、そっとノブに手をかけた。
命の昨日の発言では、一日あれば肉体変化は解除されるとのことだった。ならば、もう元の体に戻っているはず。
征はあまり深く考えずにドアを開いた。
「元に戻ったか、賢……み!?」
「あ……おはようございます。先輩」
ドアを開けた瞬間、征は時間が止まったような感覚に襲われた。
「ぼく、ぼく……どうしましょう……」
なぜなら、賢見が生まれたままの姿で、部屋の中心に立ち尽くしていたからだ。
「ご、ごめん!」
ドアを速攻で閉め、荒い息を整えながら征は今見た光景をどうするべきか考えた。そして、初めて見た女性の裸にもんもんとする。
「賢見にアレがなかった……なかった……ていうか賢見って、本当は女じゃねーのか……?」
『どうしたんです、先輩? 男同士ですよ。そんなに慌てなくても』
ドアの向こうから聞こえてきた賢見ののんきな声に、征はすかさず反論する。
「だから、今のお前は女なの!」
『ぼくは、男の子です!』
「もうそれ何度目だよ……とにかく、服着てくれよ、な?」
『はい』
昨日と同じ学校のジャージに着替え、賢見は部屋から出てきた。そして、出てくるなり半泣きになる。
「ぼく、ずっと女の子のまま、なんでしょうか……」
「いや、どうだろうな。命が起きてきたら対策を考えてもらうか……まあ、今はとにかく朝飯でも食おうぜ? 腹が減ってはなんとやらだし」
「それならぼくに任せてください!」
台所に移動すると賢見はエプロンを着け、てきぱきと朝食の準備をし、征の目の前に次々とうまそうな朝食を運んでくる。
「お前、女子力高いな……」
「ぼく、お料理大好きですから!」
半熟のとろとろした卵焼き。脂ののった鮭の塩焼き。ごはんとみそ汁は昨日の残りではあるが、2つのおかずが朝の食卓を豪華に彩る。
「うめえ……命のチョコごはんに比べたら、月とすっぽんだ」
口の中に入れた途端、卵焼きはとろけて絶妙なハーモニーを奏で、鮭の塩焼きもこれでもかというくらいにご飯を進ませる。
「その比喩に使うことわざ、少し違う気がします。けど、先輩に喜んでもらえて、嬉しいです」
賢見はおぼんで顔の下半分を隠し、嬉しそうに照れていた。
「おはよう~。ちょっと待っててね。すぐにごはん作るから……って、あら! おいしそうな卵焼き!」
征が口をあんぐり開けて最後の一切れを流し込もうと瞬間、母が起きてきて横から卵焼きをさらわれてしまう。
「ちょっと、何するんだよ!」
「あら、あらあら!? これ、賢見ちゃんが作ったの?」
「無視するなよ!」
征は母に猛抗議をするが、母は意に介さぬ様子で今度は鮭の塩焼きに襲い掛かった。
「おはようございます、お母様。勝手に食材を使ってしまって、ごめんなさい」
「いいのよ~! それにしても、お料理上手なのね~賢見ちゃん。いいお嫁さんになるわよ、きっと」
「いえ、ぼくは……お嫁さんをもらうんです」
「味の皇帝と呼ばれた天道勝子さんをうならせたのは、あなたで二人目ね……!」
「だからなんだよ味の皇帝って、中学生か」
征はため息を吐くと、学校の準備を始めるため、部屋に戻った。その後、起きてきた命と賢見を連れ、早めに家を出て学校へ向かう。
「それにしても……まだ肉体変化が解除されていないとは驚きです。……本当に賢見さんは、男性だったのですか?」
「本当です! それよりぼく、このまま学校に行っても……どうしましょう?」
通学路の途中で立ち止まり、賢見は命の顔を見て意見を求める。
「そうですね……。もしかしたら、午前中に解除される可能性もありますし……学校のどこかで時間をつぶしてもらったほうがいいかもしれません。私も他に手立てがないか考えてみますが……そうですね、昨日私たちが言玉の練習に使った空き教室なら、人も来ないでしょうし。ひとまずはそこに行きましょう」
「そうだな。とりあえず、そこに行くか。賢見、昼休みになったら様子見に行くから、それまで1人ぼっちだけどガマンしてくれな。暇ならゲーム貸すぜ」
「いえ、自習しますので大丈夫です。読みかけの恋愛小説もありますし」
賢見はカバンから本を取り出すと、微笑みながらそれを征に見せた。
「そ、そうか。お前、男なのに恋愛小説とか読むんだな……」
「女子の間で流行ってるんですよ、それ。ヒロインの真沙美と幼馴染の涼太のすれ違いの恋が、見どころなんです」
「そうなんですよ! それで――」
本の表紙を見た命が話に乗ってくると、賢見とガールズトークを始める。それは端から見ても、まぎれもなく女の子同士にしか見えない。
女の子が苦手な割に、中身はめっちゃくっちゃ女の子じゃないか。征はそれを口の中で殺して言葉にすることはなかった。
それから征と命は賢見を空き教室に送り届け、午前の授業を受けた。そして、昼休み。
