第23話「マクロの翼の歌」

 せっせと作業を進めていたら、日陽ヒヨウいづるのガンプラ作りは順調に進んでいた。先ほど、胴体に頭と左右の腕を取り付け、上半身が完成したところだ。

 阿室玲奈アムロレイナに教わって、アチコチにスミ入れしてみたし、我ながら出来栄えはなかなかだ。

 これだけのクオリティの模型プラモデルが、すぐ誰でも買える距離に適度な値段で売っている……改めていづるは、ガンダムという巨大なコンテンツの人気と底力を思い知った。

 そうこうしていると隣で、キュー! と小さな音がなる。

 赤面に俯き、玲奈がお腹を抑えつつ上目遣うわめづかいに、思わず振り返ったいづるをにらんでいた。


「……聴いたわね」


 そう言って頬を赤らめる玲奈のお腹がまたも、キュムー! と鳴る。


「二度も聴いたわ、父様にも聴かれたことないのに」

「あ、いや……も、もうお昼ですし。僕もお腹すいたなー、なんて」

「……まあ、私の父様はお腹の音どころか、私の声だって覚えてなどいないでしょうけどね。それより! 私、お腹が空いたわ。ピザもお寿司もいいし、そうだわ! ラ、ラーメンの出前とか」


 スチャリと玲奈が携帯を取り出す。例のデンドロなとかというストラップは大きすぎるので、今はガンダムっぽい普通の物がぶら下がっていた。いづるの視線に気付いて、玲奈は「結局ステイメンにしたわ」と笑う。

 先ほど一瞬だけ見えた、かげりのある寂しい表情をいづるは忘れることができた。

 そんな時、テーブルの向かいで楞川翔子カドカワショウコが立ち上がる。


「阿室先輩っ、あんまし無駄遣いしちゃ駄目ですよぉ? 連休は結構派手に遊んだしぃ、わたしも同人誌買いまくっちゃったしい。ここは、自炊! わたしが腕を振るうのです!」

「なんとぉーっ! 楞川、お前が昼食を?」

「当然です、富尾トミオ先輩! いづちゃんも、待っててくださぁい」


 パタパタと翔子が、手慣れた様子で割烹着かっぽうぎを手に取りキッチンに向かう。

 その時、いづるの横で玲奈も意を決したように立ち上がった。


「私も手伝うわ、翔子さん。クーデリアだって、アトラちゃんにだけ任せっぱなしではいられなかったでしょう? ……調理、やってみるわ!」

「おおーっ! ではでは、阿室先輩はこれでーす。一緒に作りましょ! 今日は暖かいし、冷たい素麺そうめんとかいいかなーって。さくらんぼとか蜜柑みかんとか入れて、薬味もねぎきざんだりして」

「任務了解……気にしないで、翔子さん。手伝いなんてお安い御用だわ。特に私のは」


 翔子に渡されたエプロンを身に着けた玲奈に、思わずいづるは見惚みとれてしまう。率直に言って、綺麗だ。初々しくもあり、清楚せいそ可憐かれんとしか言いようがない。

 少しぎこちないのがまた、普段の完璧な才媛才女さいえんさいじょを思わせる姿とのギャップで、いい。

 二人がキッチンに並ぶ、その後姿を思わずぼんやりといづるは見詰めてしまった。そして気付けば、そんないづるの横顔を富尾真也トミオシンヤが真顔で見ていた。

 慌てていづるは、熱い眼差しをひるがえしてテレビに向ける。

 ゼータガンダムは佳境も佳境、三つ巴の最終決戦真っ盛りだった。


「そっ、そそそ、そういえば、富尾先輩! Zガンダムってこう、変形するモビルスーツが多いですよね! なんかこう、男心をくすぐりますよね、ガキーン! って」

「ン……まあ、な。スポンサーであるバンダイの意向もあるだろうし、その当時の流行はやすたりや時流というものがある。次のZZダブルゼータなんかは、変形に加えて合体機構まであるからな」

「そ、そうなんですか! 凄いなあ、ハハハ……ハハ。……富尾先輩、そういうのは」

「嫌いではないさ。兵器としてのリアリズムというものも大事だが、娯楽アニメだからな。そういうのを富野監督とみのかんとくはわかっていて、ままならなさも感じて、それでもベストを尽くしたのよね」


 真也は不意に、自分のスマホを取り出しつつ「つまらない話をするが、いづる少年」と画面に指を走らせる。彼のスマホにも、玲奈がプレゼントしたガンダム、たしかサイサリスとかいうのがぶら下がっていた。

 真也はネットに繋いでなにかを検索しながら、いづるへと不思議な言葉を投げかけた。


「この主役ガンダム、Zガンダムはウェーブライダーへの変形をこなす複雑なモビルスーツだ。結果、作中は敵も味方も多数の可変機TMSが入り乱れる戦場ともなった。それはいい! ……そこに実は、俺は当時のロボットアニメが抱えていたトラウマ……コンプレックスがあると思っている」


 そう言って真也は、スマホの画面をいづるに突きつけてくる。

 そこには、ガンダムとはまた別のロボットが沢山写っていた。モビルスーツとは明らかに意匠いしょうの異なる、別作品の機動兵器たちに見える。それがわかるくらいには、いづるもガンダムに詳しくなり始めていた。

