第22話「ニュータイプ、知ったかぶる」

 初めて作るガンプラというものに、日陽ヒヨウいづるは自然と緊張し身体が硬い。そして、妙に落ち着かないのは、複雑にクリアパーツがからみあうユニコーンガンダムのせいではなかった。

 すぐ間近、肩の上に形良いおとがいを載せてくるように、阿室玲奈アムロレイナの横顔がある。


「そう、上手よ、いづる君。紙ヤスリやデザインナイフを使って、丁寧にゲートを処理するの」

「ゲート、というのは」

「バリのことよ。ランナーから切り離したパーツにでっぱりが残るでしょう? この場合は、バルバドスやAGEエイジ-3がバリってるのとは意味が違うわ!」

「は、はあ」


 ふとテーブルの向かいを見れば、楞川翔子カドカワショウコも初めてのガンプラに悪戦苦闘しているようだ。なまじデカいクタン参型さんがたなるガンプラを買ったので、ふにふにと困り顔で組み立てている。

 しかし、付き添う富尾真也トミオシンヤは言葉こそ少し厳しいが、親切丁寧に教えているようだ。


「ふえ? 富尾先輩~、なんか外れてきちゃいましたあ。阿室先輩、いづちゃんも、これ~」

「パチンというまではめないから! ……ン、大丈夫よ翔子さん」

「は、はいぃ……こ、こうですか? あ! はまりまし……あああっ!」

「迂闊なっ! ポリキャップを入れ忘れてるぞ、楞川! ふむ、バルバドスとはこういうものか! ……なんか、こう、少し……いや、かなりバリってるな」


 とりあえず翔子は、やたらとデカい本体をまずはおいといて、ガンダムの部分から作っているらしい。そうこうしている間にも、いづるのユニコーンガンダムも頭部や胴体、そして右腕までは完成にこぎ着けていた。

 だが、いづるの手元を覗き込んでいた玲奈は、ふと視線を宙へ投じる。

 その先へと自然に顔を上げたいづるは、居間のテレビが映すゼータガンダムの終盤に息を呑んだ。作業用BGMのように聴いててもストーリーは追えるが、正しくクライマックスにふさわしい盛り上がりを画面の中の世界は見せている。


「そういえば、阿室さん。前から聞きたかったんですけど」

「なにかしら? なんでも聞いて頂戴。そ、そうね、例えば……私はいづる君となら――」

「あ、いえ、ガンダムの話です」

「……そ、そう」

「あの……ニュータイプっていうのは、結局なんなんですか?」

「まあ! いづる君、ついにそこまで……ありがt――」


 パチン! パチン! といづるの手が、翔子の手がパーツをはめこむ音が響いた。

 だが、気にした様子もなく玲奈は、じっと画面を見詰めて言葉を選ぶ。彼女の作るバンシィ・ノルンは、いづるの面倒を見て時々手伝ってるにも関わらず、まるで魔法のように着々と完成に進んでいた。


「でもね、キャプテン……じゃないわ、みんな。純然じゅんぜんたるニュータイプとは何かしら?」


 物憂ものうげに微笑をたたえて、玲奈が周囲の皆に言の葉を伝搬でんぱんさせてゆく。

 意外な人間から間髪入れずに声があがった。


「はい! はいはい、阿室先輩! ファイブスター物語ストーリーズが毎月ってることですよぉ!」

「月刊ニュータイプの話じゃないわ、翔子さん……最近、連載されてるわよ? 私は毎号買ってるから、読んでるもの」

「わたしもですよぉ。あの、永野護ながのまもるさんって人は、昔はガンダムも描いてたんですよねっ!」

「キュベレイやリックディアス、そして百式の原案等、素晴らしい仕事をするデザイナーさんだわ」


 話が脱線したようで、玲奈は咳払いをして言葉を待つ。

 そして、こういう話題となればそれは、真也の独壇場というものだった。彼はハスハスとソープ様萌えだとか語る翔子を押しのけるようにして、ググイとテーブルの上に身を乗り出してくる。


「フッ、その話題に触れるか……阿室っ! よかろう、この俺が正しいニュータイプの定義を語り、そしてお前をも論破しよう。そして俺は、父ジオンの元に召されるであろう!」

「そ、そうね……とりあえずお願いするわ、富尾君」


 真也はスチャリと眼鏡のブリッジを指で上げつつ、その瞳の表情をレンズに反射する光で覆った。そして彼は、少し気取った言葉を作ると朗々ろうろうとよく通る声で語り出す。

 だが、少し間を置いてその言葉を玲奈の声が遮った。


「ニュータイプとは、ジオン公国建国の父であるジオン・ズム・ダイクンが提唱した、いわゆるジオニズムにてうたわれた概念であり、人類の革新、すなわち――」

「端的に言えば、宇宙での生活に適合した人たちのことよ」

「くっ、端折はしょっただと! ええい、阿室っ! ……確かに我々ガノタが話し出すと長くなり、それはいづる少年や楞川の混乱をも招きかねない。そしてまた、誤解をも生む結果となればガンダムに対する敷居は高くなってしまう……それがわかるんだよ、阿室っ!」

