白い流星のナミダ

第51話「父からの呪言」

 夏休みもおぼんを過ぎて、後半戦へと突入していた。

 そして、日陽ヒヨウいづるは楞川翔子カドカワショウコ富尾真也トミオシンヤといったいつもの仲間たちと、阿室玲奈アムロレイナの屋敷へと招かれた。

 今日は玲奈の、満十七歳の誕生日だ。

 いつもの阿室家の大豪邸で、ささやかなパーティが開かれている。身内だけの質素なものだが、いづるたちは祝いの言葉を持ち寄りその席に並んでいた。


「阿室先輩っ! お誕生日おめでとうございます! これっ、わたしといづちゃんからです~」

「まあ、お花……嬉しいわ、翔子さん。いづる君も」


 満面の笑みを浮かべる玲奈は、いづるにはやはり今日も美しく見える。薄桃色ピンクのサマードレスを着た可憐かれんな姿は、いづるにはとてもまぶしかった。それは翔子や真也も同じ筈だ。

 だが、心なしかいづるには、玲奈が疲れを隠しているようにも見えた。

 いつもと変わらぬ微笑も、僅かにかげりを感じるのだ。


「ふん、阿室っ! ライバルの俺を誕生日に呼ぶとはな!」

「あら、親しいライバルが嫌いな人がいるのかしら? それがお祝いに来てくれるのを迎えるのは嬉しいことじゃなくって?」

「付き合いは長いがな、阿室……八歳と九歳と十歳の時と、十二歳と十三歳の時も俺はずっと! 渡すのを待ってた!」

「な、なにを?」

「お誕生日プレゼントだろ!」


 なんだかよくわからないが、真也も玲奈の誕生日を祝っているようだ。彼は玲奈へと、リボンと包装紙でラッピングされたプレゼントを渡す。

 早速周囲が勧めるままに、玲奈はプレゼントを開封した。

 中から現れたのは、直球ストレートにガンプラだ。

 玲奈はそれを手に取り、嬉しそうに微笑む。周囲で料理を出したり飲み物を用意するメイドたちにも、自然と笑顔が広がっていた。


「ありがとう、富尾君。これは、REVIVEリバイブ版HGのRX-78ガンダムね。嬉しい、気になってたのよ」

「当然、お前はガンダムは山程持ってるな、阿室っ!」

「ええ、MGのVerバージョン.Kaも持ってるし、HGでも以前の金型の物を持ってるわ。最近だと、ROBOTロボット魂のver.ANIMEアニメも買ってしまったの……あれはいいものよ」

「流石は大河原邦男おおがわらくにお先生と言わざるを得ない。初代ガンダムのデザインは永久不滅!」


 なんだかよくわからないが、おおいに盛り上がっているようである。

 いづるは微笑ましい光景に目を細めつつ、ポケットの中に小さな包みを確認した。出すタイミンを伺いつつも、リボンで飾られた小箱を握ってみる。早く出したい、渡したい……だが、いづるは皆の前では少し気恥ずかしい気もした。

 それは、いづるが玲奈に買ってきた誕生日のプレゼントだ。

 少し生意気かとも思ったが、いづるなりにアクセサリを選んでみた。少ないお小遣いをやりくりして用意した品なので、勿論高価な物ではない。たかだか数千円レベルの物だし、そもそもいづるには女性用の装飾品に関する知識もセンスもなかった。

 最初は、指輪とも思った。

 だが、玲奈のあの細い指が何号かもわからない。

 それで無難に、でも気持ちを込めて首飾りネックレスを買ったのだ。


「さて、いつ渡そうか……絶対これ、富尾先輩にいじられるぞ。翔子にだって」

「んんー? どしたのぉ、いづちゃん! なんかそわそわして」

「あ? あ、ああ! な、なんでもないんだ、うん。なんでもないよ、翔子」

「ふーん。まぁ、いいかあ。……ふふ、頑張ってねえ、いづちゃん!」


 どうやら翔子には、お見通しのようだ。

 流石は十年来の付き合いくされえん、家族も同然の間柄だ。

 かなわないなと思いつつ、いづるはふと違和感を感じて周囲をもう一度見渡す。忙しそうにメイドたちがバタバタと行き来して、次々に料理がいい匂いと共に運ばれてくる。多分、親族や親の付き合いの系列だろうか? 花束やプレゼントもひっきりなしに運び込まれていた。

