第14話 心は男、体は女

 征達は賢見と一緒に教室へ戻ると、そこで命に賢見のことを報告した。


「まさか、本当に性別が変化するなんて……」


「あぅ! や、やめてください! そこは、触らないで……あぅ!」


 命が賢見の体を触ると、賢見は頬を紅潮させ、艶やかな声を上げる。


 征はそれを横目に指をくわえて見ていた。


「兄から話には聞いていましたが……実際に目にすると、やはり信じられませんね。あなた、本当に男の子だったのですか? どう見ても、女性にしか……」


「だから、あぅ! そう言ってるじゃないですか。ぼ、ぼくは男の子なんです!」


「でも、女の子にしか見えないよ真紅ちゃん。ほら? ここにいる女子の誰よりも胸、大きいし……いいな」


 時任も命と同じように賢見の体に触り、賢見は頬を紅潮させ、切ない声を上げる。


 征はそれを横目に指をくわえて見ていた。


「わたしも、今のうちに真紅ちゃんに触っとこー」


 今度は乙女も混じり、賢見の体を触りまくる。


「や! 先輩たち、やめてください~!」


 たちまち賢見は女子包囲網にかかり、もみくちゃにされまくった。賢見はたまらず頬を紅潮させ、しびれるような声を空き教室に響かせる。


「おいおい……何やってんだよ……」


 少女たちの未知の行為に征はとうとう我慢ができず……。


「じゃあ、オレも今のうちに触っとこー」と口走ってしまうが、次の瞬間ギロリ、と。命、時任、乙女の鋭い視線を受けて征は一瞬たじろいだ。


「「「変態」」」


「あは、そんな睨まなくても。ほらほら皆、可愛い顔が台無しですよー?」


「助けて、先輩!」


「うおっと!?」


 女子包囲網を突破し、真紅は征の胸に突撃するように抱き付いてくる。柔らかく暖かい感触があって、征は正真正銘、賢見が女の子であることを実感した。


 男にはあり得ない巨大な2つの果実と、全身から発せられるいい匂い。それに、賢見の元来気弱な性分もあって、女子よりも女子らしいくらいである。


「ぼ、ぼく。女の子、苦手なんです。先輩、助けてください!」 


「いや、君もその女の子なんだけど……とにかくさ。なんでこうなったのか、話してみてよ」


「は、はい」


 賢見は征から離れると、近くにあったイスに座り、口を開いた。


「二日ほど前のことです。クラスの懇親会でカラオケに行った帰り。たまたま同じ方角だったクラスメイトの風間くんと土屋くん。それに平和ちゃんとぼくは、4人で駅前を歩いていました。そこに、キレイな男の人が現れて、ぼくたち4人に1つづつ言玉を渡したんです」


「私と一緒だね……じゃあ、あなたも麗王から?」


「はい」


 時任の質問に賢見はうなずくと、話を続ける。


「その時ぼくがもらったのが、『女』の言玉でした。本当は使うつもりなんて、なかったんです。けど、平和ちゃんが無理矢理……。あ、平和ちゃんはぼくの幼馴染の女の子です。それで、使ってみたはいいんですけど……元に戻れなくて、焦って男子トイレから飛び出したところを先輩にぶつかったんです」


「そっか。そうだったのか」


「ぼく、これからどうしたらいいんでしょう? 体がずっとこのままだと、家にも帰れません……学校だって……」


 賢見は自分の体を抱きしめると、訴えるように命を見た。


「まあ、確かにいきなり家族に、女の子になったなんて言えないよな。うちは喜ぶかもしれないけど。母さん、息子より娘が欲しかったっていつも言ってるし」


「先輩も、そうなんです、ね……」


 征の言葉に一瞬、賢見は驚くが、すぐに安心した表情になる。


「時間がくれば自然に肉体変化は解除されるのですが……どうもあなたの場合、言玉との相性が良いのか、変化時間は相当長いようですね。もしかしたら、今日一日はずっとそのままの可能性も……」


「そ、そんな!」


 命の言葉に賢見はうなだれると、今度は涙目になって征を見た。


「先輩、ぼく……ぼく……うう」


「わ、わかった。とりあえず、今日は家に泊まりなよ。親にはメールで友達の家に泊まりますって連絡してさ。うちは狭いけど、命の部屋で寝ればいいんだし」


「歓迎しますよ、真紅さん。ふふ、まるで妹ができたみたいです。私、妹が欲しかったんですよ。一緒に服を買いに行ったり、恋の話をしたり……」


 命が賢見の頭を優しくさすると、賢見は拒絶するように頭を振って手をふりほどいた。


「い、いやです! 女の子と一緒に寝るなんて! 先輩の部屋で寝たいです……」


「でも、君は女の子なわけで……」


「ぼく、男の子です! それに、いい子にしますから、お願いです先輩!」


「いや、いい子にしてるって言われても……子供じゃないんだから」


 賢見の頑なな態度に、征はやれやれといった感じに肩をすくませると頷いた。


「わかったわかった。とにかく、オレの家に行こう。どこで寝るのかは後に回すとして……さっきの話。風間と土屋と後……平和ちゃんだっけか? その子はどんな言玉を持ってるんだ?」


「いえ。平和ちゃんは何も持っていませんよ? 麗王さんから一度受け取って、すぐに返しましたから」


「そっか。なら、今のところ大丈夫か。あの二人のは取り上げたし」


「風と土、でしたね。土は征。あなたが持っていてください。風は京極さん、あなたにお願いします」


「え!? オレ、風がいいんだけど!」


「どうせあなたのことです。女子のスカートをめくる以外の用途はないのでしょう?」


「いや、そんなことは……」


 命にすっかり見透かされていて、征は落胆した。


「ありますね。まったく……真紅さんの貞操が心配です。いいですか? 何かあったら股間を蹴り上げて、すぐに私に助けを求めてください。兄曰く、急所らしいので」


「え? 股間を……それ……すごく痛いと思いますけど」


 賢見は真っ赤になってうつむくとそう言った。


 それを聞いた命は首を傾げ、征のズボンのチャックを凝視する。


「何故です? 男性のズボンのチャックには何が詰まってるというんです!?」


「え、いや……まあ、人類存続のカギを握る素敵アイテム……かな? あははは。ていうか、命……お兄さんと一緒にお風呂に入ったことあるんだよな? その、見なかったのかよ……」


「いえ? 入浴時は私も兄もバスタオルを巻いていたので……」


「そ、そっか。まあ、それよりあれだ。今日のところは賢見もいるし帰ろうぜ。風と土も手に入れたんだし」


「賛成―。早く家に帰って、腹筋と腕立てしたいんだよねー」


 乙女が意気揚々と手を上げ、時任もそれに小さく頷いた。


「だめだよ乙女ちゃん。明日、テストがあるんだから勉強しないと……ね?」


「げー!? だ、大丈夫。根性と熱血でなんとかなるよ! ていうか、なんとかする!」


「では、行きましょうか皆さん。そして征。覚えていなさい」


「は? 何をだよ」


「そのズボンのチャックの秘密。私が必ず暴いて見せます!」


「あ。暴くな! だから、命は天然エロ妹なのか!」


 征たちのやりとりを見て、賢見はくすりと笑った。

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