第9話 魔王、眷属を得る4

幽鬼の如く揺蕩たゆたうその姿に合わせるように揺らめく大気、それは気象の変化による湿度の増加か、あるいは怒りから発するオーラのゆらめきだろうか。

知性を持たぬ単細胞生物には理解も出来ぬ事だろう。


仮にスライム達に僅かなりとて知性があれば、


「ナニイッテッダコイツ」


とでも思ったかもしれない。

そう生半可な知性を持った所で魔王の怒りの本質に届くことはないのだ。


頭脳戦争とでも呼ぶべき盤上競技の棋士グランドマスター達が求めるように、その脳内に新たなる世界を創出する小説家ストーリーテラー達が求めるように、そして偉大なる帝国を築く女王蜂クイーンビーが求めるように・・・

魔王の知略を十全に活かすためには魔力と双璧を成す、もう一つの力、その頭脳を回転させるエネルギー、すなわち蜂蜜とうぶんを魔王もまた求めなければならない。

さもなければ如何なる邪悪な策謀、残虐な支配の何れも実を結ぶ事は決して無いだろう。


「蜂達が我の為に集めていた蜂蜜を、貴様ら如き単細胞生物に蹂躙する資格があるとでも思ったか!!」


生物学的に言えば蜂が蜂蜜を集めるのは社会コロニーを維持し、次世代に遺伝子を引き継ぐ為である。断じて魔王の為ではない。

しかし地上の全てを足下に収めんとする支配者たる魔王からすれば、生きとし生ける者は皆魔王へと奉仕するべきという、傲慢なまでの成長した自尊心、それこそ魔王としての意識レベルを大幅に上げた証左ともいえよう。


既に試した通り、スライムの表皮は魔王の能力『穢れたる肌』によっても腐敗させることは出来ない。

にも関わらずスライムを貫くことが出来たのは、懐に抱えていた石包丁にの力だった。

左手の石包丁でスライムを切り付け、僅かに破けた表皮に右手の貫手をねじ込むように突き刺す。

この連携攻撃によりスライムは一瞬で生命の源である核まで腐敗し、腐った粘液としてその屍を晒すことになったのだ。


地上に降りた俺は襲い来るスライム達を次々に屠ってゆく。

しかし哀れなる単細胞生物達は、恐怖すら自覚することなく只々本能に従って攻撃を繰り返し、止まることは無い。


「ちっ!埒が開かんな」


このまま虱潰しに奴等を片付けることは出来るだろうが、その間にまだ生き残っているかもしれない我が眷属、蜂達にまた被害が及ぶやもしれない。

これ以上、こんな悲劇を繰り返してはならない・・・


その時、俺の頭脳に天啓のような閃きが起こり、ある一つの「気付き」を得た。

それは俺の身体や脳を駆け巡る蜂蜜とうぶんの残滓が与えた天啓だった。

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