第45話「寿司、新たなり」

 楽しい海水浴の一泊旅行も、東京への帰路は心なしか寂しい。

 祭りのあとの、いわゆるスーパー賢者タイムである。日陽ヒヨウいづるは今朝のこともあって、一際それを強く感じていた。阿室玲奈アムロレイナとの早朝の一時が、まだ続いているかのような。どこか、ふわふわと現実感がなく浮いているような。そんな感じで帰りの車に揺られていた。

 だが、伊豆をあとにする一行に、最後のイベントが待ち受けていたのだった。


「まあ、これが……いづる君! 見て、本当にお寿司が回転してるわ!」


 昼食は、伊豆でも有名な地元の回転寿司へとやってきた。

 勿論もちろん、玲奈にとっては人生初の回転寿司である。


「今日は私のおごりだ、みんな! 好きなだけお寿司を食べてくれよ」

「わあ、いいんですかあ? お寿司……お寿司!」

「なんとぉーっ! おごりだと……ヨダレを拭けよ、楞川。だってよ、回転寿司なんだぜ?」


 気前のいい話で、海音寺勝カイオンジマサルが一同を連れてずんずか店の奥へと進む。

 いいのだろうか……目を輝かせている楞川翔子カドカワショウコに、いづるは不安になった。頓狂とんきょうな歓声に喜ぶ富尾真也トミオシンヤすら気にならない。

 翔子は、滅茶苦茶食べる。

 健啖家けんたんかで、こういう場所では三十皿くらいペロリと食べる。

 時に牛馬のごとく食べるのだ。

 昼飯時で少し混雑していたが、一同は並んでカウンターに座る。当然のようにいづるの隣に玲奈が座ろうとしたが……かわいいお邪魔虫が二人の間に飛び込んできた。


「ボク、さび抜きで食べるねー! ねえねえ、玲奈ねーちゃん。隣に座ってもいい?」

「ええ、よくてよ。……これは、なにかしら? いづる君」


 いづると玲奈の間に、すっぽりと海音寺豊カイオンジユタカが収まる。無邪気な子供には勝てなくて、いづるはやれやれと思いつつ悪い気はしない。玲奈が目線でいづるに頷きつつ、楽しそうに周囲を見渡しているから。

 玲奈は早速、座ったカウンターの奇妙な、一種独特なテーブルに首を傾げている。


「気をつけてくださいよ、阿室さん。これは熱湯が出るんです。こうして……はい、お茶です」

「まあ! お、お茶が……どうしたのかしら? 私の知らない武器が内蔵されているのね?」

「あと、これが生姜です。食べたい分だけ取ってください」

「そういうことなのね。すまないわ、いづる君」


 そうこうしている間に、一番隅へ座っている来栖海姫クルスマリーナがテキパキ店員に話をつける。こうして、前代未聞の食べ放題、玲奈の人生初の回転寿司が始まった。

 早速バリバリ食べ始めた翔子と、その横で若干引いてる真也を横目に……いづるは子供の豊に目を配りつつ、子供になってしまった玲奈にも注意する。二人は瞳をキラキラ輝かせながら、右から左へと流れる寿司ネタを見詰めていた。


