いつかキミに届いて

第26話「ガンダムの地に立つ!!」

 ゴールデンウィークで遊び呆けていた日陽ヒヨウいづるたちを待っていたのは、連休明けの中間テストだった。普段は中の中ぼちぼち、まったく平凡な成績を残すだけだったいづるだが……阿室玲奈アムロレイナ富野真也トミオシンヤのおかげで、普段よりも格段にいい成績を残していた。

 なにより、楞川翔子カドカワショウコが赤点を免れたことが、いづるには驚きだった。

 もうすぐ梅雨入つゆいり間近と思われる五月晴さつきばれの日曜日、いづるはまたしても玲奈に呼び出されたのだった。


「いづる君! あれよ、あれ! ……なんてことかしら、本当に実物大なのね!」


 青空に立つ巨大なガンダムは、遠くからでもよく見える。

 それを指さし笑顔を零す玲奈は、いづるの手を引きグイグイと歩き出した。後に続く真也や翔子が笑う中、いづるは千鳥足ちどりあしで引きずられるようにあとを追う。

 今日は四人で、お台場のガンダムフロント東京に来ているのだった。


「うわ、本当に実物大だ……どれくらいあるんですか? 阿室さん」

「全高18m、自重43.4t、全備重量は60t。RX-78-2、ガンダム……ガンダムよ、ガンダム! ガンダムはここにいるわ!」

「あ、阿室さん、落ち着いてください」


 実物大ガンダムを見上げる場所まで来て、その圧巻のスケールに玲奈が目を輝かせている。

 いづるにとっては、子供みたいにはしゃぐ玲奈の姿のほうが、実物大ガンダムの何倍もまぶしかった。今日の玲奈は、オレンジのキュロットスカートにTシャツという軽装だ。

 周囲は親子連れやカップルで混雑していたが、歓声をあげる玲奈はやはり目立つ。

 誰もが可憐かれんな美少女の無邪気な姿に目を細めていた。

 玲奈はいづるの手を引き実物大ガンダムの周囲を一周すると、矢継ぎ早に喋り続ける。


「ガンダムは大河原邦男おおがわらくにお先生がデザインされた、全てのガンダムシリーズの元なの。まさしく元祖ガンダムよ! いづる君!」

「え、ええ」

「鎧武者をモチーフにしてるとも言われ、企画段階での名前はガンボーイ・フリーダム……それが、放送時にガンダムという、ガキーン! と格好いい名前になったの!」

「そ、そうなんですか」

「ガンボーイの名は後に、フォー・ザ・バレルで使われて脚光を浴びたわ。あの小説は1stファーストガンダムを再構成した物語だもの。そしてフリーダム……こっちはSEEDシードのフリーダムガンダムに受け継がれたと言われてるわ。名付け親の一人である脚本家の星山博之ほしやまひろゆきさんを、福田ふくだ監督はリスペクトされてたのよ」


 正直、玲奈の話は半分もいづるには理解できない。

 ガンダムの物語や用語すら知らないことばかりなのに、制作した人間のこととなるとチンプンカンプンだ。だが、玲奈は既に極度の興奮状態で、ガノタ属性の解放が止まらない。

 真也や翔子の前まで戻ってきたいづるを、さらに玲奈は実物大ガンダムの前へ押し出す。


「こうして見ると、本当に大きいわ……18mですものね」

「あ、はい。その、阿室さん……手、手が」

「手? そうよ、あの手を見て! ガンダムの手には本来、ビームサーベルへのコネクターがついてるの。それはちょっと見えないわね……握ってるものね!」

「いや、そうじゃなくてですね。あの、阿室さん。僕の手を、その……」

「ガンプラでも、私はできれば平手のパーツが左右に欲しいわ。一部のキットには同梱どうこんされてるけど、多くのキットは平手が左手にしかないもの。ROBOTロボット魂なら両手の平手が付くのに」


 駄目だ、早く何とかしないと……!

