第15話 ヤマトは殿様に無視される
血まみれのヤマトは何とか生きているみたい。
でも呼吸も弱ってるし、いつ死んでもおかしくない状態だ。
こういう時は……。私は腰につけていた巾着袋を取り出す。この巾着袋はヤマトに渡されていたもので、服とお揃いの真っ黒な色をしている。だから気に入っていない。今まで存在を忘れていたけど、確か中にはいろいろ道具が入ってたハズ。
ゴソゴソと中をあさる。
…………うん、あった。緑色の液体がビーカーみたいなガラス瓶に入っている。これは、もし私が怪我をして、ヤマトが側にいない場合に使えって言われてた薬だ。ヤマトは、ヤクトウとか何とか言ってたような気がする。
ヤクトウを取り出し、ヤマトの体に直接ぶっかける。別に飲まなくても大丈夫らしいし。
__ジュワーー
ヤマトの体から湯気が上がった。
「ううう。……ヒナミ?」
おお。ヤマトが気づいた。ヤマトの体の傷は少し塞がったように見える。こんなにすぐ回復するなんて、すごい。……でも、ヤマトは全体的にまだまだ血まみれ。重症なのに変わりはない。
「ヤマトー。だいじょうぶ?」
「
「もっとお薬使う?」
「……いや、この傷では無理だ。薬湯は体の切り傷などを回復させるには効果が高いが、折れた骨を治すまでの効力はない」
「そんなー」
「こうなっては仕方ない……。ヒナミ、俺を置いて帰れ」
ヤマトが私をまっすぐに見て言う。
「え?」
「俺はもうダメだ。ここで死ぬしかないだろう、だがお前一人ならまだ生きて帰れる可能性がある」
「でもでも、私帰り道なんて知らないし」
「教える。しっかりと聞け、幸いにもここは階段のすぐ側だ。階段を下った先も狂鳥の餌場だが、襲ってくる種類の魔物は少ない。というか一種類だけだ。運が良ければ生き残れる。だから心配するなヒナミ」
そんな、これ冗談じゃないのかな。ヤマトと別れて、私一人でこんな場所から帰れるの?
でもヤマトはとても真剣に私に教えてくれる。自分が死んじゃうってわかってるハズなのに。
「うううー。ヤマトー、私嫌だよ」
悲しくて、寂しくて、涙があふれてきた。
「泣くな、ヒナミ。……短い間だったが、楽しかったぞ」
「……ヤマト」
「お前と一緒の間は、楽しかった。そして、俺は月に挑戦して、死ねたのだ。悔いはない」
「うう、ヤマト」
「さあ。よく聞け、ヒナミ。狂鳥の餌場を抜けたら、その先は試練の門だ。ここはヒナミ一人では抜けられぬだろうから……」
私が涙を流しながら、ヤマトの話を聞いている途中で、
__スッ
とカラスさんが私に頭を近づいてきた。
__加嗚呼亜
カラスさんが哭く。
「え?」「何?」
私の膝の擦り傷、ヤマトに転がされてできた傷が、淡く光る。光が収まった後、傷は治っていた。
「ええ!? 傷が治った! えっと、カラスさん、カラスさん! 傷を治せるの?」
私は慌ててカラスさんに聞く。得意そうなカラスさんは、頭を1回、上下に振った。
「じゃあじゃあ、ヤマトも! ヤマトも治してあげて!?」
カラスさんは、「えー、こいつも? どうしようかなー」という風に頭をかしげる。
「治してくれたら、何かご褒美あげるから!」
私の言葉を聞いたカラスさんは、了解したとばかりに頷く。
ヤマトに頭を向けて、
__加嗚呼亜
カラスさんが哭いた。ヤマトの体が私の時と同じように淡く、光る。
光が収まると、ヤマトが倒れていた身を起こした。
「ば、かな」
「わあーーーい! ヤマトが治った! うううう、よかったよー!?」
傷も大丈夫そうだ。
ホントによかった。嬉しくなった私はヤマトの背中に抱き着く。
__トントン
私がヤマトの無事を喜んでいると、肩をつつかれた。
後ろを振り返ると、カラスさんが私を見てくる。「ほら、治してやったぞ。なんかくれ」と言っているようだ。
うーん。私、テキトーにご褒美あげるとか言っちゃったけど、何も考えてなかったな。何をあげようかな?
