第10話 王と命

「言葉……? 麗王……? 麗王って、あんたが? でも、言葉って……どういうことだよ、それ」


「愚妹が君の家でお世話になっているそうで。兄として礼を述べておくよ、ありがとう。天道征くん」


 麗王は礼儀正しく頭を下げると、優しく微笑んだ。


「いえ、どういたしまして? って、何お礼かましてやがんだ! あんたが全ての元凶なんだろ? ラスボスぶっ倒せば、一件落着じゃないか。それなら、ここでオレが!」


 征はグローブから『力』の言玉を抜き取り、『火』の言玉をセットして叫んだ。


「有言実効! 行くぞ!」


 征の右手に炎が宿る。灼熱をまとった右手を繰り出し、麗王に向けて放つ。


 麗王の顔面に炎の拳が直撃しかけた瞬間、彼は口を開いた。


「ひれ伏せ、これは命令だ」


「うを!?」


 征の体は自分の意思とは関係なく、拳を収め、麗王の言葉通り四つん這いになってひれ伏した。


「何だこれ!? 体が動かない!」


「やれやれ。血の気が多いな、君は。命から聞いていないのかい? 『王』の言玉の力を。僕の命令には誰も逆らう事ができない。逆らう事ができるとするならば、それは――」


「十二至玉を持つ者。だから、私ならば!」


 麗王の頭上に銀の一閃が放たれる。それは、命が繰り出した斬撃によるものだ。


「言葉さん!?」


「お久しぶりです、麗王兄さん」


 刀の切っ先を麗王の喉下に突き付け、命が笑う。


「やっぱり……兄妹だったのか……じゃあ、あいつは言葉さんと中3まで一緒の布団で寝ていて、中2まで一緒にお風呂に入っていたのか!? 許せん……オレだって一緒にお風呂入って一緒の布団で寝たいのに!! ふざけんな!!」


 征は1人憎しみを燃やしていたが、言葉兄妹はそろって無視した。


「久しぶりだね、命。感動の兄妹再会にしてはちょっと物騒じゃないかな、これは。これじゃ、お前を抱きしめることができない」


 麗王は優しく微笑みながら、両手を広げる。


「もう私は子供じゃありません! 今日こそ、あなたを……止める」


「いくら可愛い妹といえど、王である僕に逆らうことは許さない。おいで命。お前の大好きだった兄が、ステキなレディーに調教してあげよう」


「私は、あなたを許さない!!」


 『技』の言玉の力を得て、命の刀が嵐のような斬撃を放つ。しかし、それらは全て麗王に命中することはなく、虚しく空を斬るだけだった。


「確かに『王』の言玉には肉体を強化するような力は無い。だが、この程度では僕を殺す事はできないよ、命? だってそうだろう。一度たりとも兄妹ゲンカで僕に勝てたことがあったかい?」


「それでも、私は言葉の人間として責務を果たします!」


 命は後退し、麗王から距離を取ると『技』の言玉を刀から外し、『色』の言玉を変わりにはめ込む。


「有言、実効」


 命の言葉と同時、刀は色を無くし、無色透明となった。


「見えない刃か。御利口さんになったね、命。えらいえらい。これじゃ刀の動きを見切るのは難しい、困ったなあ」


 しかし麗王はそれに動じることなく、微笑みながら手を振る。


「その余裕ぶった態度が、小さい頃からムカついてたんです!!」


 命は見えない刀を構え、一直線に麗王との間合いを詰める。


「天ちゃん~命ちゃ~ん。どこ行ったの~?」


「京極さん!? ダメ、こっちに来ないで!」


 しかし、麗王のすぐ横から乙女が出てきて、命は一瞬動きを止めた。


「おや? いい所に盾があった。僕を守れ。これは命令だ」


 麗王と乙女の目が合うと、乙女は麗王の前に出て両手を広げる。


「麗王兄さん……京極さんを盾にするなんて!」


「おや? お前のお友達だったのか。ちょうどいい。少し生意気な妹を痛め付けてやってくれないかな、可憐なお嬢さん。これは命令だ」


 乙女は無表情なまま頷くと、勢いよく命に向けて蹴りを放った。


「ぐ、う!」


 命は蹴りを刀で受け止めるものの、さらなる連続攻撃が彼女を襲う。


「……」


 常人離れした身体能力で乙女は飛び、蹴り、命を殴り飛ばす。その動きは拳法の達人クラスそのもので、とても女子高生にできる芸当では無い。


「な!? あんた、オツに何した!」


「僕の言玉には世界規模で人間を操る、『民』。数十人に戦闘力を付与して操る、『兵』。わずか4人ほどの人間に超人的な身体能力を与えて操る、『将』。その3つの力がある。あのお嬢さんには、僕の兵になってもらった。それだけだよ」