チャイムが鳴ると同時、征の腹も鳴った。
「うおおおお、腹、減ったああああ!!」
朝食はすべて消化しきり、新たな消化物を求めて胃が叫び狂う。
「天ちゃん、ごはん一緒に食べようよ。って、何叫んでるのよ」
征が戦闘モードの腹を押さていると、乙女と時任がやってきて、目の前のイスに陣取った。
「いや。オレちょっと行くとこあるから、ごめん!」
「えぇ? ちょっと! せっかく天ちゃんの分も――」
征は乙女の話を最後まで聞くことなく席を立ち、購買に向けてダッシュする。
「んもう! バカ天ちゃん!」
征の机の上には明らかに多すぎる量の弁当が置いてあり、それが一体誰の分であるかまでは、空腹のせいで頭が働かなかったのだろう。というか、全て乙女の食糧と勘違いしたのだろう。
「賢見のやつ、きっと腹を空かしてるだろな。何か買って、持って行ってやるか」
「助けて! 助けてください!!」
ダッシュしていた征の目の前に、美少女が現れた。
「え?」
金髪碧眼の美少女である。金髪のさらさらしたロングヘアが魅力的な女の子だ。流暢な日本語をしゃべっている様子からして、ハーフかクオーターか。そう考えていた矢先。
「よう、先輩。昨日は世話んなったな」
「お前ら、昨日の!」
廊下の片隅。購買戦争によって限定的にできた人気のない空間。そこで征は風間と土屋の2人に出くわした。
「お願い、助けて!」
「おっと、逃がさねえよ」
美少女は風間に捕まってしまい、悲鳴を上げる。
「いや! やめてよ!」
「何やってんだよお前ら。その子、離してやれよ」
「ただじゃあ嫌だね。交換だ。この女の無事と昨日おれらから奪った言玉。どうだい、いい買い物だろ?」
へっへっへ。と、風間は笑い、右手を差し出してきた。
「早くしろよ。でねーとこの女にキモチのいいことしちゃうぞ? ん?」
土屋はそう言うと、美少女の制服の上から胸を触ろうとする。
「い、いや!」
美少女の顔が嫌悪でゆがみ、うっすらと涙が流れた。
「わかったわかった。返してやるよ。だから、その子を離せ」
征はズボンのポケットに手を突っ込むと、2つの言玉を取り出し握りしめる。
「商談成立だ、先輩。さあ、その言玉をさっさとよこしな」
「ほら、受け取れ」
征が言玉を2つ同時に放り投げると、風間と土屋はそれぞれキャッチして唇を歪ませる。
「バカな奴だぜ。昨日のポニーテール女はいねえ! 今度こそぶっ殺してやる! やるぞ、土屋」
「おう!」
2人が同時に有言実効と口にすると、異臭が廊下に漂った。
「う、うわ!? 風間、お前何屁なんかこいてんだ! くほっくほっ! 臭え……」
「て、てめえこそなんだよその滝みてえな汗! バカじゃねーのか!?」
風間の屁と、土屋の汗のせいで、廊下は激臭漂う地獄と化す。
「て、てめえ。ふざけやがって! 『屁』の言玉なんざよこしやがって! おれの『風』を返せ!」
激臭の中風間は憤慨するが、自分の屁を止めるのに精いっぱいで、動こうとしない。
「へへ。命にもらった『屁』と『汗』がここにきてようやく役に立ったな。さ、こっちだ。今のうちに逃げよう!」
征は美少女の腕をつかむと、その場から逃げ出した。
「ここまでくれば、大丈夫かな」
中庭に到着すると、美少女の手を離し息を整える征。
「ありがとうございます、先輩」
改めて美少女を見ると、後輩のようだ。名札には1年2組と書かれている。
「いやいや、どういたしまし――て!?」
征は名前を確認しようとしたが、急に美少女に首をつかまれ、それはできなかった。
「真紅はどこ?」
さっきまでとは別人のように、美少女は低めの声で征を脅す。
「な、なんなんだよ君はいきなり! オレ、女の子に首つかまれる趣味はないんだけど!? 2組の奥田くんなら美少女にいじめられたいって喜ぶだろうけど、オレは痛い!!」
「真紅はどこかって聞いてんの!」
「真紅って、賢見のことか? 君は一体……うわ!」
美少女は返事をする前に、征を中庭の地面に投げ捨てた。
「あいつには至玉の所持者になってもらわなきゃ困るんだ。あたしの目的のために」
「至玉……って、お前。まさか、麗王の仲間か!?」
美少女は邪悪な笑みを浮かべると、ペンダントを取り出して首にかける。
「あたしは龍ヶ峰。
「『龍』!?」
龍ヶ峰の持つペンダント。その中心には『龍』の言玉がくくりつけられていた。
「有言実効」
まばゆい光が中庭に満ち溢れる。光の中で龍ヶ峰の肉体に変化が起こり、制服の袖が破れ、緑色の鱗に包まれた凶悪な右手が現れる。
「花のJKがこんな姿さらしてんだ。あんたをさっさと喰って、真紅の居場所を吐いてもらうよ」
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