第34話「美味き飯の終わり」

 未来世紀フューチャー・センチュリー60年、地球の国家群は宇宙へコロニーとなって存続していた。そして、いまだ国家間の利権を争う中、人類と地球をうれゆえに……恐るべき代理戦争システムが考案される。

 ――ガンダムファイト。

 各国代表のガンダム同士による、地球をリングとした過酷なサバイバルバトル。だが、皮肉にもガンダムが戦う場と化した地球は、徐々に荒廃し汚染されていったのだった。

 主人公ドモン・カッシュは、冷凍刑れいとうけいに処せられた父の名誉回復のため、ネオ・ジャパン代表のガンダムファイターとして地球へおもむく。数々の戦いの中で、幼馴染のレイン・ミカムラと再会、多くの良き好敵手ライバルにも恵まれ成長してゆく。

 伝説のファイター、シャッフル同盟を継ぐ者となるか、ドモン・カッシュ!?

 そして、恩師である東方不敗マスターアジアとの邂逅かいこうがもたらす未来とは?

 最凶最悪のデビルガンダムが胎動する地球で、今……バトルロイヤルが始まる!


 日陽ヒヨウいづるが醤油しょうゆラーメンをすすりつつ、結局スマホで調べたGガンダムの物語……正直に言って、設定や背景、そして脚本や演出のどれもが破天荒はてんこうなものだった。

 だが、不思議とかれる……鷲掴わしづかみにされた気持ちが引き寄せられる。

 いづるは阿室玲奈アムロレイナの言葉が恋しくてれたが、彼女はチャーシュー麺に夢中だった。


「美味しい、これが……これが、ラーメン! 夢にまで見た……ラーメンなのね」

「あ、あの……阿室さん?」

頬張ほおばるとそこにはいつも熱々の麺があるの。凄いわ、ラーメンは」


 そういって玲奈は、はふはふとチャーシューを口にし、うっそりと目をうるませながらレンゲでスープを口へ運ぶ。うっすらと額に汗を浮かべながら、彼女は美味おいしそうにラーメンを食べていた。いづるは見ているだけでなんだか、いつにも増して玲奈を身近に感じた。


「深くてコクがあって後味もいい。初めてなのにラーメンにとりこになりそうだし、今度はチャーシューまで」

「……阿室さん? 駄目だ、なんかスイッチ入っちゃったみたいだ」

「このラーメンが私に聞いてくるの……玲奈、次はどうする? 次はなにを食べればいい。次はどんなハフハフできる麺を食べてくれるんだ――って。ここのラーメンは裏切らない味だわ」


 遂に我慢できなくなったのか、レンゲを置いた玲奈は両手でどんぶりを持つと、静かに口をつけてスープを飲み出した。作法や振る舞いには気をつけてる彼女が、ゴクゴクと喉を鳴らしてスープを飲んでいる。なんだか、ちょっといけないものを見ているようでいづるは落ち着かない。

 やはりいづるはムッツリスケベだった。

 そうこうしていると、丼を置いた玲奈は「ぷはーっ」と感嘆かんたんの息を吐き出す。


「堪能したようだな、それがわかるんだよ! 阿室っ!」

「わぁ、阿室先輩ほとんど完食だあ。やっぱり美味しいですよねぇ、ラーメン」


 富尾真也トミオシンヤ楞川翔子カドカワショウコといった面々も、餃子ぎょうざと麺を平らげ満足そうに笑っていた。

 玲奈は上品にハンカチで口元を拭うと、ようやくいづるに微笑ほほえみかけて語り始める。


「さて……Gガンダムの話だったわよね? 端的に言えば、見ればわかるの……ただ、4クール49話というのは、少しボリュームが重いわ。でも、敢えて言うわ、必見であると!」


 グッと両の拳を胸の前に握って、玲奈はキリリと表情を引き締める。

 以前、いづるは連休中にゼータガンダムをテレビ版で全話視聴したが、確かにまとまった時間がなければ難しい。毎日少しずつみても勿論もちろんいいのだが、いづるはついつい焦れてしまうのだ。

