第24話「宇宙を語る」

 宇宙世紀ユニバーサル・センチュリー0087、人々の心は戦乱で疲弊ひへいし、すさんでいた。

 一年戦争という未曾有の大戦災から七年、ジオンの残党は未だ定期的にテロを起こし、その不安が連邦政府の軍閥化ぐんばつかを増長、私設部隊ティターンズの台頭を招く。ティターンズはジオン残党、ひいては宇宙移民スペースノイドたちへの苛烈な弾圧、差別、そして虐殺を行っていった。

 そうした動きに対し、連邦軍の一部が反発、半地球連邦組織エゥーゴA.E.U.G.が設立される。

 偶然からティターンズとの因縁を持ち、エゥーゴに参加したカミーユ・ビダン少年は、ガンダムに導かれるままに多くの出会いと別れを経験、戦士として成長してゆく。名を変え自身の宿命から逃げるシャア・アズナブル、恐怖の代名詞として幽閉される傷心のアムロ・レイ……二つの魂に触れたカミーユの上を、通り過ぎてゆく女性たち、仲間はらから戦友とも

 強いニュータイプ能力を肥大化させてゆくカミーユの、その行き着く先は?

 真の悪意に少年が向き合う時、人の想いを力に変えるマシーン……ゼータの鼓動がときに響く!


 Zガンダムの最終回をみて、衝撃に思わず日陽ヒヨウいづるは固まってしまった。彼の手からこぼれたサイコフレームのクリアパーツを、隣の阿室玲奈アムロレイナが拾ってくれる。彼女が再びそれを握らせてくれる、その肌が肌と触れていても、いづるは気付くのに時間がかかった。

 そしてそれは、一緒にみていた楞川翔子カドカワショウコも同じようだった。

 逆に、富尾真也トミオシンヤなどは承知のうえで重々しく頷く。

 いづるが隣に玲奈を見て発する声が、不思議と震えていた。


「阿室さん、これは……カミーユは」

「カミーユはニュータイプの力を使い過ぎて、精神崩壊を起こしてしまったの。彼が立ち直るのは、次回作のZZダブルゼータの後半よ」

「こんなことって。今まで、こういうのはなかったですよね? だって」


 1stファーストガンダムのアムロ・レイは、帰れる場所があると涙して、人の輪へ、その和の中へ戻っていった。0080のバーニィとクリスは、悲しい擦れ違いの結果に生死を分かち、アル少年の心に確かになにかを残していった。

 だが、Zガンダムの最終回がもたらすものは空虚くうきょ、ひたすらにむなしい無常感である。

 グリプス戦役という争いは集結するも、地球圏に帰還したネオ・ジオンは健在で戦争はまだまだ続く。そして、その混乱を収めるべきシャアの再起も戦火の中へと消えていった。なにより、エゥーゴのエースとして戦ったカミーユの魂はなにも救われていないのだ。

 多くを失う戦争の渦へと、全てが飲み込まれたまま、その余波だけが残るラストだった。


「いづる少年、これが当時の富野監督の答だ。後年、劇場版Zではまた違った解釈がもたらされているがな」

「富尾先輩。これは……どう受け取ったらいいんでしょうか。そりゃ、悪を倒してハッピーエンドという、そういう感じじゃなくても、良い作品は沢山ありますけど。これは」


 翔子などはあからさまに動揺して「はうう、カミーユたんが」と目をうるうるさせている。

 彼女がせっせと作るクタン参型さんがたに同梱されていたバルバトスは、真也が手伝っているのでもうすぐ完成間近だ。いづるのユニコーンだってそうだが、人生初ガンプラという浮かれた気分にはなれない。

 そんないづるの隣で、玲奈が寂しげに微笑んだ。


「Zは当時の娯楽作品、ロボットアニメとしても異彩を放っているわ。これが、安易に続編を作るということの難しさでもあるの。そして、富野監督は三つの恐ろしさを作中で語ったわ」

「三つ……」

「戦争の怖さと、女性の怖さ、そして……才能や夢、希望というポジティブな想いを、それだけを先鋭化させることの怖さよ」


 戦争、これはわかる。

 ガンダムを通じて、誰もが感じるものだ。どの作品も押し付けがましくなく、ともすればさりげなさの中に埋もれているが、確かに感じ取ることができる。

 だが、他の二つはどうだろうか?