「因みに、いつものこの富尾君の回りくどい言い方は、富野節とみのぶしと言われてるわね」

「クッ、人生の十分の九を富野御大とみのおんたいささげろと自らに命令されれば、こうもなろう!」


 よくわからないが、いづるが考えていたものとは全く別物だというのがわかった。そしてそれは、どうやら翔子も同じらしい。二人はそろって目を丸くし、互いに頷き合う。


「え、ええと……僕が見て感じたことと、ちょっと違うというか」

「わたしもですよぉ! ニュータイプって、凄く強いエースパイロットのことじゃないんですかあ? あと、特別なモビルスーツや武器が使えて、頭にキュピーン! って電気が走って」


 いづるもおおむね翔子とは同じ意見だ。今まで見てきた1stファーストガンダム、そして今回のZガンダム……ニュータイプと言われる人間の超人的な操縦技術を得たモビルスーツは、戦場で一騎当千いっきとうせんの活躍を見せてきた。アムロ・レイがそうであったように、今の画面で活躍するカミーユ・ビダンの描写もそれに近い。

 だが、少し寂しそうに玲奈は笑った。

 それは、無知をわらうような表情ではなく、とても優しげなものだった。


「それはね、翔子さん。そして、いづる君。……悲しい結果論だわ。ニュータイプが撃墜王エースと同義となってしまうのは、ガンダムという作品が常に戦争に寄り添う物語だからよ」

「と、いうのは……」

「本来ニュータイプというのは、広い宇宙空間での生活に適応し始めた人類……つまり、無限の大宇宙でも相互のコミュニュケーションが取りやすい、理解力と感能力が鋭い人間よ」

「エスパーみたいなものですか?」

「いいえ……ちょっと多感なただの人間よ」


 玲奈の説明に真也が補足を加える、ニュータイプの定義とはこうだ。

 宇宙世紀ユニバーサル・センチュリーと呼ばれる時代、人類はその生活圏を広く宇宙に求めた。だが、人間の持つ科学力や技術力では、広大な空間に散らばってゆく人間同士のコミュニュケーション能力が足りなくなる。そこで、人類はより宇宙に適合した姿へと進化を開始した……その先触れがニュータイプ、鋭敏な感覚を持って遠くの他者とも瞬時に分かり合える者同士のことだと言う。

 だが、戦争の中ではニュータイプは便利に使われる存在でしかなかった。

 ノーベルが発明したダイナマイトがそうであるように、第二次世界大戦の飛行機がそうであるように、宇宙開発ロケットが大陸弾道弾核ミサイルになるように……人は戦争という事業への、貪欲なまでの熱心さを持っている。あらゆる利便性を、人を効率よく殺す道具に仕立てあげようとする、まるで本能のようなものを持っているのだ。


「いづる君……悲しいわね。本来、相手を瞬時に許容し、それを伝える能力があるニュータイプ。その力は、ミノフスキー粒子の影響下でもレーダーに頼らず相手を察知して殺すマシーンに組み込まれてしまうのよ」


 玲奈の言葉に、重々しく真也が頷いた。


「昔からガンダムって作品さ、ニュータイプって、モビルスーツに関してはスペシャリストな扱いだよな。そういうのって、大概キャラ的には不幸だったんだよな? 阿室」

「ええ。富尾君の言う通りよ」

「だから、富野監督はニュータイプという『物分りのいい優しさを持ち始めた人類』が、戦争という愚挙で兵器に仕立て上げられる姿を描いてきた。同時に、人類はニュータイプなどという大それた進化はしてないとも語り、ゆるやかに宇宙に適合する筈だとも論じたのだ」

「作品ごとにニュータイプの描写も異なるし、一様にニュータイプが優れた新人類という選民思想せんみんしそうでもないの。ニュータイプでも一日に12kmキロの山道を歩くことは大変だし、本質的にはオールドタイプ、いわゆる普通の人間となにも変わらないのよ」


 ――人よりちょっと多感なだけ。

 そう結んで、玲奈はいづるにニコリと微笑んだ。

 ならばといづるは、なんとなくだがぼんやりと思う。こんなにもまぶしい玲奈の笑顔を見て、呼吸も鼓動も支配される程に多感な恋心……それをともしてくすぶらせる少年少女は、誰もがみんなニュータイプと呼べるのかもしれない。

 恋は盲目的に視野を狭くする一方で、多くのことを教えてくれる。

 いづるは高校入学と同時に玲奈に恋をしてから、少し人に優しくなれてる気もするから。


「ニュータイプを論じたガンダム作品は多いわ。多くの宇宙世紀作品がそうである他、ガンダムXではとても真摯しんしに語られてるの。ニュータイプだって、ただの人なのよね」

「ふむ……まだ未見だが、阿室っ! Xもいずれ見ねばなるまい」


 せっせとオリジン版のシャア専用ザクⅡを作りつつ、納得したように真也が頷く。富野作品のみの原理主義者とも言えた彼のこの変わりよう、そして理解度の早さや生真面目な態度も、言ってみればいづるにはニュータイプ的なものとも思えた。

 古いとか新しいとか、そういう風に人間を分け隔てできるものではない。

 毎日常に、人は皆……新しい一日に生まれ生きているのだから。

 そんなことを思っていたら、いづるはうっかり先ほどの翔子同様に、クリアパーツを挟み忘れてしまう。だが、そんないづるの横には常に、手をえてくれる玲奈の姿が今はあった。

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