第25話「妄想の翼」

 日陽ヒヨウいづるが作る、初めてのガンプラ……ガンダムのプラモデル。それは驚きと感動を伴い、完成時の夕方には不思議な満足感をもたらしていた。

 まだみぬ作品の中に生きる、息衝いきづくガンダム。

 自分があの日、ゲームの中であの人と共に戦ったガンダム。

 それが今、手の中にあった。

 シールドやビームマグナム等を作り終えたいづるは、ちらりと周囲に目を走らせる。幼馴染の楞川翔子カドカワショウコも、クタン参型さんがたの本体はともかくガンダムを完成させたようだ。今、彼女は日本刀らしき武器をバルバドスなるガンダムに持たせ、隣の富尾真也トミオシンヤに構って欲しそうにからんでる。

 真也は既に完成させたザクにデカールをピンセットで張りながら、翔子を適当にあしらっていた。その顔は迷惑そうにウダウダと文句を並べていても、とても楽しそうだ。


「富尾先輩っ、ほら! バルバドスですよ! スペース極道浪漫ゴクドーロマン、はっしーん! えへへ……ほらほら、キーン! ズババー! ……富尾先輩は死んでもいい奴だから」

「なんじゃとてーっ! 迂闊だぞ、楞川っ! ……ああ、デカールがずれてしまった。ええい! まだだ! まだ終わらんよ!」

「ふふふ、わたしにしてはなかなかの仕上がりだなあ。ガンプラ、結構簡単なんだな。クタンさんは、本体は……ま、また今度ね、今度。これがつみプラ……みプラなのねえ~」


 なんだかよくわからないが、楽しそうだ。

 いづるはいづるで、手にした初めてのガンプラに不思議な実感が満ちる。完成した品を手に収めてみると、改めて半日をかけた工程の楽しさが身にしみる。作って楽しい、完成して嬉しいもの、それがガンプラだと知った。そしてそれは、間違いなく隣で一心不乱にバンシィ・ノルンを作る阿室玲奈アムロレイナのおかげなのだった。

 いづるの眼差しにも気付かず、玲奈は熱心にラストスパートでガンプラを組み上げる。

 着々と作業を進めつつも、玲奈はいづるのことをメインに考えて見守っててくれたのだった。それでも不思議と進んでいた彼女のガンプラ作成は、もうすぐ完成にこぎつけようとしている。

 傾いた西日が僅かに照らす日陽家の居間は、穏やかないこいの空気に満ちていた。


「でもでもぉ、富尾先輩。さっきのゼータガンダム、フォウ? フォウがやっぱり印象に残りますぅ。あれが、後の綾波アヤナミ、それを通じてルリちゃん他多数のアニメヒロインに影響を与えたフォウ・ムラサメ……」

「俺は伝説の北爪きたづめ先生ヌードポスターを持ってるからな! とっくに好きさ……だって、俺の中の最強ガンダムヒロインになってるもの」

「……やっぱ、富尾先輩ってエッチだ。わーい、スケベー」

「くっ、これも若さか……だが楞川っ! もっと富野ガンダムをみろと! 君は!」

「わたしは美少年や美青年が沢山出るガンダムが好きかなあ。富尾先輩、次はなにをみますぅ? わたし的にはウィングとかX、SEEDシード00ダブルオーがオススメですよぉ。キオきゅんがかわいいからAGEエイジもぉ」


 なんのかんので二人は打ち解けているようだ。翔子と真也はその後も、Zの話を中心に盛り上がっている。Zでは衝撃の最終回にいづるも気を取られたが、考えてみれば他にも面白い要素に満ち溢れていた。なにより、現実の自分と同じくアニメのキャラクターが歳を取る、大人になるという世界感は斬新にすら感じられる。

 今では当たり前なそれが、四半世紀以上も前に生まれていた事実に驚くばかりだ。


「楞川! Zガンダムは富野作品、ひいては宇宙世紀に連なるガンダム作品に、サーガ形式の作劇手法を持った、年表のある物語の構築を促した! それが何故わからん!」

「あー、なるほどぉ。スターウォーズとかがやってる手法ですねえ?」

「加えてZガンダムという作品は、永野護ながのまもるさんや藤田 一己ふじたかずみさんという新鋭のメカデザイナーを生み、大御所である大河原邦男おおがわらくにお先生を刺激する波ともなった! それこそが、阿室っ!」


 やたらベタベタとバルバドスを手に押し寄せる翔子を、なんだかテレ顔で押し返しつつ真也が語る。その声を受けて、せっせとガンプラに集中していた玲奈が顔をあげた。


「富尾君の言う通りよ。Zガンダムが成功を収めたことで、ガンダムというアニメ界の革命児は、改めて自身を『ガンダム』というジャンルとして確立したの。……よし、できたわ!」


