第11話 永遠の命

「今私に話せることを、全てあなた達に話したいと思います」


 公園の件から1時間後。征たち4人はこれからのことを話し合うため、天道家の命の部屋にいた。


「ん、んーと。その前にさ、命ちゃん。ちょっとキツキツじゃない? さすがにこの部屋に4人はちょっと……」


 乙女が少し体を動かそうとしただけで、征のひじとニアミスして、ドギマギしながらそう言う。


「そうだ。イイコト考えた! オレの膝に言葉さんか時任さんが座るってのはどう? そうすれば場所はとらないよ!」


「あなたはアホですか?」


「う」


 意気揚々と声を上げ、我ながら素晴らしい提案をしたと思った征は、命にめちゃくちゃ睨まれた。


「時任さんも、この変態原始人に何か文句でも言っておあげなさい」


 命に話を振られ、時任は一瞬きょとんとするが、頬を赤らめてもじもじする。


「え? えーと。そうかなあ。天道くんが望むなら……私、座っても……いいよ? 私、お父さんのお膝、大好きだし」


「マジ!? カモン、時任さん!」


「だめです! 私達は高校生なんですよ!? 清く正しい男女交際を経て、運命の殿方と結ばれる……まずは恋文のやりとりから始めなくては! それに、こんな男の膝に乗ったら、妊娠してしまいます!」


「ひでえなおい!? つーか、そんなんで妊娠するか!」


「ていうかさー、天ちゃんよー。何でわたしはスルーなんですかね?」


「だってお前。重そうなんだもん」


「ひどい! 乙女に向って重そうだなんて!」


「いい加減にしてください! 話が進みません!」


 乙女が顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃー叫ぶと、命が一喝して部屋の空気が引き締まる。


「確かに少し狭いですが……まったく片付いていない誰かさんの部屋よりこっちのほうがマシでしょうし。彼にだって、見られたくないものもいっぱいあるでしょうから」


 命はジト目で征を見る。


「う。ま、まあ。そういうわけだ。ガマンしてくれよ皆」


 征は右に時任、左に乙女、正面に命と女子率の高い部屋にいて嬉しいものの、少し肩身が狭い思いをしていた。


「それより言葉さん。シリアスに行こうよ。今はもっと、話さなきゃならないことがあるだろ?」


 征は自分のことを棚に上げて、真面目な顔をした。


「そうですね……天道さんには黙っていましたが……今回の件は全て私の兄、言葉麗王によって仕組まれたことです。目的は言わずもがな。全ての十二至玉を己の手にすること。そして、『神』の言玉を手に入れるのが最終目的でしょう」


「十二至玉……そういえばあの人。私を見て、『時』の少女って言ってたよ。天道くんには、『天』の少年。京極さんには『極』の少女……って。命ちゃん。あれはどういう意味なの?」


 時任が思い出してそう質問する。


「十二至玉が1つ、『天』。そして『極』。さらに『時』。あなたたちは、至玉を手にする資格と資質があると、兄は踏んでいるのでしょうね」


「オレ達が至玉を……?」


「悔しいですが、兄のやっていることはことごとく的を射ているようです。この街の人間に言玉を与えて、至玉所持者を作りだす……おそらくはこれから先、『龍』や『零』。そして私が知りえぬ至玉の所持者が現れる可能性は高い……兄を含め、彼らが私欲の為に至玉を使うとなれば、これを阻止しなければならない。そうなった時、私一人ではおそらく太刀打ちできないでしょう」


「だったら、オレが――」


「ダメです」


 命は征の言葉を待っていたように、勢いよく制した。


「まだ何も言ってないだろ?」


「だったら、オレが『天』の言玉を手に入れる。そう、言うつもりだったのではないですか?」


「あ、ああ」


 征のその言葉を聞いて、命は喜びと呆れが混ざった顔で溜め息を吐いた。


「至玉は、普通の言玉とは次元が違う力を持っています。神の力の片鱗をその身に宿す。これすなわち、至玉を手にするという事は、人を捨てるのと同義です。あなたに……人間をやめる覚悟はありますか?」


「え? 何言ってんだよ言葉さん。いきなり話が吹っ飛びすぎだよ」


「天道さん」


「い!?」


 いきなり命は征の右手をつかむと、自分の左胸の上に押し付けた。


「あ……」


 柔らかく、暖かい。右手に広がる未知の感触に征は一瞬興奮を隠せなくなるが、すぐに異変に気付く。


「え? これって……心臓が」


「そうです。私の心臓は動いていません。私はね、天道さん」


 命は意を決して、小さな口を開くと、搾り出すように声を出した。


「一度、死んでいるんですよ……」


 その言葉に部屋にいる命以外の3人は息を飲んだ。


「うそ!? だって命ちゃん、今元気に動いてるじゃん! 手だってこんなに暖かい! 足だってちゃんと付いてるよ!」


 乙女が命の手を取り、スカートの上から太ももを触った。


「十二至玉が1つ、『命』。それが私の持つ至玉です」


「え? 言葉さんの至玉?」


「はい。この至玉の力は、永遠の命……つまるところ、不老不死です。私の心臓に埋め込まれた『命』によって、私はかろうじて生きていられるんです」


 命は征の右手を胸から離すと、自分の体を抱えてうずくまった。


「なぜこうなったかは解りません。でも、気が付いたときには私は死んでいて……私は死なないバケモノになっていたんです。そこに至る経緯も記憶にない。雨の降る事故現場で、私の周りには父と母の変わり果てた姿があって……目の前には、右目を失った兄がいました。そして、兄は笑いながらその場を去って行ったのです……後に一族が管理していた言玉が兄によって持ち出されたことを知った私は、かろうじて残っていた言玉を集め、この街にやってきたのです」


