第5話 妹サプライズ
「ん? あれ、ここって……」
征が目覚めるとそこは自分の家の自室で、なぜかベッドの上で横になっていた。
『征~。ご飯よ~降りてらっしゃい~』
母親の声が階下から聞こえて来て、時計を見ると時刻はすでに夜の7時半。現金な腹の虫は、すぐに消化物を与えろと音を鳴らして催促してくる。
「夢、だったのか?」
ベッドから起きて立ち上がると、床にガラス玉が2つ落ちた。それは『奪』と『力』と書かれたガラス玉で、昼間の出来事は真実なのだと征は悟る。
「いや、夢じゃない。じゃああの後、言葉さんがオレを家まで運んでくれたのか」
一通り納得すると、征は部屋を出て階段を降りた。
「明日、朝一で礼言わなきゃな。それに、聞きたいこともいっぱいあるし」
リビングのドアを開き、中に入ると唐揚げの良いにおいがして、征の意識は一気にメシモードへ突入する。
「遅いですよ、兄さん」
「は?」
リビングのドアを開けて、征は固まった。
「ちょっとー征。早くご飯食べちゃってよー洗い物が片付かないじゃない! このあとみたいテレビあるんだから!」
「そうですよ、早く召し上がってください、兄さん。妹である私も、お手伝いしないといけないんですから」
「いや、ちょっと待ってくれる?」
天道家は3人家族。父、将太。母、勝子。長男、征。その3人だけで、征に妹はいない。
「何で、何でお前がここにいるんだよ、言葉さん!」
「こらこら、征。可愛い妹を指差して叫ばない。はしたないでしょう? ねー命」
「そうです。ねーお母さん」
「どうなってんだ、これ」
困惑する征をよそに、唐揚げを平らげた命が笑顔で答えた。
「今回のことでわかったんです。私1人では目的を果たすのは難しいと。だから、あなたの力を借りることにしました」
「いや、それとこれがどういう関係!?」
「実は私、住む家がなかったのです。だから、『妹』の言玉であなたの妹になることにしました」
「はあ!? 妹の……言玉!! そんなんあるのかよ」
「はい。他にも父の言玉、母の言玉、兄の言玉。姉の言玉、弟の言玉もあります」
「何でもありなのかよ、言玉って……」
征は驚きと疲労で食欲が減退したのか、ごはんを一口食べただけで席を立った。
「待ってください、天道さん」
リビングを出てすぐ、征は命に制服のそでを引っ張られ、呼び止められた。
「混乱させてしまって、ごめんなさい。改めて説明をさせてもらいたいのですが……」
「ん。あ、ああ。いや、オレも少しパニクってたかも。急に言葉さんがオレの家にいて、妹だなんて言うから……そりゃ、妹欲しかったけどさ」
実際、1人っ子の征としては可愛い妹ができたのは素直に嬉しい。だが、なにもかもが唐突すぎた。
「このままずっとここに居座るつもりはありません。あなたが気に入らなければすぐにでも荷物をまとめて、立ち去るつもりです」
「いやいや。別にオレは迷惑じゃないよ。そっかー、妹かあ。言葉さんはオレの妹なんだ……じゃあさ、一緒にお風呂はいろ! 兄妹なんだもん。あと、オレのことは兄さんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んでね」
「入りませんよ! 実際、私には兄がいましたが、中学2年で一緒に入るのはやめましたから!」
「中2まで一緒に入ってたのかよ……」
征が驚いてみせると、命は顔を真っ赤にして下を向いた。
「……いけませんか?」
「いえいえ、ぜんぜん! じゃあ延長サービスということで、高2まで一緒に入るってのはどう?」
「何の延長サービスですか! 私のお兄ちゃんは、そんなやらしいことを平気で言ったりしません! 優しくて、思いやりがあって……器の大きな人でした」
「ふーん」
もしかして、言葉さんってかなりブラコンなのかな、と征は思った。
「……もう私にとって、兄は思い出の中の人なんです。だから……もう過去です。それよりも今は、未来の話をしませんか?」
「うん。そうだね。オレも言葉さんのこと、もっと知りたいし……言玉ってのがなんなのかも、ね」
「では、私の部屋に行きましょう」
「部屋? いきなり自分の部屋まで作ったのかよ……」
命は階段に足をかけ、2階に行ってしまった。
征もまた2階へ行くと、物置同然になっていた空き部屋の前に命がいて、そこが仮初の妹の部屋になったのだと知る。
「ここです。掃除がたいへんでしたけど、いいお部屋をいただきました」
征が部屋をのぞくと、室内はほこり1つ無く、キレイに整頓されていた。
「よくもまあこの短時間で……」
「『清』の言玉を使いましたから」
「なんでもアリだな、言玉。猫型ロボットもびっくりだよ。もういっそ、命えもんって呼んでいい?」
「なんですか、それは。とにかく、さっさと入ってください」
「ん、うん」
征にとって、同年代の女の子の部屋に入るというのは初めてのことだった。足を一歩踏み入れたとたん、異世界トリップしたような感覚に襲われる。
「おお、これが妹の部屋!」
「何でそんな嬉しそうなんですか、あなたは。あとなんで深呼吸なんかしてるんですか」
「美少女の部屋はマイナスイオンがいっぱいだぜ……」