「ねえねえ、玲奈ねーちゃん! どれを取ってもいいの?」

「落ち着くのよ、豊君。まず、豊君にはわさびの入っていないお寿司を……いづる君!」

「は、はい。えっと……このタッチパネルを使ってください。注文すれば個別にお寿司が運ばれてきますから」


 だが、いづるはすぐに思い出す。

 玲奈は、死ぬほど機械が苦手な機械音痴きかいおんちなのだ。

 見ていると、彼女はタッチパネルの端末を手にしたまま固まっている。ツツツと彼女の視線は、助けを求めるようにいづるへ注がれてくるのだった。


「貸してください、阿室さん」

「任せるわ、いづる君。よしなに」

「えっと……豊君、なにか食べたいお寿司はあるかな?」


 じっと流れる寿司を見ていた豊が、いづるを隣から見上げてくる。

 彼は満面の笑みで、これぞ金持ちの子供というチョイスを平然と言ってのけた。


「うんとね、ウニ! ウニの軍艦とね、あとは……イクラ! イクラの軍艦!」

「軍艦、好きなんだね」

「うんっ! ……でも、なんで軍艦って言うのかなあ」

海苔のりでぐるっと巻いてあるから、その形が軍艦みたいに見えるんだよ」


 手早くタッチパネルを操作し、さび抜きで寿司を注文する。その間もずっと、玲奈は流れてくる寿司を見やりながらワクワクが抑えきれないようだ。


「いづる君っ! お皿の色が全部違うわ。これは……」

「ああ、値段が違うんです。安い寿司ネタは青とか黄色、高いのは赤とか金ですね」

「赤とか金……なるほど、通常の三倍は高いのね! 大トロとか穴子がそうだわ」

「え、ええ、まあ」


 玲奈は覚悟を決めたように深く深呼吸すると、さっと手を伸べレーンから皿をすくい取った。それを両手で大事そうに持って、ちらりと得意気にいづるを見てくる。

 なんだか妙にかわいいイキモノになってしまった玲奈は、回転寿司が気に入ったようだ。


「凄いわ、いづる君……回ってるお寿司なんて、私初めてよ」

「はは、僕なんか回ってないお寿司の方が馴染みないですけどね」

「合理的ね……寿司の理念に合致してるわ。江戸っ子はサッと入店、ササッと食べて、長居せずに去るのがセオリーだもの。これなら、入店と手続きを終えれば自分のペースで食べられる」


 玲奈は醤油しょうゆの小瓶を専用の小皿に傾けて、それに先ほど取ったヒラメの縁側をつける。小さな口に寿司を運ぶ様に、気付けばいづるは見惚みとれていた。彼女は本当に美味しそうに、目をうっそりと細めている。


「おいひい……美味しいわ、いづる君! ほっぺたがカトンボのように落ちそうよ! ……あら?」


 そうこうしていると、先ほどいづるが豊のために注文した軍艦が運ばれてくる。この回転寿司では無人化が進んでいるらしく、回転するレーンの外側のレールに新幹線を模したトレイが走っていた。その上に乗せられたウニとイクラが、いづるたちの前で止まる。

 子供はこういうのが好きだ……当然、豊は満面の笑みでいづると玲奈を交互に見上げてくる。


「いっ、いづる君! お寿司が自動的に……お寿司だけを運ぶ機械なのよ!」

「見て、新幹線! 新幹線がお寿司を運んできたよ! 玲奈ねーちゃん」

「まあ……殆ど機械で自動化されてるのね。さながらモビルドール……しかし、モビルドールという心なき配膳装置の使用を行う回転寿司の出すネタは、後の世に恥ずべき文化となりはしないでしょうか。……ならないわね、素晴らしいわ! これが回転寿司なのね!」


 玲奈、大興奮の大感動である。

 その姿を見て、いづるも奇妙な満足感を感じた。

 向こうに見えた、翔子が築く皿のキャピタルタワーは、敢えて見なかったことにする。

 翔子はドン引きしてる真也の食欲を減退させながら、次々と寿司を平らげていた。


「楞川っ、茶だ! 生姜も食べろ! ええい、マグロばかり食べるんじゃない」

「えー、美味しいですよぉ? ほらほら、富尾先輩も」

「食べたいネタを食べたいだけ食べる、しかしこれはナンセンスだ!」

「うふふー、よりどりみどりー!」


 賑やかで大変よろしい、と思うことにした。もうあれは、いづるにとっては一種のお約束なのだ。そうこうしていると、豊は自分でもタッチパネルを操作してみて、玲奈が覗き込む中で追加の注文をする。

 やはりというか、また豊は軍艦を頼んでいた。

 そして、やはり来たかという話題を爆弾のように彼は投下する。


「ねえねえ、玲奈ねーちゃん!」

「なにかしら? 豊君」

「ガンダムの軍艦は、?」


 本当にもう、心底最強議論が好きだな子供はと、思わずいづるは苦笑してしまう。

 だが、玲奈はまたしても真面目な顔で考え込んでしまった。そして、普段なら首を突っ込んでくる真也は、翔子の相手でそれどころではないらしい。


「ガンダム世界の最強の軍艦……難しいわね、豊君」

「えっと、宇宙世紀ユニバーサル・センチュリーの艦でいいよー」

「リーンホースJrジュニア? いいえ、それとも……ラー・カイラム? むしろ、ジオン系やクロスボーン系の艦船も」


 考え込む玲奈の手が止まってしまった。

 いづるは適当にサーモンなどを食べつつ、答を待つ。豊の最強議論好きは今に始まったことじゃないが、真剣に考える玲奈の真摯しんしな態度には頭がさがる思いだ。

 結局、悩みに悩み抜いた末、玲奈は一つの結論に達したようだ。

 だが、その言葉に豊が先回りをする。


貴方あなたの好きな艦が、最強なのですー! っていうのは駄目だよー? 玲奈ねーちゃん」

「ぐっ! 豊君……やるようになったわね。でも、宇宙世紀の艦船だけでも膨大な数になるわ。新しい物が強いとも限らないし、ガンダム世界の艦船は皆、戦艦であると同時に母艦、モビルスーツの積載量や運用能力も問われるわ」