 ガンダムをみる時、つい思ってしまう……早く玲奈に追いつきたいと。

 そんなことを考えてたら、再び翔子が先ほどの話を蒸し返してきた。


「でもぉ、阿室先輩……これってガンダムでやらなきゃいけないことだったんですかあ? 殴ったり蹴ったり、必殺技出したり」

「そうよ、翔子さん。換骨奪胎かんこつだったい、ガンダムであることからスタートし、全くガンダムではないものへと昇華した……そして、Gガンは新たなガンダムシリーズの扉を開いたの」


 後に平成三部作と呼ばれるアナザーガンダム、ウィングやXの先駆け……それがG。


「Gガンでは、ニュータイプやミリタリーティスト、リアルなメカ描写をえて捨てたわ。結果、ロボットプロレスを大人のアニメへと変えたガンダムが、ロボットプロレスをすることになったの。でも、今だから言える……この勇気ある創意クリエイトが、素晴らしい決断だったと」

「しかし、阿室っ! それをわざわざガンダムシリーズでやる意味は」

「そこよ、富尾君。宇宙世紀ユニバーサル・センチュリーのシリーズを続けた結果、ガンダム作品は全て一定のパターンを持つ、いわば伝統芸能になっていったの。それはそれで素晴らしいけど、娯楽としては常に新鮮さや斬新さが必要だぞ? ガンダムでそれをやるのは、とても勇気が必要だったのよ」


 玲奈はつぶさにGガンダムの放送当時を語ってくれた。

 まだいづるたちが生まれてない時代、そこはガンダムこそがリアルロボットの金字塔、ミリタリー知識や緻密なメカ描写の集大成と思われていた。そこに、当時大流行していた対戦格闘ゲームをフィーチャーしたGガンダムが生まれた。

 登場するモビルスーツは、ほぼ全てがガンダム。

 ビームライフルもファンネルもなく……武器は拳、飛んで跳ねて蹴る。

 香港映画や京劇のような、ケレン味にあふれる作劇と演出、濃ゆいキャラクターたち。

 荒唐無稽こうとうむけいな精神論が横行する中で、友情や勇気、そして夢と愛を愚直な正直さで語る。ニュータイプもオールドタイプもなく、常軌を逸した身体能力の主人公たち。


「当時、最初の数ヶ月は誰もが激怒し、嫌悪したわ……いやーっ、私のガンダムが! という風に。でも……次第にGガンはファンの心を掴み、製作側の真摯な努力は実った」

「確かに……Gガンがいいという声、俺もネットで時々見かける」

「よく、動画サイトでもネタにされてますよねえ。特にマスターアジアの師匠が」


 真也や翔子が頷く中で、玲奈は真っ直ぐにいづるを見詰めてきた。彼女の澄んだ瞳は今、先程までラーメンの美味にとろけてほうけた、あの潤いではない。知的に輝く眼差しは、大好きなガンダムを語る時の真剣さと優しががあふれている。そういづるには感じた。


「今までのガンダムを構成する要素を全て廃し、敢えて今までのガンダムではタブーであろう要素で再構成した。これにより、ガンダムシリーズはあらゆる束縛から解き放たれたわ」

「あー、確かにぃ……わたしの好きなWとかも、宇宙世紀っていうのじゃないですよねえ。戦争物だけど、どっちかというと主人公五人組が萌え萌えだからみてたし」

「その次のXでは、宇宙世紀ではない世界でニュータイプ論が語られたと聞いているぞ。なかなか秀逸な話運びだったらしい。……ふむ、食わず嫌いしている場合ではないな」


 顎に手を当て頷く真也の向かいでは、相変わらず翔子が受けだの攻めだの訳のわからないことを言っている。

 だが、いづるはようやく理解した。

 いや、まだ視聴していない番組を理解したなどとはおこがましい……だが、もう既にみたくてしょうがないガンダムになったそれが、時代を切り開いた意欲作だったと感じるのだ。そしてそれは、今も多くのシリーズを産んで育て、勇気付けている。

 Gのように、宇宙世紀にこだわらなくてもいい……SEEDシードAGEエイジがそうであるように。

 Gのように、ガンダム的なメカや戦闘に固執する必要もない……00ダブルオーや鉄血のオルフェンズでいい。

 Gのように、ニュータイプを語らなくても物語は成立するのだ。


「でも、Gガンだってガンダムのお約束をふまえてるトコもあるのよ? 例えば、仮面の男は出てくるし、地球の荒廃や環境汚染といった問題提起は根幹に感じられるわ」

「それって、やっぱりじゃあ……Gガンダムも、ガンダムである意味があるってことですか?」

「少し違うわ、いづる君。意味を持って生まれるものなんてない……生まれてからGガンは、自らに意味を育んで確立させたのよ。熱狂的なファンも多いし、富野監督とみのかんとくも気に入ってるわ」


