二日目(3) どっちつかずの魔術師

 雄飛ゆうひは気が短いというのが羅英らえいの印象だ。

 大きな体で、常にゆったり動いているような風情でいて、相手の話を聞かなかったり、状況の一部しか見ないで判断を下すなんてことは朝飯前。

 今朝も、顔を出すなり「さっさと行くぞ」と首根っこを掴まれて、西寧に繰り出す羽目になった。散々街中を連れまわされて、最後はこれ。


比陽ひよう様だってだけで殴りかかっていったよ」

 ここは畦道。戦乱の国の中でここまで丹精込められた田園は珍しいから、収穫前の稲を駄目にしないようにと願うのだが。

「あ~あ、入ってっちゃった。踏み荒らしてるよ」

 息を吐いて、木の根元にどっかりと座りなおした。


 雄飛の武器は長く伸びた爪だ。鋭く、鋼よりも硬いそれに切り裂けないものはない。

 比陽だという少年は斬撃を避けるので精いっぱいだ。

 拳に纏わせた雷を食らわせることはできていない。


「ってか、本当にあれ、比陽様なんだよね?」

 都に住まっているとはいえ、一介の魔術師の王宮での扱いは大したことない。王族の顔を見たことなど数えるほどしかない。

「むう…… 確認したいなぁ」

 そう呟いても、尋ねる相手はここには一人しかいない。

「ねえ」

 声をかけると、道の真ん中に立ち尽くしていた娘が肩を揺らして振り向いた。

 背の低い娘だ。小柄な羅英でも覆いつくせそうなほどに。

 鮮やかな刺繍が施された上着チュアンを着ているが、下衣クアンは穿いてないようでしなやかな脹脛ふくらはぎが丸見えだ。ついでに裸足。

「足、痛くないの?」

 しまった別のことを訊いてしまったと、内心舌を打つ。

「大丈夫、だけど」

 彼女は眉をひそめた。

「あなたたちは、誰?」

「あー…… 敵じゃないつもりだったんだけど」

「でも、比陽が厭がっているわ。比陽が逃げる相手は、わたしにとっても敵――追いかけてくる相手だと思っているから」

 まだ険しい表情のまま、彼女は一歩退いた。

「ねえ、誰?」

「ええっとぉ。征雲様の部下っていえばいい?」

 ね、と首を傾げる。今度は三歩退かれた。

「やっぱり敵じゃない」

「そうなの?」

 立ち上がり、踏み出す。

「『鍵』を寄越せと追いかけてきた相手だわ」

 退かれる。

「成程」

 雄飛の予想通り、この娘が『鍵』を持っていた娘らしい。

「君、なんでここにいるの?」

「……なんで?」

「ええっと。訊きづらいな。」

――桂雅様が手元に置いているんじゃなかったかな。


 そこに、派手な音が響いた。 一度思考は中断。

「ほえ?」

 振り向けば、大きな木が一本音を立てて傾いていく。

 その根元には人影がめり込んでいる。

「比陽!」

 叫んだ娘が駆け出す。

「あ、ちょっと待って!」

 根元に向かって一歩一歩と間合いを詰めていく雄飛もいる。

――まずいぞ、二人とも首を飛ばされるぞ!

 羅英も走る。

 だが娘の方がずっと早くて、彼女はもう比陽の隣に辿り着いた。

 凹んだ幹の中から少年を引きずり出して、揺さぶっている。その彼の金色の眸は瞼に隠れたままだ。

 ざくり、と草を踏んだ雄飛の爪が陽の光を弾く。

「ちょっと待ってちょっと待って! 二人とも殺す気!?」

「当たり前だろう」

 背中に向けて叫ぶと、低い声が返ってきた。

「比陽がいては征雲様の邪魔になる。その邪魔をするならば娘も殺すまで」

「あ、はい」

 思わず足が止まった。

 ぎらりと爪が振り上げられる。

――まずい!

 ぎゅっと目を瞑って横を向く。悲鳴と血の臭いを覚悟して。

 だが、聞こえたのはごうと風が渦巻く音。

「おやぁ?」

 そろりと薄目を開けて、ぎょっとした。

 雄飛の体が道の向こうまで吹っ飛ばされて行くのが見えたからだ。

「えええええええ……」

 きょろきょろと視線を巡らせて。

 街に続く方へ立つ二人組を見つけた。その一人は。

「げ。思誠しせい

 よく見知った友人。頸から肩にかけての刺青が光を帯びているのを見せつけるように 、だぼだぼの上衣の中に手を突っ込んで背中を掻いている。

「何やってるんだ、羅英」

 雨上がりの濡れた葉のような眸を向けて、彼は口を歪めた。

「裏切りを確定させるような証拠と歩いてるんじゃねえよ」

「うん?」

 瞬く。思誠は顎をしゃくった。

「あれは征雲の人形じゃねえか」

 その先は、どすん、と地面に落ちた後もごろごろと転がっていく雄飛だ。

「あー。ご存じで」

「知らないでか」

 彼はまだ背中を掻いている。

「どこに話を流してんのかと思えば、よりによって征雲かよ」

 長い溜め息とともに、胡乱な視線も投げつけられる。

「完全に俺も怒られるじゃねえか」

「な、何のことかな!?」

 相手の刺青がますます輝くのを見て、ぐるりと背中を向けた。

「死ねや!」

「ぎゃああああああ!」

 地面に転がると、頭があった高さを風の刃が抜けて行った。

 どおん、とまた別の木が倒されていく。

 ひっと叫んで立ち上がる。今度は転んでいた場所が砂埃を巻き上げた。

「暴力反対!」

 振り向き、叫ぶ。

「当てるの下手で悪かったなぁ! 苦しまないように一発で当たれ! そして死ね!」

「厭だ! 死にたくない! 俺には可愛い弟が!」

「知ったことかー!」

 雄叫びと風が轟いたその正面ににゅっと爪が突き出される。

 思誠が仰け反る。

「まだ使い道のある男だ。止めてもらおうか」

 爪が伸ばされる。それは思誠の腕をすうっと貫いた。

 悲鳴が上がる。爪が、ずぶ、と引き抜かれると、腕からは真っ赤な雫が飛ぶ。

 ずるりと思誠は崩れ落ちた。

「どけよ!」

 横合いから、もう一つ赤い光が飛び込んでくる。

「思誠のへたくそ!」

 またしても少年だ。焔を纏わせた腕がぐんっと雄飛に伸びる。爪と焔がぶつかって高い音を立てる。

 一度離れて、また叩き合って。繰り返して。


 羅英は瞬いて、ぐるりと見回した。

 思誠は左腕を押さえて転がり、呻いている。

 倒れかけの木の根元にいたはずの二人の姿は見えない。

「と、取りあえず逃げちゃいますかね!?」

 ひくっと口の端が勝手に動く。一つ大きく息を吸ってから、大きく腕を回して陣を描く。

 じわりと輝くなり。

「雄飛! 早く!」

 振り向いた仮面の襟を引っ張って、そこに飛び込んだ。

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