第12話 新たな力を求めて

「あなたはアホですか?」


「いやいや、頑張ってるオレにいきなりアホはないだろ?」


 征たちが言葉麗王と戦う意志を固めた翌日。彼ら4人は放課後、空き教室で命から言玉の講習を受けていた。


 征は命から新に預かった言玉を試している最中で、本人としてはしごく真面目なつもりだ。


「『胸』の言玉で、自分の胸を巨乳にしてゆさゆさと揺らしている男を、どこからどう見れば頑張っているように見えると言うんです? 私には、ただのアホとしか思えないのですが」


「いや、武器のスペックを知っておくのは必要なことだろ? もしこの言玉を使う状況がきたら、どう使うか真面目に考えていたんだよ、オレは」


 命は征から無言で胸の言玉を奪い取り、腕を組んで溜め息を吐く。


 言玉を奪われた瞬間、征の胸は急激にしぼんで野郎の標準サイズになった。


「征。いいですか? こうしている間にも言玉による被害は増えていく一方です。悔しい話ですが、今は兄の掌の上で踊るしかありません。おそらく次に兄が動くのは、新たな至玉所持者が現れた時。その時に備えておかなければいけないのですよ、私達は」


「それは解ってるよ。けどさ」


 征は右手に握り締めた2つの言玉を見た。


「オツの奴に力の言玉と技の言玉を持たせるのはまあ、納得するよ。あいつ脳筋だし。時任さんには痛の言玉。んで、命は火の言玉と色の言玉だろ? で、オレに回ってきたのが……胸の言玉と……」


「『汗』の言玉ですね」


「なんだよ、これ。これ使ったら何が起きるの?」


「大量に汗をかきます」


 命は素っ気無くそう答えた。


「それで?」


「それだけです」


「……」


 一瞬どうリアクションしていいか迷った征は、とりあえず話を進めてみることにした。


「じゃ、じゃあさ。この『屁』ってのは何!」


「止めどなくおならが出ます」


 命は素っ気無くそう答えた。


「それで?」


「それだけです」


「……」


 一瞬どうリアクションしていいか迷った征は、とりあえず話を進めてみることにした。


「ねえ? オレはこれでどうやって戦うっていうの!? 胸揺らして汗かぎながら屁でもこげってのか!」


「贅沢を言わないでください。残された言玉の中であなたが使える物は限られているのですから。実用的な物、戦闘用の物はほとんど兄が持ち去ってしまっているんです」


 ぐぐぐ、と。言葉にならない声を口の中で殺して征はこらえた。


「じゃあ、色! 色をオレにちょうだい! 命は火持ってるんだし」


「ダメです。どうせあなたのことですから、透明人間になって女子更衣室へ侵入するつもりでしょう?」


「そんなことしないって! オレの真剣な目を見てよ!」


 征は真面目な顔になって、命の目を見た。


 しかし命は鼻で笑って返す。


「確かに真剣ですね。真剣に女子更衣室へ侵入しようとする変態の目です」


「うぐ。なんで解るんだよ……透明人間になったら普通やるだろ! あ、そうだオツ! お前の力とオレの屁。交換しようぜ!」


 征は、教室の窓辺で時任と楽しそうにおしゃべりしていた乙女を捕まえて、そういった。


「ひどいよ天ちゃん! わたし、乙女なのに! 屁なんてイヤだよ!」


「オレもイヤだよ!」


「あ、じゃあ。天道くん。私の痛、使う? 天道くんが望むなら、交換しても……」


「い、いやいや! それは時任さんのイメージに合わないよ! オツならありだから! そういうキャラだから!」


 時任が征の目の前に痛の言玉を差し出してきたので、征は慌てて首を振った。


「ちょっと天ちゃん。わたしならありってどういうことよー!」


 乙女は顔を真っ赤にして怒ると、不良みたいに征の胸倉をつかむ。


「言葉通りの意味だよ! この脳筋オツ女! これが乙女のすることか! ぐぼ!? 絞まってる絞まってる!」


「いい加減にしてください!」


 命が一喝すると、スピーカーの電源を切ったように教室は静かになった。


「まったく、仕方がありませんね。とりあえず京極さんの力の言玉を征に渡してください。当分はそれでやっていくしかないでしょう」


 征は乙女から力の言玉を受け取ると、『屁』の言玉を乙女に渡そうとした。


「だから、いらないってば!」


「ち」


「現段階では、まだまだ心許ないですが……敵から言玉を奪っていけば、戦力の増強にもなります。今後、使えそうな言玉があれば各々の適正に合わせて配分することにしましょう。その時までガマンしてください」


「あ。ねえ、命ちゃん。その、今は他に何があるの?」


 命がそういうと、時任が手を挙げて質問する。 


「征に渡した3つの他には、『男』ですかね。ちなみにこれは『龍』の眷属で、女性が使えば性別を男性に変化させることができるのですが……ただ、誰にでも使えるという訳ではありません。言玉には相性がありますから。特に『龍』系統は、相性の合う人間はあまりいないので」


