第7話 色と痛
学校に到着すると、すでにギリギリの時間で教室に着いてしまい、タイミングよくチャイムが鳴る。
「みんなおはよー、席着いてー」
「獣ヶ原先生……」
扉を開けて昨日とまったく変わらない先生の姿を見て、征は最初戸惑った。
「大丈夫。昨日のことはおろか、言玉に関わる全ての記憶は抹消しておきました。彼女が再び獣になることはないし、過ちを犯すことは無いでしょう」
すぐ後ろにいた命がそう言って、少し安心する。
「彼女が起こした罪は全て、私が背負います。これから言玉で起こされるであろう事件も事故も、全て言葉家の人間である私が受け止めるつもりです」
「言葉さん……でも……いいのかよ?」
「はい。だから、彼女を憎まないでください。彼女が言玉を手にする事が無ければ何も起こらなかったのですから……全ては言玉を管理できなかった我が一族に非があるのです」
「君がそういうなら……」
「ちょっとー、そこの天道兄妹! いつまでもイチャイチャしない! 早く席に着いてー」
獣ヶ原先生にそう言われ、征と命は席に着いた。
「さってと。じゃあとりあえず出席番号一番の子、号令してもらえる?」
「きりーつ、れい!」
「はい。それじゃ今日はホームルームと、身体測定ね。身体測定が終わった子から教科書受け取って、そのまま帰ってくれていいから」
「身体測定か……」
征は隣の席に座った命に視線をやると、胸元に注目した。そして、小さく溜め息を吐く。
「……これからだよ、言葉さん。がんばれ」
「何かとてつもなく失礼な発言な気がしますが……授業中なので控えることにします」
「はーい。それじゃまずはクラス委員決めようか。立候補したい人、いる?」
「はい」
クラス中が誰をスケープゴートにするかどよめき始めた頃、一人の男子生徒がいち早く手を挙げた。
ビシッと伸ばした背と、いかにも勉強してそうなオーラを放つメガネマン。まさに委員長になるために生まれてきたような男だった。
「えーと、一色くんだっけ。他に誰かいないー? ……いないね。じゃあ、男子の委員長さんは一色勝くんで決定。じゃあ、今度は女子ね」
「はーい。女子は、時任さんがいいと思いまーす!」
「え、ええ? でも私……自信なんてない、よ」
「ももか。やりなよー、自分変えるチャンスだってー」
「で、でも……私……」
クラスの女子から押され、半ば強制的に時任という女子生徒がクラス委員になった。
「時任ももか……けっこう可愛いな」
斜め右前に座る時任の横顔を見て、征は少し見惚れてしまった。
いかにも押しに弱そうで、小動物的な女の子である。メガネをかけたツインテールで、身長も150前半くらい。
「はーい。じゃあ、次は清掃委員を決めちゃいましょう」
その後も各委員が決まり、ホームルームは滞りなく終わった。そして、身体測定の時間がやってくる。
「天道さん。解っていますね?」
「え、何が?」
「くれぐれも、言玉でへんなことはしないように」
「いや、『奪』は君に取り上げられちゃったし、オレは何もしないよ」
「だと、よいのですが……」
命は教室を出て、女子更衣室へ向った。
征もまた男子更衣室に向い、そこで着替えを済ませると身体測定をこなして再び教室に戻ってきた。
「ふー。野郎の胸囲とか聞いてもしょうがないしな。さっさと教科書もらって帰るか」
「天道さん!」
購買に行こうと教室を出た征だったが、名前を呼ばれ、たたらを踏んでしまう。
「うお!? ちょっと、誰!?」
「私です」
命が後ろから征を捕まえると、人気のない廊下に連れ出した。
「あなたですね?」
「は?」
「とぼけないでください! 同じクラスの時任さん。彼女の靴下が、忽然と姿を消してしまったんです! 不審者が更衣室を出入りしたという目撃情報はどこにもありません。『奪』の言玉、使いませんでしたか?」
「いや、2組の奥田くんは臭いフェチで靴下もウェルカムだけど、オレならパンツを取るね。だからオレは違う」
「なんですか、そのへ理屈は……でも確かに、『奪』は私が持っているし……じゃあ、一体誰が……」
「じゃあさ、目撃証言がないってことは誰も犯人の姿を見ていないわけだ。言い換えれば、犯人の姿は誰の目にも映らなかった」
「つまり、なんですか?」
「姿を消す。そんな言玉はないの?」
「姿を……もしかしたら……『色』の言玉、かもしれません」
「色?」
「『色』の言玉は、色彩を自由に操ることができる能力を持ちます。赤を黒に、白を黄に。そしてそれは、使用者本人の体の色彩も自由に設定できます。もしかすると、犯人は自分の体を無色透明にしたのかもしれません」