「兵であれだけの力があるってのか。これが、『王』の言玉……なのかよ」


 征はひれ伏したまま、麗王を睨んだ。


「ふざけんなよ! 実の妹に、オレの大事な友達に、こんなマネしてんじゃねーよ!!」


「うん? 僕は王なんだよ? 民草をどう扱おうが、王の勝手だろう?」


「う、やめてください、京極さん!」


 乙女に攻撃する事ができず、命は彼女に弄ばれるように攻撃を受けていた。


「こんなの……黙って見てられるかよ!!」


 征は立ち上がると、乙女に駆け寄った。


「おお? 僕の命令をしりぞけたか。さすがは『天』の少年……順調のようだね。至玉を手にする日は近いか」


「やめろ、オツ! お前が暴力振るのはいつものことだけど、オレ以外にそんなマネしたことなかったろ!」


「……」


 征は乙女の肩をつかんで揺さぶるが、乙女は無表情なまま征を振りほどいた。


「乙女なんだろ、お前! それが乙女のすることかよ! この脳筋オツ女!」


 征のその一言で乙女の瞳に光が宿り、拳の行き先を命から征に変えた。


「わたし、オツじゃない。乙女なんだもん! ……って、あれ? なんで命ちゃんあんなにボロボロになってんの!? もしかして、小林にやられたの!?」


「お前がやったんだよ……とは言えないな」


「ほう? あの可憐な少女も……そうか。彼女は『極』。なるほどなるほど!」


「天道くん! 命ちゃん! やっと見つけた!」


 時任が息を切らしながら公園にやってきて、合流する。


「彼女は『時』。命。お前は本当にいい友達を持ったね。僕は今ほどお前の兄である事が嬉しい瞬間はない。何せ、至玉所持者候補を3人も集めてくれたのだから」


 麗王は時任と乙女を見て嬉しそうに笑った。


「『天』の少年。『極』の少女。『時』の少女。そして命。お前の『命』。僕の『王』も合わせれば、半分近くがこの街にそろうことになる。楽しみだなあ」


「言葉さん、『命』って?」


「それはまた後ほど。今は、兄を捕まえることが先決です! 時任さん、これを!」


 征は命に問いかけるが、命はそれに答えず時任に痛の言玉を投げてよこした。


「4対1だ。これなら、あの王様を何とかすることだって、できるはず!」


 征は力の言玉を手にすると、前に出た。


「4対1? 違うな。数で僕に勝てるわけが無いだろう」


「え?」


 征たちは一瞬で取り囲まれていた。


「さっき言ったよね? 王には3つの力があると。君達は、この街の人間『全て』を敵に回せるのかい?」


「『民』……」


 征たちの周りには、何百という人間が渦巻いていた。コンビニ店員、小学生、主婦、郵便配達員、女子高校生、ホームレス。


 その誰もが金属バットや包丁、ゴルフクラブを手にして征達を取り囲んでいる。


「確かに数は多いけど、でも、時任さんの『痛』の言玉で動きを止めれば!」


「ダメです。抵抗は……できません」


「命は解ってくれたみたいだね? よかったよかった」


「どういうことだよ?」


「解らないのかい? 彼らは僕の手駒であると同時に人質だ。僕が今ここで死ねと命じれば、彼らは喜んでその命を差し出すだろう。でも、そんな血生臭いのは好まない。素直に出直したまえ」


「何だと!?」


「僕の望みはあくまで十二至玉。君達の命じゃない。新たな十二至玉所持者が現れるまで、僕は静かに見守るだけだ」


 そう言うと、麗王は背中を見せ去って行った。同時に周りの人たちも、速やかに散っていく。


「言葉麗王……あいつ、何を考えてるんだ」

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