 そんな阿室家の、いつもの光景の延長線上に……いづるが拾った些細な違和感。

 不思議と、先程から邸内を黒服にサングラスの男たちが数人行き来しているのだ。

 それは、このはなやかな祝いの場にそぐわない不穏な空気をまとっている。


「……妙だな、なんだろう」

「んー? ふぉしたろどうしたの? いじゅひゃんいづちゃん

「食いながら喋るなよ、翔子。ほら……なんか黒服の人が二人、三人くらい? さっきから邸内をうろうろしてるみたいなんだよな」

「ふぎゅぎゅ、ゴッキュン! ……はぁ、おいひい。ん、ホントだぁ。なんだろう、エスピーSPの人かなあ。あとほら、阿室先輩はお嬢様だから……運転手さん! 執事! それとも……ハァハァ、みんなサングラスでよくわからないけど、イケメンぽいよぉ」


 モリモリ料理を食べる一方で、翔子はいづるの言葉に周囲を見渡した。だが、彼女の目には黒いスーツの男たちもよこしまな幻想への供物くもつに見えるらしい。

 これは駄目だと思いつつ、いづるも気にするのはよそうと思った。

 ひょっとしたら彼らは、阿室家で玲奈の世話をする者たちの一員かもしれない。のみならず、一度も会ったことがない玲奈の父親の関係者という可能性もある。

 この時まだ、いづるは阿室家に迫る悲劇を微塵みじんも感じ取れていなかった。

 そうこうしていると、はしゃいで弾んだ声を連れて、メイドの来栖海姫クルスマリーナがやってきた。


「お嬢様、海音寺豊カイオンジユタカ様がお見えになりました」

「玲奈ねーちゃんっ! お誕生日、おめでとーう! 僕もプレゼント、持ってきたよぉ~」


 綺麗にめかしこんだ豊が、海姫の手を離れて駆けてくる。一生懸命に走る少年は、身を屈めて手を広げた玲奈の胸に飛び込んだ。

 思う存分、玲奈の胸の谷間へと顔を埋めて、豊がそこから見上げている。

 正直、羨ましいいづるがいた。

 少し胸元の空いたサマードレスの玲奈が、あまりに魅力的だったから。


「いらっしゃい、豊君。今日はありがとう。私、嬉しいぞ?」

「えへへー、これ、これね! 玲奈ねーちゃん、これっ! 誕生日プレゼントだよぉ」


 豊は手にした筒状の紙を玲奈へと渡す。丸められてリボンでじられた、それは大きな画用紙だ。紐解ひもとき広げた玲奈は、つぼみほころぶような満面の笑みになる。


「まあ、これを豊君が?」

「僕が描いたの! これがね、玲奈ねーちゃんで、こっちが翔子ねーちゃん! でね、これが僕とガンダム!」

「ふふ、上手に描けているわ……本当にありがとう、豊君」


 いづるも翔子や真也と一緒に、豊の超大作を覗き込む。

 画用紙一面にのびのびと、玲奈たちの絵が元気よくクレヨンで描かれていた。子供らしくてとてもいいなと思ったいづるだったが、ちょっと気になって小さく呟く。

 それは、眼鏡を上下させる真也も一緒のようだった。


「よかったですね、阿室さん。で……豊君、この絵」

「俺は描いてない。……俺といづる少年が、いない」


 真也の言う通り、玲奈と翔子は描かれているのに、そこには真也といづるはいなかった。そして、それを指摘されても、豊は悪びれない笑顔でハッキリと開き直る。


「お兄ちゃんたちは飾りですー、偉い人にはそれがわからんのですよー!」

「クッ! 聞いたかいづる少年!」

「まあまあ、富尾先輩。子供の言うことですし」


 苦笑しつつもいづるは、和やかな場の空気にやすらぎを覚えていた。真也もアレコレと豊に絡んでいるが、別に心底腹を立てている訳ではない。それが伝わるから、豊もあっけらかんとしていられるのだ。