 その一言に真也は、ガタン! と椅子を蹴って立ち上がった。


「そうか……! しかしこの意欲をもったGガンが、ガンダムシリーズのイメージさえ破壊するんだ! それを分かるんだよ阿室っ!」

「わかっているわ! だから、ガノタに新境地の熱意の光を見みせなけりゃならないのよ!」

「ふん、そういう女にしては当初Gガンに否定的だったな……えっ!」

「私はマシーンじゃないもの! Gガンを幼少期に肯定など出来ない! ……だからね? 富尾君はGガンを邪道としてみるのを避けて」

「……そうか? Gガンは多様性を求めていたのか。それで、それを富野御大とみのおんたいは好ましく感じて、ターンエーにもシャイニングフィンガーを出したんだな」

「貴方ほどの富野信者とみのしんじゃが、なんて器量の小さい!」


 完全に別世界に旅だった玲奈と真也を見やり、いづるは翔子と柔らかな微笑に肩を竦める。

 そうこうしていると、例の三つ編みの大将がやってきた。表向きは会計用の伝票を持ってきたように見せているが、どうやら玲奈に会いに来たのだ。

 壮年の大将は、そっと四人が座るテーブルの横に立った。


「盛り上がっているようじゃな、お嬢さん!」

「まあ、師匠っ!」

「初対面のワシを、師匠と呼んでくれるのか」

「私は今の今になって、改めてGガンの良さを再認識したわ。なのに私は、ラーメンを食べることだけを考えていた。いづる君にGガンを語ろうともしなかったわ! ……なのに、貴方あなたは最初から、最初から私たちのことを……!」


 いや、それは別に……と思わなくもないいづるだった。

 だが、玲奈は店の大将と謎の盛り上がりを見せている。既に立ち上がった玲奈は、多少の手を取り手を重ねて、互いに硬く握り合っていた。


「なにを言う、所詮しょせんワシは料理人よ……だがな、見てくれ。ワシの気持ちは一瞬たりとも、Gガンダムを忘れてはおらん……」

「わかっていた……わかっていたわ!」

「ああ、お嬢さん……お前さんが夕飯を食べにきてくれたから。お前さんがガンダムオタクでいてくれたから……こう熱くなってしまったんじゃ」


 なにを思ったか大将、玲奈の飲み残した丼を手に取るや……一息にスープを飲み干した。

 すぐさま間接キスという単語がいづるの脳内を支配する。

 ウラヤマシイ……そして、今や暑苦しさがスーパーモードな大将は、間違いなくハタから見れば変質者だった。だが、何故か玲奈は不快感を現すどころか微笑んでいる。


「美味いな……」

「ええ! とても美味しかったわ!」

「ならば! 流派! 東方不敗は!」

「王者の風よ!」

全新ぜんしん! 系裂けいれつ!」

天破侠乱てんぱきょうらん!」

「見よ、東方は――」


 小芝居もそこまでだった。

 例の山田というバイト店員が来て「大将、仕事してください、仕事」と引きずってゆく。腕をガシリと山田に掴まれた大将は、そのままズルズルと厨房の奥へ消えていった。

 その頃にはもう、呆れた真也に促されて、いづると翔子も伝票を手に席を立つ。玲奈だけが、厨房へと大将を見送り目を潤ませていた。


「紅く、燃えているわっ! ……師匠……師匠、師ィィ匠ォォォォォッ!」

「……阿室さん、そろそろ行きます、けど、その」

「ほへ? えっ、ええ! 行くわ、行きましょう! ……またやってしまったわ、同じガンダム好きに会うとどうしても……」


 我に返った玲奈は、頬を朱に染めつつイソイソといづるの手から伝票を優しく奪い取る。各々自分が食べた分を払うことにしたが、レジを打つ山田の冷ややかな視線は、いづるたち四人が店を出るまでずっと呆れ顔でこちらを見詰めていた。

 こうして玲奈のラーメン初体験は、商店街に熱烈なGガンダム愛好家がいたことによって……いづるにとっても忘れられない晩餐ばんさんとなったのだった。

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