 玲奈は先程から、いづるの手を握り締めて喋り続けている。じんわりと温かな玲奈の体温が、いづるの手の中に圧縮されて浸透してくる。その柔らかさにドギマギしつつも、いづるはそっと玲奈の手を握り返していた。

 ちらりといづるは視線を友人たちへ逃がしたが、真也も翔子も笑っている。

 あっちはあっちで、なんだか話が盛り上がっているようだ。

 そうこうしていると、ようやく玲奈が手を放してくれた。彼女はかわいらしいポーチから携帯電話を取り出すと、それを開いてなにやら操作を始めた。こういう時は自然と、機械音痴な彼女の手元を覗き込んでしまういづるだった。


「阿室さん? どうしたんですか」

「写真よ、いづる君! このガンダム、写真に撮らなきゃ……だって、アニメじゃない! アニメじゃないもの……本当のことだもの!」

「お、落ち着いてください、阿室さん。操作、わかりますか?」

「大丈夫よ、いづる君。私が……私が携帯電話を一番上手に扱えるんですもの!」


 だが、玲奈の宣言も虚しく、彼女のガラケーはメールボックスを確認したり着信履歴を表示するだけだった。

 玲奈は観念したのか、ちらりといづるを上目遣いに見詰めてくる。


「……写真、撮りましょうか」

「そ、そうね! いづる君、写真を撮るの上手だものね。お願いするわ」


 玲奈から携帯電話を受け取り、少し下がっていづるはガラケーの画面を覗き込む。丁度よくガンダムが映る位置に立って、彼はシャッターを押した。

 そうこうしていると、ガンダムの足元に立つ玲奈が手を振り声を張り上げる。


「いづる君! 私とガンダムを写真に撮ってちょうだい! いいこと? 上手に撮るのよっ!」

「あ、はい。……いやあ、富尾先輩。翔子も。見てよ、阿室さんったらさっきからもう……あれ?」


 近くに来た真也と翔子に、いづるは微笑ましさから首を巡らす。

 だが、二人を見て絶句。

 真也はスマホを構えて無心にガンダムへとシャッターを切り、翔子も一生懸命写真を撮っている。いまだ一般人でしかないいづるにとっては、そのテンションがまだ理解不明……しかし、はしゃいでしまう気持ちがわからないでもない。

 そうこうしていると、向こうで手を振る玲奈がポーズを決めた。

 ポーズ、だと思う……いづるはそれを携帯のカメラ越しに見て首を捻る。


「なんだろう、あれ……富尾先輩。阿室さんが、なんか……変なポーズを」


 玲奈は今、ガンダムを見上げる足元に立っている。すらりと見心地のいい、スタイルの良さが際立つその姿。彼女はピンと背筋を伸ばして、まるで天へと跳躍するかのように空へと右手を伸ばしている。

 大きく伸びをして、右腕を上へと突き出しているのだ。

 そのことを隣の真也に聞いたら、逆に怪訝けげんな顔をされてしまういづるだった。


「知らんのか、いづる少年っ! あれは、あれこそがガンダム的なポーズ! いな、敢えて言おう……富野とみの的なポーズであると! いいぞ、阿室っ! ええい、見ておれんっ!」


 真也もかなり興奮しているようで、いづるにスマホを押し付けると走り出す。彼はすぐに玲奈の隣にならんで、アレコレ言葉を交わしていた。

 やがて二人は「いづる少年、俺も写真だ!」「二人で撮るわ、いづる君!」と声をあげるや……やはり並んで妙なポーズを決める。二人は何故か揃って身体を広げるように、右手を突き出すポーズだ。なんだろうあれはと思いつつ、いづるは二人の携帯にそれぞれ姿を収める。

 そうこうしていると、翔子がハスハスと鼻息も荒くいづるに詰め寄ってきた。


「いづちゃん、わたしも! わたしも阿室先輩と写真撮る! これね、これ! はい携帯!」


 翔子は真也と入れ違いに、玲奈の隣へとぽてぽて走ってゆく。

 戻ってきた真也は興奮を抑えきれないのか、いづるから返却された自分のスマホで写真を確認して頷く。酷く満足そうで、普段の真也ならば見せないような緩んだ笑みが浮かんでいた。