「女って怖いんですかぁ? 真也先輩」

「フハハ、怖かろう! しかも脳波コントロールもできる! ……ン、まあ、その、なんだ。当時の富野監督とみのかんとくの独自の価値観でな。Zは際立って、怖い女性が多く登場する」

「あ、あのハマーンって人はビリビリくる怖さがありましたよねえ。シャアも大変だなあ……だからアムロとくっついておけばよかったのにぃ」

「他にも、後のアニメヒロインに強烈な影響を与えたフォウや、女性としての自分に正直過ぎたレコアが登場するな。一方で献身的な幼馴染のファ、頼れる姉貴分のエマなんかも出てくる。だが、誰もがみな、主人公であるカミーユと本気で向き合えず、通り過ぎていったのさ」


 ちらりとつい、いづるは玲奈を見てしまう。

 彼女はウンウンと頷きつつ、自分のバンシィ・ノルンにせっせとシールを貼っていた。


「あら、なにかしら? いづる君、私の顔になにかついてる?」

「い、いえっ! なな、なんでもないです、けど。女の子は、怖いかなあ」

「ふふ、私だって怖い女なんだぞ? ……いつか気付かせてあげるわ、いづる君」

「え? なんか言いました?」

「ううん! なんでもないわ。でも、ヒロインがある種、主人公の添え物であり理解者、都合のいい安心感だった作品とは、Zは大きく違ったわね。多分、富野監督自身の体験や思想があるのかも。それと……本当に危険なのは、三つ目よ。あらゆる善意や良心、夢や希望が先鋭化してゆくと怖いのよ」


 カミーユは間違いなく、ニュータイプとして開花し、その力を成長させていった。それを表現するマシーン、Zガンダムを得てからは正しくエースパイロットだった。時としてZは、カミーユの激情のままに不可思議な力を発現させることもあり、その異様な強さはみているいづるが驚くくらいだ。

 だが、一方で……パイロットという戦術単位である以上の居場所を、カミーユは得られなかった。誰も、カミーユという人間を必要としてくれなかったのだ。求められたのは、Zガンダムでエゥーゴを勝利に導くニュータイプのパイロットでしかなかったのだ。


「本当はね、いづる君。カミーユは実は、Zガンダムに乗るべきじゃなかたのかもしれないわ」

「そうなんですか?」

「そうよ、だって……考えてみて? Zガンダムという無敵のモビルスーツは、なにもカミーユ本人を幸せにしなかったわ。Zガンダムを降りれば、カミーユには無限の可能性があったのに」

「それは……戦争だったから」

「そうも言えるわ、でもそれは周囲を取り巻く現状でしかないもの」


 玲奈の言うことはもっともかもしれない。

 正論で、アニメを外から俯瞰ふかんする結果論とも言える。 

 だが、それでいいのだろうか……?

 ふと、いづるは完成間近のユニコーンガンダムを手に取り、隣の玲奈を見詰める。玲奈は視線を感じてなぜか頬を赤らめると、ツイとそっぽを向いてしまった。目の前では、もはや夫婦漫才めおとまんざいレベルになってきた翔子と真也が「真也先輩! このザクには……角がないよーだがっ?」「ええい、楞川っ! 角など飾りだ、それが何故わからん! ルウムの時はまだ、シャアザクには角がなかったかもしれんではないか!」と相変わらずのやり取りだ。