 玲奈は言葉を続ける中で、自身が組み立てていたガンプラに脚を差し込み、それが繋がる腰を胴に接続する。

 いづるのユニコーンと色違いの、ある意味でペアルックのガンプラが完成した。

 玲奈は嬉しそうにそれを持って、持つ手を天井へと振り上げる。

 自らが持ってかざすガンプラを見詰める、玲奈の目がキラキラと輝いていた。

 だが、すかさず真也が翔子を押しやりながら声をあげる。


「阿室っ! ……右脚が、そのガンプラには、脚がないようだが?」


 真也の言葉でいづるは初めて気付いた。

 玲奈の組み立てたバンシィ・ノルンは、右脚が膝下から欠けている。

 だが、玲奈は気にした様子もなく、自分が持ってきたナップサックの中へ手を突っ込んだ。


「脚なんて、右脚なんて飾りよ! ガンダムUCユニコーンのアニメ版をみてない人には、それがわからないのよ……あ、あら? 確かアレを持ってきたはずが……そこっ!」


 玲奈は自分の荷物から、なにかを取り出しテーブルに並べた。

 それは、クリアパーツで造られた台座のようだ。いづるにはよくわからないが、そう見えた。プラスチックで造られた台座は、アームが伸びてその先に突起がついている。

 そしていづるは、自分を真っ直ぐ見詰めて真顔で話す玲奈の言葉に面食らった。


「いづる君! !」


 一瞬、なにを言われてるかわからなかった。

 人数分、四個の台座をテーブルに並べた玲奈は、その一つを手に取りいづるに突きつけてくる。彼女は真剣な、ある種しんに迫った真顔でいづるへと台座を突きつけた。

 これを!

 股間の!

 穴に!

 ……れる!?

 いづるの中でまた、トランザムにNT-Dな思春期特有のむっつりスケベが、阿頼耶識アラヤシキに直接繋がれたゼロシステムのような青い性を暴走させる。

 この気持ち、まさしく愛だ!


「穴に! 挿れる! 股間の!?」

「あら? いづる君、どうしたの……顔が赤いわ、まるでシャアかジョニー・ライデンよ」

「穴に……挿れる……股間の、穴に、挿れる!?」

「まあ……翔子さん、富尾君も。彼、どうしたのかしら。心配だわ、なんか煙が出てるもの。いづる君! しっかりして、いぢる君。これはアクションベース、ガンプラを飾るための台座よ。……いづる君、もぉ! どうしたのかしら、なにがいづる君にこんな」


 桃色ピンクの空間を漂ったいづるは、ややあってようやく現実に復帰する。言葉の魔術でふわふわと浮かれていたいづるは、正気に帰って逆に驚いた。

 目の前に今、鼻と鼻が触れそうな距離に玲奈の小顔があった。


「いづる君? 具合が悪いのかしら……風邪?」

「え? あ、ああ……その、なんというか……その」


 言い淀むいづるの頬に、心配そうな顔で玲奈が触れてくる。

 密着する手の平の、そのすべやかな体温にいづるはドギマギとした。

 だが、そんな二人を無視して真也が、玲奈の取り出した台座の一つを手に取る。


「人数分のアクションベースを用意するとは、やるな阿室……! ふっ、アクションベースがあればこそ、シャアザクのバズーカ発射ポーズも決まる。コレはいいものだ!」

「あ、なるほどぉ……これを使えば、宇宙的なポーズも。見て見ていづちゃん! わたしのバルバドスもこれで! ……あとは、ちょっと富尾先輩のザクを借りてきて」

「なにをするのだ、楞川っ! 待て、勝手に俺のザクを踏み台にしただと! ……ア、アメリアァー!?」


 真也が作った赤いザクの、その股間の穴に突起を差し込み飾った。それでようやくいづるは現実に復帰したが、その時にはもう翔子のバルバドスがシャアザクの喉元に長ドスを突き立てていた。

 シャアザクへサーフボードのように、刀を突き立てバルバドスが乗っかる。

 なるほどといづるは感心した……玲奈の持ってきた台座があれば、ガンプラを飾る楽しさは増す。そればかりか、二体以上のガンプラを持つファンには、原作通りの姿を飾ることもできるのだ。真也は笑う翔子を他所に、二人のガンプラを組み替え、バルバドスの腹部にシャアザクのキックをめり込ませた。

 二人は文句ばかり言って互いに突っつき合っているのに、心底楽しそうだった。


「いづる君! さあ、ビームマグナムを構えて……構えさせてあげて!」

「あ、でも……阿室さんのガンプラ、まだ右脚が」

「これは原作再現よ! アニメ版の。小説版だと、二機のユニコーンによるガンダムラストシューティング的なポーズになるのだけど。さ、並べて飾りましょう」


 言われるままに、いづるは作った人生初のガンプラを台座にセット、それにビームマグナムを構えさせてテーブルに置く。その横に玲奈は、同じようにビームマグナムを持つバンシィ・ボルンを並べてきた。

 まるで対となることが前提のように、二つのガンプラは収まり良く並ぶ。


「さ、富尾君も翔子さんも。一緒にガンプラを並べたら、写真を撮るのよ! ……夢だったの、友達とガンプラを一緒に作って、完成したら並べて携帯電話で写真を取る。こんなに嬉しいことはないわ……」

「あ、阿室……うっとりしてるとこスマン、お前は……原作再現のために、こう」

「いいのよ、富尾君! 私はいづる君のユニコーンと原作通りのシーンが並べられたら……でも、そこに富尾君のザクや翔子さんのバルバドスが並ぶのが嬉しいの」


 なんだかよくわからないが、いづるは並ぶ四体のガンプラが台座で宙に浮き、あたかも同じ宇宙をぶかのような光景に思わず携帯を手に取った。真也や翔子がそうであるように、玲奈も携帯のカメラを仲良く並ぶガンプラに向けるが……機械音痴で難儀しているようだった。

 そっと玲奈に声をかけて、いづるは優しく二つ折りの懐かしいガラケーを取り上げる。

 玲奈が言うままに、命じられるままにシャッターを切るいづるの視界に、寄り添い飛んで馳せるような四体のガンプラが記憶された。

 それは自分が初めて作ったガンプラで、それに合わせて玲奈が作ってくれた作品だった。

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