 好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、玲奈恋しの一念がなせる技だった。


「これがエルガイムMkⅡマークツー、こっちはビルバイン。本編未登場だがレイズナーMkⅡがこれだ」

「へー、どれも格好いいですね」

「……どれもこれも全部、変形する。飛行形態、飛行機に変形するのだ」

「えっ、そうなんですか? ……Zガンダムと同じですね。流行ってたのかな、昔は」

「流行りというよりは、だな……スポンサーとしては是非、主役ロボ、特に主人公が後半で乗り換える機体に変形を求めたのだと俺は思う」


 真也はそれぞれの変形後、飛行形態を見せてくれる。いづるが見てもそれは、確かに飛行機を模した姿だ。とがった機首に大なり小なり翼を広げて、手足を折りたたんだ姿。ただ、現代の地球で運用されている飛行機、戦闘機と比べると、Zガンダムのウェーブライダーもそうだが、少し苦しげに見える。ロボットという人型、人の姿に無理を言わせたような雰囲気だ。

 そして真也は、もう一枚の写真を見せてくる。


「これは……なんですか? 戦闘機、ですよね。えっと、僕はあんまし詳しくないですけど……これ、米軍とか自衛隊のですか? あ、ガンダムに出てくるのかな」


 そこには、これぞ戦闘機といった風情のイラストが載っている。百人が見れば百人が飛行機、それも軍用機だと言うであろうフォルム。透明なキャノピーにコクピットがあって、主翼を広げ背後にエンジン、そして垂直尾翼。

 だが、真也の次の言葉はいづるには衝撃だった。


「これはバルキリー、超時空要塞ちょうじくうようさいマクロスという作品の……だ」

「え? いや、だってこれ戦闘機ですよ? ……ま、まさか。でも、ありえない! このシルエットでですか? どうやって」

「うむ、変形するのだ。そして、放送当時に発売された玩具おもちゃも、ほぼ完全再現でアニメと同じように変形する。因みにガンプラでZガンダムが変形するのは、昔は1/100など一部の物のみだった」


 それも、フォルムを犠牲にした苦しい変形機構だったと真也は語る。

 同時に、いづるは動画で見せられたバルキリーなるロボットの完全変形を見て度肝を抜いた。それはまるで魔法、それを通り越して奇跡としか思えぬ変形だった。

 ロボットが身体を畳んで飛行機ポーズになるのではない。

 完全に戦闘機、それも現実世界の


「このバルキリーをデザインしたのは、河森正治かわもりしょうじさんという方だ。いづる少年、君の携帯のそれを……ガンダム試作一号機GP01ゼロワンゼフィランサスをデザインした人間だな」

「あ、これですか?」


 いづるはテーブルの上に置いておいた携帯を持ち上げる。そこには、以前玲奈から貰ったストラップがぶら下がっていた。つい、ゼフィランサスの花言葉……清き愛という言葉を思い出してしまう。

 だが、真也はそんないづるの赤面は気にせず、こんなことを教えてくれた。


「マクロスのテレビ放送が1982年、これと前後してロボットアニメはスポンサーから変形ギミックを求められるようになった。それも、今までの玩具的な合体変形ではない。美しい飛行形態への変形、飛行機としか見えない姿が望まれたのだ」

「なるほど、じゃあZガンダムのこの、敵味方の変形するモビルスーツの多さは」

「当時、マクロスの、バルキリーの変形ギミックは衝撃過ぎたのだよ……と、俺は思う。私感だ。だが、富野監督すらもこのマクロスのショックからは逃れられなかったのだ」


 確かに、幼児が玩具を手に取れば、それがアニメと全く同じ変形をするというのは非常に魅力的だ。子供たちは夢中になって、ガチャガチャと自分の手で変形を楽しんだだろう。

 そして、そういう商品が売れると知れば、メーカーも力を入れざるを得ない。

 商業主義だとか、大人の都合だとかいう、そういうネガティブさは不思議といづるは感じなかった。ただ、それよりも……そうしたスポンサーの意向に応え続けた制作サイド、とりわけメカデザイナーたちの仕事に敬意を感じた。


「ま、そういう理由もあってだ。Zガンダム前後のロボットアニメは、変形合体ロボの全盛期だったのだよ。……ン、柄にもなく語ってしまったな。それより、いづる少年!」

「は、はいぃ!?」


 突然、グイと顔を寄せてきた真也の表情が真面目になる。彼はチラリとキッチンの二人へ視線を走らせてから、真っ直ぐにいづるを見詰めてきた。

 彼が細めて小さくひそめる声が、いづるにだけ伝わる。


「いづる少年、再告白さいこくはく遅いよ! なにやってんの!」

「え、あ、はい……」

「さっさともう一度、阿室に告白しちゃいなさいよ。あれは俺には、どう見ても脈があるように見えるのよね。男らしく二度目の告白……躊躇ちゅうちょするんじゃない! 言っちゃえよ!」

「い、いやぁ……それは」


 やはり、先ほど玲奈に見惚れていた自分に、真也は気付いていた。


「いいか、いづる少年! そうだ、どうせこくるなら聞かせてやれ! 玲奈! 好きだァー! 玲奈! 愛しているんだ! 玲奈ァー! と」

「名前で! 呼び捨てた!?」

「男だろう、いづる少年! ……告白、するかい?」


 いづるが真也の、妙に迫真に作った表情を前に躊躇する。

 肯定も否定もできない、しかし貫きたいという気持ちだけは確かにある。そんないづるがつい、心の弱さ故に逃げようとした、その時だった。


「できたよぉ、いづちゃん! 富尾先輩もぉ~」

「テーブルの上を片付けるのよ、二人共! 阿室玲奈、手作り素麺……空腹を駆逐するわ!」


 涼しげな硝子の器に、色とりどりのフルーツと紅白の素麺が泳いでいる。それを両手に持って、玲奈が少し得意気にやってきた。彼女に言われるままに、慌てていづるは真也とテーブルを片付ける。どうやら告白云々の話は聞かれてはいないようだ。

 玲奈は「私も手伝ったわ、調理実習以外での料理は初めてよ!」と得意満面に笑う。白い歯がキラリと溢れて、無邪気な表情が自然といづるの中に保存されたのだった。

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