 そして彼は、不思議そうにカメラマン役をずっとこなすいづるに語りかける。


「富野監督のアニメならば、オープニングの歌に沿って流れる絵は……こう! こうなのだよ、いづる少年! 右手をかざして、こう!」

「は、はあ……そういうもんですか」

「流石に阿室はわかっているようだな……よし、いづる少年。今度は俺がシャッターを押そう。いづる少年も、阿室と写真でも撮りなさいよ!」

「え、えっ!? い、いいんですか?」


 意外な申し出に、正直いづるは嬉しい。そうこうしている間にも、翔子と並んだ玲奈は手を振ってくる。翔子のスマホを通して見る景色の中で、二人は互いに握った拳と拳、その手首同士を並んでぶつけあっていた。なんだか、どっちが三日月みかづきでどっちがオルガとかどうとか、少し揉めていたが仲良く並んでいる。

 でも、なんか二人共左右別々の方向を向いてるが、いいのだろうか?

 あれもまた、ガンダム的なポーズなのかと思いつついづるはシャッターを押した。


「阿室っ! 次はいづる少年と写真を取れ……ええい、楞川! そこを早くどけよやーっ!」

「えーっ、次はヒイロのポーズで写真撮りたいよぉ。ほら、こうして……じゃすわいびー♪ のポーズッ! ほら、阿室先輩も一緒にですよぉ」

「任務了解……そう、ガンダムを見たものは生かして帰さないわ!」


 結局、二人が (・ω⊂) って感じのポーズでキメたので、いづるは黙って写真を撮る。

 そのあとで真也に押し出されるまま、いづるは玲奈とガンダムの足元に並んだ。

 ウキウキと弾んだ気持ちのままに、玲奈はガンダムを見上げている。その横顔を見ると、やはりいづるの中でくすぶる恋心が加熱していった。


「さ、いづる君! 写真を撮るわよ……私の携帯は」

「富尾先輩が写真撮ってくれるので、渡してきましたよ」

「そう! ……あとで、その……待ち受け画面ってのの設定を、教えてほしいわ。その、わ、私……今日の写真は、待受にするから」

「え? 別に、いいですけど」


 やはり実物大のガンダムに大興奮の大感動なのだろう……玲奈は心なしか顔が赤い。それでも二人で、やっぱり空へと右手を伸べるポーズで、それをいづるもやらされ写真を撮る。向こうで真也と翔子がオッケーだと手を振ると、玲奈は満足気にうんうんと頷いた。

 だが、彼女はポンと手を叩くと、歩いてくる真也や翔子を呼ぶ。


「せっかくだもの、四人でも写真を撮らなくては。そう、自撮じどりよ……自撮りと呼ばれるテクニックを駆使すれば、四人で映ることも不可能ではないわ!」

「はあ……や、阿室さん。テクニックという程のことでも」

「富尾君、いづる君に携帯を返してあげて! いづる君、トリガーをキミに……ほら、翔子さんもこっちに来て」


 玲奈は張り切って友人一同をガンダムの足元に並ばせ、横でカメラを自分に向けて手を伸ばすいづるに密着してくる。いづるが一瞬息を詰まらせた、その時にはもう頬と頬が触れ合う距離に玲奈の横顔がある。


「ほら、富尾君! もっとこっちに来て。翔子さんも」

「ええい、阿室っ! ひっつく? くっつくのか!」

「いづちゃん、もっとそっち詰めて……ほらほらぁ、もっと阿室先輩とくっついてぇ~」


 玲奈は遠慮なく、いづるへと起伏の豊かな身体を密着させてくる。

 いづるはしどろもどろになりながら、カメラの中に四人が収まる角度を探して手を上下させた。ローアングルでガンダムを見上げながら、四人は並んで一枚の写真に収まる。

 いづるはこの写真を待ち受けにしたり、永久保存版にしようと心に決めるのだった。

 後ほど他の仲間たちにもメールでくばる、それが青春の一ページ……大事な思い出へと変わるのであった。

 こうして実物大ガンダムを堪能したいづるは、玲奈に腕を引っ張られるままガンプラを見たり、ガンダムカフェでの食事にと引きずり回される。それはとても楽しい休日で、改めていづるの中の玲奈への想いを膨らませてゆくのだった。

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