「大気圏内での運用や、大気圏突入、大気圏単独離脱の能力なんかも重要だよねー」

「いづる君、教えて……私たちはあと何回、語ればいいの? 私はあと何回、この子と最強談義を語ればいいのかしら……ガンダム知識は私に何も言ってはくれない。教えて、いづる君!」


 知らんがな、と思ったが、いづるはつい笑ってしまった。

 ガンダム一年生のいづるには、モビルスーツでさえ知識がおぼつかないのだ。まして、出てくる艦の名前など、ホワイトベースくらいしか知らない。そして、それは一年戦争というガンダムの歴史の初期に出てくる戦艦なので、最強ではないくらいはいづるでもわかった。

 腕組み悩む玲奈と、それをニコニコと見上げる豊。


「ねーねー、玲奈ねーちゃん。やっぱり、リーンホースJr?」

「あの戦艦、リーンホースJrはリーンホースとスクイードを繋ぎ合わせて建造された、極めて不安定なものよ」

「じゃあ、ジオンのは? グワダンとかおっきーよ?」

「ドゴス・ギアもカタパルト数などで優れた艦ね……艦の性能の違いが、運用能力の決定的差でないということを教えてあげるわ」


 見兼ねたいづるは、やれやれと二人に皿を取ってやる。それは、最初からさび抜きになってる一番安い皿だ。考え込みつつ一皿二かんを半分こずつ食べた玲奈と豊は、目を見開いて同時にいづるへと向き直った。


「なにこれ、いづるにーちゃん! 美味しい! これはなぁに?」

「ユニバァァァァァスッ! ……美味しいわ、これは? 食べたことのないお寿司よ、いづる君!」


 最強談義もいいが、今は伊豆の海のさちを楽しんで、回転寿司を堪能するべきだ。そうは思いつつ、いづるが二人に食べさせたものは……海の幸でもなんでもないのだが。


「えっと、これはツナマヨです。あと、これが牛タン、こっちはアボガドロール」

「肉が寿司にネタを与えるなど! ……ああ、マヨネーズがおいひい」

「こっちはサラダ巻きですね。それから」

「見たこともないわ、こんなお寿司。こっちはカレーにうどんね、既にもう寿司ですらないわ! どういうことなの、いづる君。ピザやパスタまで」

「スイーツもありますよ。プリンにケーキも」


 回転寿司のメニューは時々、節操がない。だが、一度外食すればバリエーションが多彩な店に喜ぶのが庶民感覚というものだ。玲奈は一枚百円の皿の創作寿司を堪能したあとで、人生初のマグロ中落ち軍艦に舌鼓を打った。まあ、上流階級の人間が骨にこびりついた部分まで軍艦にして食べるなど、想像しなかったに違いない。

 豊は豊で、カレーライスを食べながら早くもデザートを物色していた。


「気に入ったわ、いづる君。それだけバッサリ寿司以外を出すとはね」

「ま、回転寿司なんてなんでもありですよ。因みに阿室さん、普段お寿司は」

「取り寄せるか、銀座に食べに行くかよ。海姫を連れて。でも……回転寿司、なんて素晴らしいのかしら! 決めたわ、今度は都内でも回転寿司に行くわ」

「いやあ……まあ、気に入ったならいいんですけど」


 因みにいづるが、そんなこんなで玲奈や豊と回転寿司を堪能している横では……翔子が空皿で、キャピタルタワーの隣に軌道エレベーターを建てていた。げんなりした顔の真也が、少しだけ気の毒だった。

 だが、実際には全ての会計を受け持った勝の、レジでの顔面蒼白がんめんそうはくな表情なのだった。

 こうして夏休みの海を堪能したいづるたちは、いつもの都心、いこいの我が家へ帰るのだった。

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