良い匂いがする。壁に女子の制服がかけられている。可愛らしいクマのぬいぐるみがある。
「クマ……」
クマを見たことで、さらにそこから下着を連想してしまう自分に、征は苦笑いした。
命が座布団を2つ引っ張り出し、その上に正座すると征もまた座布団の上であぐらをかいた。
「順を追ってお話していきます。そうですね……まずは私のことから」
こほん、と1つ咳払いをして、命は話を始める。
「言葉命。日本古来より伝わる魔具、言玉を管理してきた一族の末裔です」
「魔具? って、何?」
「強力な魔力を帯びた武器や道具の総称です。魔剣や魔道書、その類の物と思っていただいてけっこうです」
「魔剣、ね。そんなもんがホントに実在するもんなのかね。けどま……信じる以外、ないか」
征は昼間の出来事を思い出してみた。人を化け物に変貌させたり、火を操ったり、触れただけで物を奪ったりと、信じる以外にはない。
「言葉に秘められた力を具現化する魔具、それが言玉。そして私達、言葉の一族はそれを悪用されないよう、密かに言玉を管理してきました。すでにご存知の様に、犯罪に使われてしまったらたいへんなことになりますから。あなたの持つ『奪』の言玉を使えば、お金も簡単に盗めてしまいます」
「おお! そりゃそうだ。さっそく試して……」
「……」
「みるわけないよね。うん、冗談」
命の鋭い視線に、冗談が通じない子なんだな、と征は思い知った。
「『奪』の言玉は、戦闘用としても一級品です。うまく使うことができれば、相手の心臓を奪い取って、一撃で死に至らしめることもできますから。天道さんが先生の血を盗んだのも、あれは下手をすれば奪いすぎて失血死させてしまう危険がありましたので、できれば今後は『奪』は使用しないでください」
「うん、そうだね。オレもちょっと迂闊だったかも」
「それに……」
「それに?」
命は顔を真っ赤にして征から視線を外すと、ぼそりと呟いた。
「パ、パンツを取られたら、嫌ですから!!」
「大丈夫! 今度はブラジャーにする……」
「……」
「わけないよね。うん、冗談」
命の鋭い視線に、冗談が通じない子なんだな、と征は再び思い知った。
「話を戻します。世に放たれてはいけない物なのです、言玉は。けれど」
「放たれてしまった、と?」
「はい」
「でも、何のために? 言玉ってのをばらまいたんだ?」
「それが私がここにいる理由です」
命は座りなおし、背筋をピンと立てた。
「十二至玉。それは全ての言玉の祖であり、神のカケラ」
「十二至玉?」
「私の知る限りでは、『王』、『天』、『極』、『時』、『龍』、『零』、『無』の7つ。他5つは知りませんが、12の至玉が集まれば、『神』に等しい力を得ることができる……そう、言い伝えられてきました」
「『神』の言玉、ってわけか」
「ええ。十二至玉は持ち主を選びます。選ばれた人間にしかその姿を見せない。選ばれる基準は、特別に意志が強く、言葉に負けない者。そのために言玉をばらまいて、至玉を持つに相応しい者を生み出そうとしているのです。12個全ての至玉を集めるために……彼は、この街を1つの畑にしようとしている」
「彼? じゃあ、そいつを捕まえれば……」
「これ以上の被害は出ないでしょう。私がここにいる理由は……彼を捕まえて、全ての言玉を封印すること」
「なんだか、信じられない話だよ。でも、話は信じられなくても、君は信じられる。うん、決めた。オレ、君の力になる!」
「本当に……いいんですか?」
「ああ、だってさ。今朝、君が助けてくれなかったら、オレ。たぶん死んでた。生きていられるのは、君のおかげだ」
「でも、死ぬかもしれませんよ? 獣ヶ原先生のように、言葉に飲まれてしまった人と戦う事になれば、ケガではすまないかもしれない……」
「有言実行、だろ? オレは決めた。君と一緒に戦う。この街で好き勝手されるのは気に食わない。黒幕を探し出して、ブン殴ってやる!」
「……ありがとう、ございます」
部屋の床に、光るものがあった。それは止めどなく少女の瞳から零れ落ちている。
「本当に、私のために……ありが……とう」
「泣くなよ、言葉さん。だって一応オレ達、兄妹なんだろ? さあ、そうと決まれば英気を養うためにベッドで寝よう! 一緒に!」
「は?」
「いやー、やっぱ兄妹なら、一緒に寝なくちゃなー」
「あなたは……アホですか!!」
「うを!?」
「せっかく見直したのに! すべてブチ壊しです! 確かに私、中3までお兄ちゃんと寝ていました! けれど、お兄ちゃんのほうから一緒に寝ようぜ! なんて言ってきたことはありません!」
「あ、じゃあ自分から入っていったのね……じゃあ、それも延長サービスということで」
「有言、実効……!!」
命の手の平の上に、『火』の言玉があった。まるで怒りに反応するように、めらめらと燃えている。
「うそお!? ここ部屋の中なんだけど!」
「後で言玉で修理すればいいだけのこと! 一度くらい、燃えてみなさい!」
征は、言葉にならない悲鳴を上げた。
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