第8話 魔王、眷属を得る3

スライムの渦の中を漂うように流される俺は、巻き込まれた当初こそ溺れたようにスライムの隙間に突き刺さって暴れていたが、いつしか抵抗することを止めていた。

どっちにしろ融かされることは無いのだし、息継ぎが出来るようにさえしておけば溺れはしない。


ヌルプニする触感が意外と気持ち良くなくもないからということでは決して無い。


決して無いがただ将来への悲観的な展望、つまり支配者の孤独とでも言おうか、もしかしなくても本当にそれを揉むことが一生出来ないんじゃないかとか、二の腕辺りの柔らかさがそうらしいとか、時速何キロで走る車から手を出して感じる風圧がベストだとか、そんな今まで色々と想像していたいつかは俺もというロマンがわりと本気で絶望的になっている現状を思うと、代替品とはいえ一時の快楽に敢えて身を任せるというのも必ずしも否定されるべきことではないのじゃないかとか。

そういった諸々の思考、単純なようで複雑な、しかし全ての男子であれば理解してもらえるだろうその懊悩を抱いて波間ならぬスライム間を漂っていただけなのだ。


「まぁいざとなれば渡り鳥計画の発動かな」


スライムにわれてというのも情けない話だが、ここは逆にいつでもヌルプニ感を味わえる牧場を造ったとでも考えて・・・




スライム牧場へ夢を馳せていたその時、目の前を横切る一匹のスライムの半透明なはらわたの中身・・・一目では理解できず、茫然と眺めることしかできなかったそれは全ての思考、行動、呼吸、あるいは心臓さえも一時止めさせる程の衝撃を俺の魂に与えた。

あまりの衝撃にスライムの隙間に沈み込んでいった俺は、ともすれば後悔の念に囚われたまま溺死を選ぶとさえ思われた。


予測は出来た筈だ。


何故気付けなかった。


全て自分のせいだ。


次々と浮かぶ自虐の言葉。それはやがて憤怒の炎となって爆発した。


スライムの海の中から突き出される赤銅色の右腕・・・

スライムの内容物を掴み取り、その体を貫いた腕は半透明の海に突き刺さる魔王の怒りの嚆矢の矢として屹立する。


貫いた穴を全身ごと破り広げ、浮遊の魔法で浮かび上がる。スライムは腐食液の出ない内部を魔王に貫かれ、既に腐り果てていた。


「貴様ら・・・よくも・・・よくも!」


天空は魔王の怒りに呼応するかのようにそのどす黒さを増してゆく。

大気すら震わすかのような溢れだす憤怒。

そして同時に怒りとは裏腹の慈愛とさえ言える感情を、スライムが捕食した内容物に向けながら宣告する。


「絶対に許さんぞ!!人間供の前に貴様ら単細胞生物供から根絶やしにしてくれるわ!!」


魔王の掌には、スライムの体液に包まれた余りにも無残な残骸が横たわっていた。


そうそれは・・・この森で最も価値のあるもの。





蜂の巣と蜂達だった。

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