「性別を変化って、そんなこともできるんだ……ねえねえ、命ちゃんのこと、命えもんって呼んでいい?」


「やめてください、なんですかそれは」


 乙女が感心したように頷いてそう言うが、命は嫌そうに首を振った。


「『龍』……それも、至玉の1つか。もし至玉所持候補者が、オレ達と同じ様に麗王に立ち向かう人間なら、心強いよな」


「そうですね。けれど……どうでしょうか? 世界の理を破壊する事ができる力を手に入れたら……例えば征。もしあなたが『時』を手に入れたら何をしますか?」


「時間を止めて、女の子に抱きつきまくるかな。あ、もちろん冗談ね! 目が怖いよ、命ちゃん。ほら、スマイルスマイル!」


 思わず本音をポロリしてしまった征は、命の殺気を全身に受けて即否定した。


「まあ、このように我欲を満たすべく動こうとする輩もいるわけです。決して甘い考えを持たないことですね」


「天ちゃんサイテー」


「天道くん……」


「そうだな……っと、悪い。ちょいトイレ」


 女子一同から非難めいた視線を受け、征はいたたまれなくなって廊下に出た。


「あー。屁なんか使わされずに済んでよかった。だいたい、なんでオレだけ変な言玉握らされなきゃならんのよ、命のドケチめ」


「わ!?」


「うお!?」


 ぶつぶつ文句を言っていた征は、トイレの入り口で女子とぶつかってしまった。


「あ、ごめん! 大丈夫、君?」


 目の前にジャージ姿の女の子がおり、おでこを抑えている。ジャージには1年2組賢見真紅と書かれていて、後輩のようだった。そして、かなり可愛い。


「はい、大丈夫です。先輩こそ、ケガはありませんか?」


「ああ、オレは平気。ごめんな」


「いえ、どうか気にしないでください。突然飛び出した僕が悪いんですから」


 彼女は立ち上がると、ショートカットの頭を礼儀正しく下げ、足早に去って行った。


「けっこう可愛い子だったな。1年生、後輩か」


 走り去る後輩の背中をしばらく見ていると、廊下の曲がり角で彼女は突然立ち止まった。


 すぐにそれが2人の同級生に呼び止められたのだと征は気付くが、どうも普通の雰囲気では無い。左右から男子生徒に肩を抱かれ、無理矢理どこかへ連れて行かれようとしている。


「気になるな」


 征は3人の後を追ってみることにした。


 男子2人に女子1人がたどり着いた先は、屋上。彼ら以外は誰もいない。


「何やってんだ、あいつら?」


 征は気付かれないよう、屋上入り口の扉から様子を見る事にした。


「やめてよ!」


 征にぶつかった1年生女子は、男子2人に屋上の床に投げられ、仰向けになって倒れる。


「賢見~。お前の玉の力、それなのかよ? えらく可愛くなりやがって~。マジそそるじゃねーかよ!」


 男子の片割れが賢見の体をいやらしい目で見る。


「や、やめてよ土屋くん! どうして、こんなことするの! 風間くんも、どうして!」


「どうしてってそりゃ。楽しいからに決まってんだろ? 麗王って人が言ってたじゃんかよ。好きなことを好きなだけやれって。おれ達は選ばれたんだぜ?」


 風間と呼ばれた男子は下品に笑うと、ズボンのポケットから『風』と書かれた言玉を取り出した。


「言玉……! あいつ、あれを使って悪さでもするつもりか。風っていえば……エロイ風でも起こしてスカートでもめくるとか? ちくしょう、オレの屁と交換しろ!」


 征はこの世の理不尽を嘆き、風間の言玉を物欲しそうに見つめた。


「賢見~。大人しくおれらのいう事聞けや? でねーと、痛い目みるぜ」


「やだよ。だって、僕は……」


「しゃあねえ。有言実効」


 風間の掌からバスケットボールサイズの風の塊が生まれる。


「有言実効!」


 征はグローブをはめて屋上に飛び出すと、賢見の前に立った。


「やめろ!」


「あん? なんだよ先輩。邪魔すんのか? なら先に、あんたから痛め付けてやるよ!」


 風の塊が征に向けて放たれる。


 征はそれを力の言玉で増幅した筋力で、殴り返した。


「な!? こいつも言玉持ってるのかよ……土屋、2人でやるぞ」


「おう」


 風間は征に攻撃が通用しなかったことに多少驚いたが、すぐに仲間の土屋に援護を求めた。


「有言実効……」


 土屋の両手に土の塊がからみつき、蛇のようにうねる。


「風の言玉と、土の言玉……2対1、か」


 征は距離を取りつつ、相手の出方を窺った。


「ん? 天道、征? そういやー麗王さんが言ってたな。天道って奴を見かけたら、遠慮なく殺れってよ。あんた、あの人になにやらかしたんだ?」


 風間は征の名札を見てニヤけると、風の塊を放った。


「っと!」


 征はそれをかわしつつ、風間に接近する。


「オレが知るか!」


「土屋、おれを守れ!」


 風間の顔面に征の拳が直撃する寸前。土屋の右手が土の壁となり、征の攻撃を無効化する。


「こりゃ、厄介だな……」


「天ちゃん!」


 足元に影ができて、ふと視線を空に向けると、乙女が落ちてきた。


「オツ。って、お前どこから降ってきた!?」


「んー? えっとね、技の言玉の実験しつつ、校舎の壁でロッククライミングしてたの。そしたら、天ちゃんのピンチに遭遇ですよ!」


 乙女が屋上の扉からではなく、フェンスの向こう側からジャンプして参上したので、征は驚く。


「相変らず脳筋だな……それが乙女のやることか。とにかく、助かる。まずはこいつらをぶちのめして、言玉を奪うぞ」

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