第6話  天然MYシスター

「うげ」


「なんですか、朝からいきなりうげ、って。まずは朝のごあいさつからでしょう?」


「あ、ああ。おはよう、言葉さん」


 翌朝、征は朝食前に何かつまんでやろうと思い、起きてすぐリビングのドアを開けたが、すでに命がテーブルに着いていてごはんを食べていた場面に出くわした。


「家の中では命でけっこうです。兄さん」


「うん、にしてもそれは……」


「ああ、これですか? 兄さんも一緒にどうです。おいしいですよ」


 征の視線の先には、命の茶碗があった。その中には、泥沼の様に黒い液体に浮ぶ米粒たち。


「私、以前からあんパンに疑問を抱いていたのです。パンとあんこの組み合わせはあるのに、どうしてごはんとチョコレートの組み合わせはないんだろうって」


「それ、チョコレートと、ごはんなの?」


「はい。とってもおいしいですよ!」


 命が初めて見せる満面の笑みだったが、茶碗の中のダークマターみたいなチョコごはんを見て、征はげっそりした。


「それは、ごはんに対する冒涜だと思うけどなあ」


「ほかほかの炊きたてごはんに、黒いビターチョコレート。これに勝る一品はありません。ふふ、これのよさがわからないとは、まだまだあなたも子供ですね」


 命のドヤ顔に征はちょっとイラっときた。


「自分だって、パンツは子供のくせに……」


「な、なんてことを言うんですか!? 今日は違います! オトナです! きりんさんなんですから!」


 命が真っ赤になってそう叫んだが、途中で失言したことに気付いて、口元を押さえる。


「今日はきりんなんだ。ほほーう」


「う、あわわ! 忘れてください! それよりも、早く準備をしてください!」


「え? 今日、何かあったっけ?」


「少し早めに出て、言玉の使い方をレクチャーしておきたいのです。それに、この街のことももっと知っておきたいし」


「わかった。さっさと朝飯食って着替えるから、待っててよ」


「あ、それでしたら、チョコごはんをすぐに用意しますね!」


「いらんわ!」


 征は茶碗を押し付けてきた命から逃げるように、洗面所へ向った。その後、支度を終えて2人同時に家を出る。


「いってきまーす」


「行って参ります」


 初めて異性と登校するシチュエーションに、それも妹との登校に征は心ときめく。


「いやあ、妹っていいですなー」


「やめてください、鬱陶しい」


 肩に手をかけようとしたら、あっけなく振りほどかれた。


「冷たいなあ。もっとこうさ。朝の風は気持ちいいね、お兄ちゃん。命ね、お兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢なの。てへ☆ みたいなのを期待してるんだけども」


「気持ち悪い」


「ぐほ!!」


 征は心に28456くらいのダメージを受けた。


「……なんて可愛くない妹なんだ、こいつは……2組の奥田くんなら、どんな罵声も気持ちいいとのた打ち回るけれど、オレは傷付いた!」


「そうですか」


「そうです! ……ていうか、何で君はオレの妹になったの?」


「私、この街に知り合いがいませんから。目的を果たすために、言玉で適当にどこかの家の子になって、少しの間過ごすつもりでした」


「ふーん」


「あなたは……ちょっとヘンだけど。でも、頼れる人だと思ったから、あなたの家の子になろうと思ったんです。それに、私よりも言玉を扱う才能があるみたいだし……だから、ちゃんと覚えて欲しいんです、言玉のこと」


「ああ。解ってる。オレだってやる時はやるさ」


「その言葉を聞いて安心しました。あの公園がいいですね。あそこで少し昨日の話の続きをしましょう」


 命は立ち止まると、公園のベンチを指差した。


「おっけー」


 2人は公園に入りベンチに腰掛けると、さっそく昨日の続きとばかりに言玉を取り出しレクチャーを始めた。


「言玉は、使用するたびに精神力を消耗します。慣れない間は一日に数回程度力を発現させるのが精一杯でしょうけど、修練を積めば威力もスタミナも底上げする事が可能です」


「ほうほう」


「ただし、使いすぎて言葉に飲まれてしまうと、獣ヶ原先生のように力に溺れ、我を忘れてしまうことになるのです。そのためにも、強く心を保つことが重要です。それともう1つ。これを」


「革のグローブ? くれるの?」


 命が通学カバンから取り出したのは、一対の手袋だった。変わった所といえば、手の甲の部分に小さな穴が空いているくらいだ。


「言玉を使うには、有言実効の掛け声の他に、体と言玉がつながっていなければなりません。手の平に握った状態では、攻撃手段が限られてしまいますからね。だから、私は刀にはめて言玉を使うようにしているのです。そのグローブの中央に言玉をはめれば、落とすこともないし、武器も使うことができます」


「お、ほんとだ。ぴったり入るね」


 試しに『力』の言玉をグローブにはめ込んでみると、ぴったりとかみ合った。


「『力』の言玉は能力強化系……技と同じく、十二至玉の1つ、『極』の言玉の眷属。『火』の言玉は『天』の言玉の眷属で、『獣』の言玉は『龍』の言玉の眷属となっています。基本的に全ての言玉は至玉から生み出された物ですが、唯一眷属を持たない『無』の言玉という例外もあります」