「それだな。じゃあ、犯人は『色』の言玉の持ち主、か……」
「でも、どうやって犯人を捕まえたものか……クラス全員一人一人に聞きまわったところで、知らないと言われてしまえばそれまでですし、持ち物検査なんてできないし……最悪、言玉を飲み込まれでもしたら、お手上げです」
命が顎に手を当て真剣そうに悩んでいると、廊下の向こうから数名の女子の笑い声が聞こえてきた。
「ももかの奴、笑えるよねー。知ってる? あいつに頼んだら、何でもやってくれんの。あたし1年のとき、宿題全部やってもらったし~」
「うそー。いいなあ。んじゃあたしも宿題やってもらおっかなー」
「私も私も~」
征と命が廊下の角から顔を出して様子を窺ってみると、同じクラスの女子が3人、廊下の窓を背にしてゲラゲラと下品に笑っていた。
「さっきのホームルームで時任さんを女子の委員長に推薦した人達……ですね。そういえば、時任さんと4人で一緒にいるところをよくみかけましたけど」
「ふーん。オレの好みの女の子はいないな、あの中には」
3人の女子達は征達に気付かない様子で、なおも下品な笑い声を廊下に響かせた。
「そういや、ももかの靴下盗まれたんだって?」
「やったの誰? やっぱ男子なのかなー。天道とか、怪しいよねー」
「ああ、兄のほう? あいつ目付きやらしいもんねー。昨日も獣ヶ原先生の胸ばっか見てたし、あたしもなんか見られてた気がするー。ったく、あのエロガッパ!」
「誰がエロガッパだ……! あの野郎……!」
「落ち着いてください、天道さん」
憤慨した征の袖を引っ張り、命がなだめる。
「天道といえば、妹のほうもムカツクよねー。あのスカした態度とかさ。友達少ない根暗のクセに、男子にやたら人気あるし」
「しゃべりかたも超ウケる! 何で敬語なんだよおめーは! って感じでさあ!」
「誰が根暗ですか……! あの野郎……!」
「ちょ、言葉さん。何言玉出してるの! 『火』の言玉使っちゃだめだよ!」
憤慨した命の袖を引っ張り、征がなだめる。だがその時、突然廊下から悲鳴が聞こえてきた。
「痛い!」
「ちょ、どしたのキョーコ!? あ!? 頭が……痛い!」
「痛い、痛いよ。 いや、いやあああああああああ!!」
「何だ!?」
征は命をなだめるのをやめ、慌てて廊下から飛び出した。すると、3人の女子生徒が床にうずくまり、陸に打ち上げられた魚のように飛び跳ねていた。
「痛い! 助けて! 足、足が痛いよ! 骨が、骨が折れる!」
「頭が、割れそう! 助けて……」
「お腹が、破裂しそう……やめて、やめてええええ!!」
3人の女子生徒はそれぞれ足や頭、お腹を抱え涙を流していた。
「大丈夫ですか!?」
命が足を抱えて暴れまわる女子にかけより、彼女の足を見る。
「これは……」
征もまた同じ様に女子生徒の足を見てみるが、アザや傷といった外傷はなかった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「お、おい!?」
やがて3人は激痛のためか気を失い、廊下で寝込んでしまう。
「大丈夫、意識を失っただけみたいです……それにしても、これは……」
「とにかく、保健室に運ぶか。どこかケガしてるのかもしれないし」
「ええ」
征は力の言玉を使い、3人の女子を保健室へ連れて行った。
保健の先生に一通り診てもらったものの、やはりどこにも外傷は無いようだった。
「もしかして、これも色の言玉の力なのか?」
保健室から出て、征が口を開く。
「いえ。色にこんな力はないはず……あるいは……もっと別の系統の……うーん、考えていても仕方がありませんね。彼女らのことも気になりますが、とにかく今は色の言玉の行方を追いましょう」
「ああ、そうだな。結局ケガらしいケガはなかったんだし、今は靴下の行方を追うか。でも、どうするんだよ?」
「私に考えがあります」
命は自信に満ち溢れた笑みを浮かべると、腕を組んだ。
「って、マジでこんなのでイケるのかよ……」
中庭の茂み。先日命が着替えの為に隠れた場所に、征はいた。
「ねーよ。100パーねーよ」
右手の釣竿を見て、ぶつぶつ愚痴をこぼす。その釣り糸の先端には、白い靴下がくっついていた。
「こんな初歩的なワナでひっかかる奴はいるのかよ……言葉さんって、実はバカなんじゃねーの?」
『私はバカではありません』
「うわ! びっくりした! もう、驚かさないでよ」
ハンズフリーにしていた携帯から聞こえてきた命の声に驚き、征は飛び上がった。