 平和な日常、ありきたりであたりまえな、これがカミーユの得られなかった平穏だ。

 だが、いずるはこうも考える、考えてしまえるのだ。


「でも、阿室さん。カミーユが得られなかった物を、カミーユがZガンダムで戦ったことで……守ってもらった人や、カミーユに代わって得られた人が大勢いたんじゃないでしょうか」

「犠牲が前提というのは、幸福論としては少しいびつだわ」

「でも、もし……もし、ですよ? 自己犠牲とかそういう大それたものじゃなくても、誰かのためになるとわかってたから、だからカミーユは戦ったんじゃないでしょうか」


 カミーユ・ビダンはニュータイプ、人の心へソフトに直接触れられる人間だ。だから自然と、もしかしたら……すれ違う者たちとさえ、一方的な理解を深めすぎたのかもしれない。それがカミーユの優しさを、ナイーブすぎた少年を戦場に駆り立てたのだろう。

 そんな話をしていたら、ザクに手をのばす翔子を押しのけつつ真也が語りかけてくる。


「いづる少年、実はこのあとの話……逆襲のシャアという映画があってな。アムロはシャアとの最終決戦を前に、Zガンダムを自分の機体として希望したとも言われている」

「どうして? えっと、後年ってことは……その頃にはもう」

「現代の地球では、兵器は五年十年では旧式化しない。だが、異様に開発競争が厳しいのが宇宙世紀だ。Zガンダムは勿論、高性能な機体だが……まあ、アムロへのZガンダム配備は実現しなかった」

「えっと、それは」


 玲奈は「地球連邦軍の上層部は、ニュータイプを……アムロをこそ、最も恐れたのよ」と笑った。人の想いを力に変えるマシーン、それはニュータイプが乗れば恐るべき力を発するだろう。現に、カミーユを通して無数の魂を吸い込んだZガンダムは、時にビームを跳ね返し、伸ばすサーベルを出力以上に解き放って敵を殲滅する。

 人の革新と呼ばれ、宇宙に出た人の希望であったニュータイプ……それが同じ人に恐れられ忌避きひされ、戦争の道具としてしか用いられない作品背景がいづるには一番恐ろしかった。

 だが、それでも……いづるはいづるなりに、カミーユの気持ちがわかる気がした。


……例え身の破滅が待っていても、誰かのためにガンダムに乗ることは、なんか、こう……アリというか、うん。それを責めて否定したら、それこそ救われない気がして」

「……そうね。そうよ、いづる君。だから……それでも、と言い続けること。あと、そう! 多様性を持つことね。一つの価値観、例えばモビルスーツで戦うことだけを突き詰めていくからこうなる。富野監督が当時、自分の趣味にしか没頭しないオタク世代へ鳴らした警鐘けいしょうでもあるわ」

「ですね。……あ、あの? 阿室さん?」


 どういう訳か、気付けば玲奈がいづるを見詰めていた。彼女はなんだか落ち着かない様子で手をワキワキさせて、微かに唇を震わせている。だが、考え抜いた末だろうか、玲奈はポンといづるの頭を撫でてくれた。

 どういう意味か図りかねていると、玲奈は少し照れたように視線を逸らした。


「それでも、と言えるいづる君……いいと思うわ」

「はあ」

「そ、それと、その……」

「はい?」

「え、ええ! そうね! いづる君、次はシールドとビームマグナムよ! 手が止まってるわ、ほ、ほらっ!」

「あ、ああ! はいっ」


 慌てていづるは、再びランナーへとニッパーを走らせる。

 気付けば、そんないづるを向かいの翔子と真也がニマニマと生温かい視線で眺めていた。

 うららかな休日の午後、テレビ画面の壊れた百式ひゃくしきだけが漂う宇宙そらに平和が満ちる……それがわずか一時、仮初かりそめの平和だとしても、その一瞬に一生の全てをした者たちのことを、いづるは強く記憶に刻み込んだ。

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