 征は震える命の背中を見て、どう声をかけるか迷った。


「不老不死。それは、人類にとって夢のような力かもしれません。でも、私には呪いとしか思えない。友達が老いていっても、自分の子供が大人になっても、孫が死んでいっても……私は永遠に少女のまま……死にたくても、死ねない。解りますか? 至玉を手にして常識を超えた力をその身に宿しても、待っているのは幸福とは限らないんですよ?」


「それは……」


「『天』の言玉は、天変地異を司る言玉です。所持者がその気になれば、世界地図を変えることだって不可能じゃありません。1つの大陸を沈めたり、新たな島を作り上げたり……」


 命は泣きそうな声で続ける。


「『極』の言玉は、身体能力強化の究極形。拳一撃で装甲車を砕くのは容易で、いかな武器を持って挑んでも、絶対に負けない。何より、現代兵器では傷一つ付けられない強靭な肉体を得ることができるのです。例えそれが核であっても。『時』の言玉は、時間の停止。時の牢獄から抜け出せるただ1人の時間の支配者。そして所持者がその気になれば、時間の逆行も可能になる」


 命は顔を上げると、両目から止めどなく涙を流した。


「私は……あなた達をこれ以上巻き込みたくない。だって、せっかくできた友達なんですから……バケモノは、私1人で充分なんです」


「それでも……言葉さんを……命を1人であの兄貴と戦うなんて……できないだろ?」


 征は、床に視線を向けて続けた。


「自分をバケモノだなんて、言うなよ……そりゃ、オレに君の気持ちは理解できないかもしれないけどさ。でも……やっぱり黙って見過ごせないだろ。バケモノでもなんでも、君は言葉命。いや、今はオレの妹だもんな……だからさ、君の力になる」


「ダメ、です……それに言玉の力を解除すれば、私たちはただの他人。ただのクラスメイト、それだけです」


「はは、そりゃそうだな。けどさ。まだ会ってそんなに時間は経ってないけれど。君と過ごした時間は楽しかったよ? ちゃんと思い出があるんだ。同じ時間を共有した大事な人なんだ。そんな大事な人を放っておけないだろ? だから、助ける」


「それでも……」


「それでも!」


 征は顔を上げ、命を見ると笑った。


「方法はあるはずだ。至玉を使わなくても勝てる方法が。考えるしかないよ。もしそれでもダメなら……その時は、オレも覚悟を決める。それにさ。もうこれは君だけの問題じゃない。さっき公園であいつがこの街の人を大量に操ってたけど、あの中に知り合いもいた。昔友達だった奴もいた。言葉麗王はオレにとっても敵なんだ。だから、これは君の為だけじゃない。オレの為でもあるし、この街の人たちの為でもある。あいつを放っておいたら、もっとたくさんの涙と血が出るかもしれない。そんなの、ダメだろ?」


「天道さん……いいんですか?」


「ああ。誰かがやらなきゃいけないなら、オレがやる」


「十二至玉所持者になれば、他の所持者からも命を狙われることになるでしょう。それどころか、他の魔具……魔剣や魔道書を使う連中や、魔人と相対する時がくるかもしれませんよ? 改めて問います。あなたに……覚悟はありますか?」


「ああ。オレは一度言ったらそれを実行する。オツ、時任さん。2人はあくまでサポートだ。もしも、至玉を手にする時がきても手を出すな。オレが『天』を手にすれば、状況はまだマシになるはず」


「ダメだよ」


「オツ?」


 乙女が立ち上がると、手を挙げて言った。


「天ちゃん1人が全部背負う必要なんてないじゃん! わたし、話の半分も理解できてないけど、コレだけは言えるよ! 1人はみんなの為に、みんなは1人の為にってね。天ちゃんが覚悟を決めたのなら、わたしも覚悟を決める」


「……この脳筋。ちゃんと全部理解してから発言しろ」


「脳筋いうなー! 友情と努力は結果を裏切らない! 命ちゃんと天ちゃんが苦しんでるなら、わたしも一緒に苦しむ! 筋トレは、みんなで励ましあってやるもんでしょ! じゅーにしぎょくだか、きわみだかなんだか知らないけど。それが命ちゃんの助けになるなら、わたしはどんなに苦しくてもその道を選ぶよ。絶対に……後悔はしないから」


 乙女が初めて見せた真剣な顔に、征と命は何も言えなくなった。


「ふふ、私。京極さんのように熱くは語れないけど、私も同じ気持だよ?」


「時任さん?」


「私にも『時』を手にする機会があるのなら、迷わず手にするかな。私今、命ちゃんの痛みを感じたから……あなたの痛みがわかるから……。友達って共有するのは痛みだけじゃないはずだよ。命ちゃんの悩みも問題も共有して、みんなで解決できれば。私のちっぽけな力が役に立つのなら。こんなに嬉しいこと、ないよ。だからね、私も、覚悟はできてる。これ以上誰かが痛い思いをしないように」


「みなさん、ありがとうございます……私は、今ほど生きていて幸せだと感じたことはありません。一生分の優しさをもらった気がします。例えこれが夢だとしても、嘘だとしても……」


 再び涙を流した命を見て、征と乙女と時任は顔を見合わせた。


「嘘なわけないじゃん!」


「うん。そうだよ」


「忘れたのかよ、命」


「え?」


 そして3人は言った。有言実行、だろと。

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