「御前様、畏みて申し上げます。この命、お救い頂き感謝致します。つきましては俺の命と同等であるこの刀、水切り兼光を献上致したく……」
私が困っていると、ヤマトが何か難しいことを言っていた。ヤマトは正座状態で、両手に刀を持ちカラスさんに差し出している。ヤマトの頭は下を向いている。こんな人、時代劇とかで見た気がする。そうだ、お百姓さんが、殿様とか偉そうな人にするような態度だ。
カラスさんて偉いのかな?
でも、カラスさんはヤマトをガン無視。目も向けない。私の方をじっと見ている。
うーん、やっぱり鳥さんだから、そんなに難しいこと言われても分からないんじゃないかなー。私も分かんないし。
とにかく、カラスさんはヤマトの刀には興味なさそう。ここは言い出した私が、何か与えなければいけないみたい。
何にしようかな。あ、カラスさんって確か光物とかが好きって聞いたことがある。でも、私って全身黒ずくめだし、さっき使った薬が入っていたガラス瓶とかも、お礼に渡す品としては失礼な気がする。
うーん、うーん。……そうだ。全身黒ずくめの私でも、唯一色付きな物があった。
後ろ髪を留めていたカンザシを外す。
カンザシには彼岸花の飾りが4つ付いている。花の色は当然、赤い。
本当はカンザシごと渡せばいいんだろうけど、これはヤマトが私にくれたもので、何より私自身が気に入っている。
__ぷち
だから、私はカンザシについている彼岸花を一輪外す。力を入れると意外にあっけなく外れてくれた。
「これあげるー」
私が外した彼岸花を見せると、カラスさんは嬉しそうに頭を3回上下に振った。
「あ、でも。どうしよー。これだけ渡しても困るよね? 何か括る紐とかがあった方がいいかな?」
カラスさんも、「そうだねー」という風に頭をかしげる。
「御前様、畏みて申し上げます! ならばこの地獄蜘蛛の糸をお使いになら……」
農民の訴えは、当然のごとく無視された。
カラスさんはクチバシで、私の髪を触る。カラスさんの目は少しうるうるとしている。
うーん、これは……。
「私の髪の毛ほしいの?」
カラスさんは頭をゆっくり振る。
「じゃあ、あげるけど。えーと、少しだけだよ。10本くらいならいいけど、それ以上はダメ」
__加嗚呼亜
カラスさんが嬉しそうに啼く。
そして、カラスさんは私の髪にくちばしを突っ込んでセッセと動かした。
痛くはなかった、カラスさんは私の髪の毛を数本抜いたみたい。カラスさんはクチバシも真っ白だから、銜えている髪の毛がよく分かる。
見ていると、クチバシに銜えている髪の毛が淡く光った。そのまま髪の毛が伸びて、私が手に持っていた彼岸花に絡みつく。彼岸花は私の手から離れる。
「おー。すごいすごい」
離れた彼岸花は、カラスさんの三本足の真ん中の足にくっ付いた。止め糸代わりに使われているのは、当然私の髪の毛だ。
「いろいろ器用だねー、カラスさん」
カラスさんは、彼岸花が付いている足を前に出し、嬉しそうに見せびらかしてきた。
「うんうん。似合ってるよー。お揃いだねー私たち」
カラスさんが頷く。今思ったんだけど、このカラスさん、女の子かもしれない。なんとなくそう感じる。なるほど、変態の農民を無視するのも分かる。
でも、カラスさん? ヤマトにもいいところはあるんだよ。
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