第4話 魔王水を飲む(聖杯の誕生)

泉縁や川縁には小石ばかりなのであたり一面を探しに探した。手近にある石を片端から転がして確認する度、何匹の蛞蝓や百足、草鞋虫が住処を奪われたことか。

魔王の降誕を恨むがいい。水さえ飲めればいくらでも恨まれてやる。

そんな中ついにこれぞという石が見つかった。

大岩の周りに落ちていた石でおそらく大岩の雨垂れが少しづつ石を削ったのだろう。絶妙な窪みが出来ていた。百科事典程の重さのそれを持ち帰り、飲み口と水が溜まる窪みを注意深く洗い流す。水に俺の体が触れたらまた洗い直さなければならない。

慎重に慎重に洗い終えると滝の横へと向かい窪みに水を注ぎ、捧げるように飲み干した。



甘露、、、、、、、



それ以外に何がいえるだろうか。日の出からこの世界に降臨して、既に夕方になんなんとする今ようやく飲めた一杯である。

水というものがいかに人、いや魔王にとって大切なものであるか。いつでも水が飲めるということがいかに素晴らしい事であるか。

いままで限りある水資源をいかに無駄に使ってきたか。

あぁ今になってみると恥ずかしい。今日一日でどれ程の水を腐らせてしまったのだろうか。

我が治世においては何より水を大切にしなければ。水の無駄遣いをした者は最高刑に処することとしよう、砂漠に乾涸びる迄縛りつけるのはどうか。

幾多のトライアンドエラーを繰り替えした末、ついにたどり着いた一杯の水は魔王たる俺にそんなエコロジカルな思いさえ抱かせた。


こうして思うさま水を汲んでは飲み、汲んでは飲みを繰り返してようやく人心地ついた俺は、石に名前を付けることにした。


「石よお前の名は『魔王の聖杯』だ!!常に我のかたわらにあることを許そう。」


何故石ころ一つにわざわざ名前をつけたのか、後世に謎を残しかねない話だが古墳や遺跡なんて大概そう言うものだろう。差し詰め将来の聖遺物候補だろうか。

ともあれ魔王の命を救い、つまり世界の破滅を推し進めたと言える聖遺物『魔王の聖杯』を、濡れたままだと触った時に水滴が腐るので、大事に乾かすため岩場に安置した。

矯めつ眇めつ『魔王の聖杯』を眺めては、「やはりこの角度からが趣がある」とか「この色合いの気品がたまらない」等と思わず褒め称える様子は後から見れば常軌を逸していたかもしれないが、これからいくらでも水を飲ませてくれる聖遺物へ出会えた喜びを思えばやむを得ない所だ。


そんな聖遺物を称える宴を続けているといよいよ日が落ちだした。谷合のここは特に早く闇に沈んでいく。

「ちと早いが今日はもう休むとするか」

そう呟いて岩場を見通せる場所にある木の根元に横になった。『魔王の聖杯』から一時も目を離したくない。横目で『魔王の聖杯』を眺めながら明日の予定をぼんやり思う。

まずは人里を探さなければ、どんな小さな村からでもいい・・・『魔王の聖杯』さえあれば出来ないことなどないのだ・・・・・・

そうして俺は『魔王の聖杯』への絶対的信頼を抱きながら眠りへと落ちていった。




魔王の支配物 『魔王の聖杯』・・・・・・石




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