『靴下が好きならば、きっとこのワナは有効なはず。人気の無い場所にあれば、まさにカモネギというやつです』
「……それが女の子の靴下ならね」
『何か問題でも?』
「何でオレの靴下を変態野郎にプレゼントせにゃならんのよ……」
裸足と靴のコラボレーションは妙な感触があり、征にとって不愉快ではあった。だが、命に無理矢理脱がされ現在に至る。
『だって、私のを取られたら嫌じゃないですか!』
「オレのはいいのかよ!?」
『とにかく、得物がアミにかかるのを待ちましょう。私は遠くで見張っていますので、がんばってください。火の言玉も貸してあげたんですから、万一の時はそれで対応してくださいね?』
「へいへい」
『あ、最後に』
「何? 違う方法考える気になった?」
『バカって言ったほうがバカです』
その言葉を最後に、命は電話を切ってしまった。
「かなり根に持つ子だよね、言葉さんって……」
征が溜め息交じりにそう言うと突然、竿が引っ張られる感触があった。
「うそ!? オレの靴下だよ!」
茂みから中庭をのぞいてみると、まるで靴下が浮いているように空中に向って引っ張られている。
「おい、やめろ! 大人しく姿を現して言玉を返せ!」
征は飛び出して靴下にむかってそう叫ぶと、急に目の前に風圧を感じ身構える。
「いて!?」
直後、防御するヒマも無く顔面を殴られてしまい、地面に尻をついてしまう。立ち上がり体制を立て直そうとするが、背後から再び攻撃を食らい、地面とキスをするハメになった。
「てて……透明人間が相手ってワケかよ。おもしれえ。いいぜ、やってやる」
征は立ち上がるとポケットからグローブを取り出し、はめた。そして同時に『火』の言玉を取り出して口を開く。
「『火』の言玉……使いこなしてやるぜ! 有言実効!!」
『火』の言玉を右手のグローブの甲にセットした瞬間。右手に火が宿り陽炎が発生する。
「姿が見えない相手なら……これでどうだ!」
右手の炎を中庭に向けて放つ。波のように広がった炎は、庭に植えてあった木や花に引火し、いきなり大惨事になった。はっきり言って、消防車出動である。
「ああああああああああ!! やっちゃった! ごめん、言葉さん。後で直しておいて!」
征が悲鳴を上げると、目の前からも悲鳴が聞こえて来て、靴下が宙に浮いたまま移動し始める。
「野郎! 待ちやがれ!!」
靴下を追い、征も走る。中庭を出てグラウンドへ。グラウンドからさらに体育館へ。体育館から運動部の部室棟へ着たところで、鬼ごっこは唐突に終りを告げた。
「まったく、しつこい男だな、君は……」
靴下が地面に落ちると同時、男子生徒が突然姿を現す。
「君は……一色くん?」
メガネが日の光を受けてキラリと輝き、彼は立ち上がると背筋をピンと伸ばした。
「そうだ。2年3組学級委員長、一色勝。『色』の言玉の持ち主だ」
一色は開き直ったのか、メガネのフレームに手をやり知的キャラを演出する。
「あっさりしすぎでしょ、この展開。もしかして、何か企んでる?」
征が警戒してそういうと、一色はあっけなく手の平の言玉を足元に放り投げた。
「まさか。ここまで追い込まれたんだ。素直にお縄につくさ。僕はそこまで愚かじゃない。時任さんの靴下を手に入れることができたしな。あれは……いいモノだ!」
「いや、返せよ。ていうか、オレにくれよ」
「だが断る! 女の子の靴下は至高!」
一色はメガネの奥を光らせると、不敵に笑った。
「とんだ変態学級委員長様だな……ていうか、君が今持ってるの、それオレの靴下なんだけど」
「フハハハ……は?」
征の靴下と知って戦慄したのか、一色は笑いをやめた。
「が!? い、痛い! 誰だ、やめろ! 助けてくれ!!」
だが、一色は突然苦痛に歪んだ表情で地面をのた打ち回る。
「痛い! 目が、目が痛い! やめてくれ! 助けて!! う、うあああああああああ!?」
「お、おい? どうしたんだ一色!」
一色は女子生徒たち同様、激痛で気を失い、地面に横たわった。
「またなのか? 一体、誰が……とにかく、一色を助けてやらないと……」
「痛いでしょ? でも、私はもっと痛いの……助けて欲しいのは、私」
一色に駆け寄ろうとした征は、背後から聞こえてきた声に振り向いた。
「時任さん?」
そこにいたのは、小動物の様な女子生徒。メガネをかけたツインテールの、可愛らしい女の子だった。
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