「ねえねえ、ところでさ、至玉ってそんなにすごいの?」


「……はい」


 命は顔をこわばらせると砂場に視線をやり、小さく溜め息を吐いた。


「昨日お話した、この街に言玉をばらまいた者……黒幕と目される彼はおそらく、至玉の1つ『王』の言玉を所持していると考えられます」


「『王』……なんかすごそうだな。こう、ばばーんと岩を砕いちゃったり?」


「いいえ、『王』にはそのような力はありません。火のかたまりをはなったり、人外の魔物に身を作り変えることもできない。ただし――」


 命は砂場から征に視線を戻し、口を開く。


「世界中の人間を同時に操れる」


「え?」


「人間だけではありません。この地球上の生物全てを従わせることができる。そして、絶対の命令を行使し、何人も逆らえない。逆らう事ができるのは、同じ至玉を持つ者のみ」


「……それって、めちゃくちゃじゃない?」


「言ったでしょう? 神のカケラと。至玉はそれ1つで、世の理を破壊することが可能なのです。だから、人の手には余る代物なんですよ……それを……あの人は……!」


「ちょ、言葉さん?」


 命は拳を握り締め、怒りでワナワナと震えていた。


「彼が持つ、『王』の言玉の力で、この街で起こる異変はすべてなかったことにされる。この街は、いまや彼の庭同然なんですよ。だから……一刻も早く彼を探し出して止めなければ」


「さっきから言ってる彼って、誰なわけ? その口ぶりからすると、知り合いみたいだけど」


「麗王、という男です。年の頃は20歳前後で……右目に傷のある、優しそうだけど、どこか冷たい感じのする男……」


「麗王……か。それが倒すべきラスボスってわけね。よし、まかしとけよ言葉さん。オレがそいつをぶったおしてやるさ」


 征がそう宣言しベンチの上に立つと、タイミング悪く空腹を知らせる音がぐう、と鳴った。


「う、そういや朝食べてなかった……」


「まったく、私が用意したチョコごはんを食べないからです」


「まだ時間はあるな……ちょっとコンビニ寄って行くか。言葉さんも行こうよ」


「仕方がありませんね、お付き合いしましょう」


 2人は公園を離れ、近くにあったコンビニへ向った。


「天道さん天道さん」


「んー、何?」


 征が弁当コーナーの棚で、おにぎりとサンドウィッチどちらにしようか一生懸命にらめっこしていると、命に制服の袖を引っ張られた。


「私、肉棒が欲しいです」


 瞬間、征はブフォっと唾を飛ばした。


「あの、何を言ってるのかな君は?」


「ですから、あのケースに並んでいる肉棒が欲しいので、買って欲しいのです」


 命の視線をたどると、レジ横のケースに並んでいるフランクフルトがあった。


「なんてトンデモナイこと言い出すんだよ、言葉さん。フランクフルトが欲しいのなら、そういえば良いのに」


「ふらんくふると? あの肉棒はふらんくふるとというのですか、初めて見ました。基本的に家は、和食中心の食卓でしたので」


「君は何時代の人だよ……ていうか、何でチョコレートは知ってるの」


「チョコレートは、お兄ちゃんがよく私に買ってくれたから、覚えてるんですよ」


「ふーん。わかった。とりあえず、フランクフルトね。オレは……豆乳とカツサンドにするかな」


 買い物を終えて外に出ると、命はさっそくフランクフルトにかぶりついた。


「あふ、はふ……」


 そのたどたどしい食べ方に、征はエロい物を見ている気分になって顔を背ける。


「天然エロ妹か、言葉さんは」


「天ちゃーん、命ちゃーん、おはよ!」


 コンビニから出て少し歩いた所で、乙女が元気に走ってやってきた。


「おはよ、オツ。お前は朝から無駄に元気だね」


「それしか取り得ありませんから! ていうか、その呼び方ほんとやめてよね! わたし、乙女なんだから!」


「はいはい、ごめんよトメさん」


「トメさん言うな~~!! んもう、命ちゃんはいい子なのに、兄妹でどうしてこう違うんだろね!」


「あれ? そっか。やっぱ他人にも兄妹って認識されてるのか。言玉ってすごいな」


「ことだま?」


 乙女は何がなんだかわかりませんといった顔で、征の顔を見た。


「なんでもねー。それより、言葉さん……じゃなかった、命。さっきからずっと黙ってるけど、どうした?」


 乙女の大音量で元気な姿と真逆に、消音で縮こまって歩く命に、征は首を傾げる。


「いえ、その……もっと、欲しいなって思って。さっきの、とってもおいしかったから」


「なになに!? 食べ物!? わたしも欲しいー! 教えて命ちゃん!」


 きゃっきゃと騒がしく迫る乙女に、命は笑顔で答えた。


「肉棒です。さっき兄さんにおねだりしたら、くれたんです。とっても大きくてツヤがあって……初めてでした。あんなの」


「うおおおおおおおおおおおおおい!!」


「命ちゃん、またまた下ネタ!? ていうか、天ちゃんてば、兄妹で何やってんの!! もーやだー!! このドヘンタイ!」


 乙女はぎゃーぎゃーと顔を真っ赤にしながら走り去って行った。


「ちょ、おい!? だから、フランクフルトだってば!」


「京極さんはどうして顔が真っ赤だったのでしょうか? 風邪、ですかね?」


「君の言葉が原因でしょうに……いいかい、言葉さん。フランクフルト。ちゃんと覚えてよね。女の子がそんな卑猥な単語連発したらダメ」


 征はクエスチョンマークを浮かべまくる命を置いて、歩き出した。

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