 料理のテーブルを囲んで、内輪だけでのささやかなパーティが続く。

 いづるは海姫に進められるまま、適度に料理に舌鼓したづつみを打つ。

 だが、そんな仲間たちの時間、楽しい会話が行き交う中へ聞き覚えのあるメロディが走る。


「それでね、玲奈ねーちゃん。マサルにーちゃんも来たがってたんだけど、お仕事なんだー」

「……やっぱり忙しいのね。だって……あら? 電話だわ。……このメロディは」


 ――颯爽さっそうたるシャア。

 玲奈がテーブルに置いていたガラケーが、十六和音でガンダムの劇伴BGMを奏でた。躍動感のある調べをいづるは以前、玲奈からの説明で覚えていた。

 この着信音は、玲奈の父親からのものだ。

 それがわかったのか、玲奈は表情を固くしてしまった。

 誰もが見守る中で、玲奈は携帯電話へと手を伸べる。

 いづるにはその手は、震えて見えた。

 結局玲奈は、電話に出ようとはしなかった。彼女が躊躇ためらうように伸ばした手を引っ込めた時には、着信音は鳴り止んでしまった。


「いいのか、阿室? 電話だったようだが」

「いいのよ、富尾君。……いいの、いいのよ。いいんだから」


 自分に言い聞かせるようにつぶやきつつ、玲奈は無理に笑ってみせた。

 いづるには、彼女が内心穏やかならざる心境なのが手に取るようにわかる。玲奈はいつも、父親とのことになると不器用で、素直になれない自分に嫌悪感を抱いているのだ。また、そうせざるを得ない事情が阿室家にはあった。

 そして、その全てが玲奈にある種の苦しみをもたらしてるのだと、いづるは感じていた。

 だから、お節介で余計なお世話と知ってても、いづるは静かに玲奈へ語りかける。


「阿室さん、電話……切れちゃいましたね」

「え、ええ。父様は、忙しいんですもの。私も、べ、別に」

「お祝いの電話だったかもしれないですよ? 愛娘まなむすめの誕生日なんですから」

「それは……ないわ、ありえない。父様って、そういう人なのよ」


 だが、いづるにはわかる。いづるだけはわかってやりたいと思っている。

 そんな態度も全て、玲奈の本音の裏返しだ。


「阿室さん、着信履歴から……こちらから電話してみましょうよ」

「いづる君……でも」

「でも、じゃないですよ、阿室さん。、でしょ。それでも、二人は親子なんですから。話せる親がいるなら、話したいって電話してきたなら、向き合うのもいいんじゃないかなって」

「……そうね。そうかもしれないわ」


 携帯電話を手に、玲奈はいづるたちに中座を告げて立ち上がる。

 皆、玲奈の父親との不仲を知っていたし、だからこそ今日という日に……玲奈の誕生日に電話を掛けてきた父親に希望を感じていた。二人の関係性のよき発展を願うし、なにかの転機になればと祈った。

 だが、願いと祈りが呪いへ変わる、そんな瞬間は密かに忍び寄っていたのだった。


「ちょっと電話してくるわね。みんな、楽しんでて頂戴。いづる君も」

「阿室さん、わかります? 着信履歴を表示して、その一番上の番号ですよ?」

「大丈夫よ、機械は苦手だけど……やってみるわ!」


 そう言って部屋を出て行った玲奈は、すぐさま引き返してくる。見兼ねた海姫がニ、三のアドバイスをして、結局ガラケーの操作をしてあげると、彼女はそれを手に行ってしまった。その華奢きゃしゃな背中を視線で支えるように、いづるはただただ黙って見送るしかできなかった。

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